松屋の券売機が複雑な理由、UIではなく1台に集約しすぎた構造の話
牛めしを一杯と、半熟玉子を一個。それだけ買うのに、ボタンを16回押したという話がSNSで流れたことがある。年配の人が途中で諦めて店を出ていった、という目撃談も添えられていた。
松屋の券売機は、たびたび「使いにくい」と言われる。実際、専門家に検証させた記事も出ている。カテゴリを移動しようとしても、どのボタンから行けばいいのか分かりにくい。画面上部にタブは出ているが、そこにあること自体に気づきにくく、しかも全カテゴリが出ているわけではないので、横にスクロールしないと目的のカテゴリが見つからない。旧型の横長画面から縦型の新型に切り替わったあとも、この評価はあまり変わっていない。
で、僕もそう思っていた。UIが下手なのだと。
ところが決算を開いたら、話が合わなくなった。
使いにくいと言われながら、過去最高益
松屋フーズホールディングスの2026年3月期は、売上高1,844億7,400万円で前期比19.6%増、営業利益75億9,400万円で72.3%増。営業利益は過去最高だ。既存店売上高は10.5%増。
中身も悪くない。エネルギー費や調達価格の上昇で原価率は36.1%から36.8%へ上がったが、売上増で固定費の比率が下がり、販管費率は61.0%から59.1%へ改善した。同社が重視する指標であるFLコスト(原価と人件費の合計)の売上高比も、66.9%から66.4%へ下がっている。
上期の内訳を見ると、既存店売上12.7%増のうち客単価が10%増、客数も2%増。値上げをして客単価を上げながら、客が減っていない。店舗数は2026年3月末で1,573店。4〜9月だけで松屋40店舗を含む51店舗を出している。
つまり、「使いにくい券売機」を全店に置いたまま、この会社は増収増益で店を増やし続けている。
UIが失敗しているという説明は、たぶん間違っていない。でも、それだけでは足りない。下手だからああなったのではなく、ああするしかない事情があってああなったと考えないと、この数字とは噛み合わない。
だから今回は、券売機を責める前に、あの機械が実際に何をやらされているのかを分解してみる。

あの機械が引き受けている仕事の一覧
券売機の前に立ってから食券が出てくるまでの流れを、順に追ってみる。
まずメニューを選ぶ。牛めしなのか、定食なのか、カレーなのか、朝定食の時間帯なのか。サイズを選び、ライスの量を選び、トッピングを足す。ここまでが「注文」だ。
次に「注文する」を押すと、dポイントカードを持っているか聞かれる。ポイントは会計前に提示しなければ付かないので、この位置に置く以外にない。
そのあと支払い方法の選択に移る。現金、交通系IC、QRコード、電子マネー。QRコードを選べばさらにどのサービスかを選ぶことになり、電子マネーを選べばまたブランドが並ぶ。決済手段が増えるほど、この階層は深くなる。
そして忘れてはいけないのが、店内で食べるか持ち帰るかだ。これは好みの問題ではなく、税率が変わる。イートインなら10%、テイクアウトなら8%。注文の時点でどちらかを確定させないと、会計金額が決まらない。
さらに、クーポンがある。公式アプリで配られるクーポンやLINEクーポン、紙のクーポンは、券売機で読ませる必要がある。日本語が読めない客のために言語を切り替える機能も要る。
整理すると、あの1台は少なくともこれだけを引き受けている。
注文(メニュー・サイズ・ライス量・トッピング)
税区分の判定(イートインかテイクアウトか)
ポイントの提示(会計前に済ませる必要がある)
決済(現金・交通系IC・QR・電子マネー、それぞれの下にブランド選択)
クーポンの適用
言語の切り替え

