虚像の王国|8話:皇帝の命は、帰れぬ名誉だった
その王国は、四方に軍を置き、周辺の民を飲み込みながら、日輪のように膨らんでいた。
東西南の将軍は、次々と城を落とした。
北だけが、勝てなかった。それでも退かなかった。
──いつ切り捨てるか。
ある日、王国を揺るがす大事件が起きた。王国の金庫番であった男が、金銀財宝を持ち出して逃げ出したのだ。皇帝は、罪人を八つ裂きにせよと命じた。
罪人は、東の海の向こうへ逃げた。
南の将軍に相談をした。
「北に、名誉を与えましょう」
南の将軍は、微笑みながら言った。
「帰れぬ名誉を」
副官は何か言いかけた。
南の将軍が一度だけ視線を向けた。
副官は口を閉じた。
皇帝は、北の将軍を呼び出した。
百の兵を連れ、東の海を渡った。
たどり着いた島は、不釣り合いなほど、美しかった。
祖国にはない澄み切った匂いがした。
皇帝の命令は絶対である。
この地に罪人を探し出す拠点を設けることにした。
ある老人が地図を広げた。
山の奥だけが、白く抜けていた。
「そこには入れない」
探索は、進まなかった。
追討将軍は、これ以上の捜索は限界だと考え、祖国へ帰ろうとした。
霧の深い朝だった。
罪人は、見張りの前に立っていた。
追討将軍は大いに喜び、罪人を縄で縛り上げた。
罪人はこう言った。
「将軍、わたしの話を聞いてください。私達の祖国は、残念ながらすでに滅亡しています。この島で──あなたの王国を」
誰も、すぐには信じなかった。
だが誰も、笑えなかった。
とりあえず、罪人を捕まえた報告と帰りの手配を依頼するため、祖国に使者を派遣することにした。
数ヶ月後、真っ青な顔をした使者が、命からがら戻ってきた。国はすでに滅びていた。南の将軍の謀反だった。
追討将軍は、途方にくれた。
罪人が、囁いた。
「将軍は、お国のために戦ってきた」
罪人は、静かな声で言った。
「ですが、お国は将軍を見捨てた」
追討将軍は、何も言わなかった。
「ならば今度は、将軍が王になればいいのです。失くしてしまったものは、他から取り戻せばいいのです」
「この山の向こうに、庄の国という国があります。彼らは武器を持っていません。この縄を解いて頂ければ、貢物を持って、彼らを騙してきます。その後に、庄の国を奪って、王国を築きましょう」
すべてを失っていた。
追討将軍は、縄を解いた。
──もう、誰の命令でもなかった。
その時、小さな石が一つ、地面に転がり落ちた。
緑色だった。
「懐から落ちた石は何だ」
罪人は少し間を置いた。
それから、静かに答えた。
「山の向こうに住む民の石です。いつか、役に立つかと思って、持っていました」
縄を解かれた罪人は、将軍に向かって深く頭を下げた。しかしその目は、頭を下げながらも、一度も下がらなかった。
追討将軍は皇帝を名乗り、罪人を平和の使者として、「庄の国」へ派遣した。
もちろん、偽りの使者である。
その言葉は、何も知らない国へ向かっていた。
──それが、始まりだった。