これを全部、店員に一言も話しかけずに、券売機の前に立った数十秒で終わらせる。そういう仕様なのだ。
16回のボタン操作というのは、UIが下手だから発生した数字ではない。6系統の判断を1つの画面に直列で並べたら、そうなるというだけの話だ。
なぜ1台に集約したのか
ここで「じゃあ分ければいいのに」と思う。実際、分けている店はある。
だが松屋の設計思想は逆で、店からレジをなくすことにある。券売機が決済まで引き受けるから、レジカウンターに人を立たせなくていい。食券を厨房に渡す動線だけで店が回る。
外食のコスト構造でいちばん重いのは原価と人件費、つまりFLコストだ。松屋はこれを重視すべき指標として明示していて、直近も66.9%から66.4%へ改善している。券売機に決済まで集約するというのは、この数字を守るための設計だと考えると筋が通る。
そして、集約したぶんの複雑さは消えていない。消えていないだけで、移動している。かつてレジで店員がやっていた判断、店内かお持ち帰りか、ポイントカードはあるか、支払いは何か、が、そのまま客の指先に移った。店員が慣れでこなしていた6系統の分岐を、初見の客が自力で通過する。難しくないはずがない。
複雑さの総量は変わらない。誰が引き受けるかが変わっただけだ。
丸亀は、同じ複雑さを空間に散らした
先日、丸亀製麺がなぜ店で麺を打つのかという記事を書いた。あのとき見えたのは、まったく逆の設計だった。
丸亀には券売機がない。口頭でうどんを頼み、受け取り、歩きながら天ぷらを自分で取り、最後にレジで精算する。注文・商品受け取り・追加購入・決済が、店内の別々の場所に散っている。
なぜそれができるかというと、店で麺を打っていて、茹でたてを出す以上どうしても待ち時間が生まれるからだ。丸亀はその待ち時間を、客を歩かせる時間に変換した。歩かせれば天ぷらが目に入り、客単価が上がる。
松屋には、その待ち時間がない。牛めしは作り置きの仕組みで速さを売っている業態だから、客を歩かせる数分がそもそも存在しない。だから工程を空間に分散できず、1台に縦に積むしかない。
同じ「複雑さ」を、丸亀は空間に散らし、松屋は1台に積んだ。どちらが優れているという話ではなく、提供時間という制約が設計を決めている。券売機の画面が長いのは、店の回転が速いことの裏返しでもある。

モバイルオーダーという逃げ道と、その矛盾
松屋も、この直列構造から逃げる道は用意している。モバイルオーダーだ。席に着いてからスマホで注文でき、券売機の行列に並ばなくていい。事前注文の手段は他にもあり、松弁ネットや電話予約なども含めると複数の経路がある。
ところが、ここに一つねじれがある。公式アプリで配布されるクーポンは、モバイルオーダーでは使えない。券売機で読ませる必要がある。LINEクーポンや紙のクーポンも同様だ。
つまり、いちばん複雑な端末を避けたい客ほど、割引を受けるためにその端末に並ぶことになる。券売機を減らしたいのか、使わせたいのか、システムの側で意思が揃っていない。
決済の側にも同じねじれがある。古いタイプの券売機ではクレジットカードが直接使えず、Apple PayのQUICPay経由なら通る、という話が指摘されている。同じチェーンの同じ看板でも、置いてある機械の世代で使える決済手段が違う。1,573店に一斉に新型を入れるのは現実的でないから当然ではあるのだが、客からすれば「松屋ではカードが使える」と一言で言えない状態が続く。
集約は、更新のコストも集約する。1台が6系統を担っているということは、決済手段が一つ増えるたびに全店の1台ずつを触る必要があるということだ。券売機の複雑さは、画面の中だけでなく、入れ替えの重さとしても効いてくる。
複雑さは、誰かが引き受けている
まとめる。
松屋の券売機が複雑なのは、UIの設計が下手だからというより、注文・税区分・ポイント・決済・クーポン・多言語という6系統を1台に集約したからだ。集約したのは、店からレジをなくしてFLコストを守るためで、その狙いは数字の上では成功している。営業利益は過去最高、既存店は10.5%増、店舗数は1,573店まで増えた。
その代償として、かつて店員が引き受けていた判断が客の指先に移った。16回のボタン操作は、失敗の証拠ではなく、移譲の総量である。
だから、あの画面の前で少し立ち止まってしまう時間は、僕たちが払っている見えない代金なのだと思う。値札には出ていないが、確かに支払っている。牛めし一杯の値段が安く保たれている理由の一部は、たぶんあの数十秒の中にある。
次に松屋に入ったら、券売機の前で何回ボタンを押したか数えてみてほしい。その回数が、この会社がレジを置かずに済んでいる理由の全部だ。
※業績数値は松屋フーズホールディングスの2026年3月期決算に基づきます。券売機の仕様や使用できる決済手段は設置されている機種や店舗によって異なる場合があります。価格・税区分は2026年8月時点の制度に基づく記述です。

