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自己分析〜自分で自分のことをどれくらい理解しているのか〜

※長いです笑

自身の感情や状況をきちんと感じ、理解されいる。


という、いつも見てくださってるフォロワーさんの言葉がとても嬉しかった✨


私はどちらかというと
感情型の性格だと思う。
ただそこに損得というか自分が不利にならない様な行動や言動をする様にはしている。


それは同時に相手を傷つけたくない思いもある。

自分の行動や言動で他の人を傷つけてしまう可能性が私の性格上あると理解してるからだ。

子供の頃から体格も良く力も強く
口も達者であるため、その辺りの自分の性格は理解しているつもり。

⬇️下の様な出来事からも想像できると思う笑

我が強いほうなのだ。
自分の尊厳というかそういったものを
傷つけられたくない思いが強いのかなと思う笑

それって他人からしたらきっと
自己中にもうつる思う笑


小学校までは、
ある程度までそれだけで大丈夫だったと思う。気がついてないだけで、めちゃくちゃ嫌われていた可能性もあるけどwww

お節介だし、世話焼きだし、リーダー気質であるため優しさがなかったわけではないだろうし
冷たい人間だと思われることもほぼない。


中学に上がり、私はだいぶ厳しい部活に入ったので、上下関係や
何というか癖のある顧問(学年の中心の先生でもある)だったので、かなり感情のコントロールを鍛えられたと思うのだ。

怒られている時の表情とかとくに。

1番最初に怒られたのは
バレンタイン中1のバレンタインの時だったと思う。

チョコは持ってくるなというのが
学校の方針で特に自分の学年は厳しく取り締まられていた。

今考えると、チョコくらいいいではないかと思ってしまうのだが笑
今の学校はどうなんだろう。


もちろん持っては行かなかった。

が、
自分のために作って持ってきてくれた友人がいて
それを受け取ってしまった。
自分のクラスの部活が同じ友人全員受け取っていた。

今考えたらルールとはいえ、
自分のために持ってきてくれているので
いやもらわれへんって
いえたのかって。
友人関係のことを思うとみんな受け取ってしまうのではないかと。
学校に帰ってから渡すとはいっても、

部活はその当時18:30くらいまでやっていたし帰ったら19:00ぐらいにみんななる。もちろん土日も朝から晩までしていた。

そこから19:00から中学生が外にでるほうが問題なんじゃない?といまでは思うし、
そこで何かあっても学校の外のことだし。

じゃ、チョコレートは渡せないという結果になる。

今よりも当時はいわゆる
ブラック校則みたいなものがあったと思う。

バレンタインはブラック校則ではないとは思うが

卒業アルバム撮影時に
アメリカピン(黒いヘアピン)
髪のくずれを防いだりする装飾がないピンのかずを指摘された子がいた。
確かに多いのは多いけどおそらく髪の長さに対してお団子頭にするにはそれぐらいピンを使わないと
綺麗にセットできなかったんだと思う。
整髪料禁止だったので。

最後に映る記念の写真、お金を出してかうアルバム。もっと言えば撮影のお金だって親が払っている。
金髪や茶髪にして明らかに校則に違反しているわけでもない。ピンの数など校則にないのだ。
そして清潔感がないわけでもない。
今思うと何がダメだったのか。

結局その子はピンを外す様に言われていたし、
整髪料をつけていた子たちは、
水道で髪を洗わせれていたと思う。←きっと今の時代だとあうとだろうなぁ。

ドライヤーもないのにどうしたのだろうと今思い返して思う。


整髪料に関しては校則違反になるのだと思うけど
1番いい状態で写りたいと思うのは当然の感情だろうとおもう。

ちなみに他の学年はそんなに厳しくないのだ。

ピンのことに関しては
生徒を擁護してくれる女性の先生もいたのだが
うちの顧問を含めた中心にいる男性の先生たちが女性の先生に対して総攻撃したので、
その意見は通らなかった。

とまぁ、学年自体厳しく
そんな学年の先生の中心である顧問が
顧問であるから癖が強いのである。

当時から同期とも良く話していたが
叱り方(今これはモゥ怒り方)が下手なのである。


とにかく長い。ゆるすまでの時間がながい。最終何に対して怒られていたのかわからないのだ。
結局先生の機嫌を治さなければという方向になるから、何がいけなかったのかわからない。

バレンタインで怒られた時も
学年主任の先生と担任の先生にも謝ってこいと言われ、
私を含めた同じクラスの同級生3人で謝りにいった。

学年主任の先生は、体育の先生で浅黒い男性の先生だったが、
謝罪しに行くと
意外とすぐに、
「理解したのだったらいい
次からはないように」

と、私たちに伝えた。


問題は担任の先生。

その当時20代後半の先生。

学年主任や顧問には逆らえない立場の先生である。

学年主任は当時おそらく40代前半、顧問は30代後半くらいだろうから、20代後半の先生からしたらそうなっても仕方ない。


謝罪しにいくと
永遠におんなじ話をされ
謝罪を受け入れず
なぜそんなことをしたのかと聞くのだ。

いや、せっかく作ってきてくれたものを断れなかった、もらうこともルール違反だと認識してなかったし、今後はない様にきをつける。


これしか言えない。
何を言えばゴールなのかわからず、
先生もおそらく着地点見えてなかったと思う。

謝罪してるのにそれ以上何を求められているのか中1にはわからない。
反省していない態度でもなかったはず。
結局何時間かたって、近くの部屋で聞いていた顧問が出てきて私たちを連れて行き担任からは逃れられたのだが笑

そこでまた、指導され
バレンタイン事件はおわる笑


部活内でも中1夏休みに
今の時代だといろんな意味でアウトだなぁと思う出来事がまだあった。


私は吹奏楽部であったが
マーチングもやっている部活だったので
グランドで活動することも多かった。

今よりも熱中症というものに理解が乏しい時代で
7:30から12:00の間に水分補給は2回ほどだったと思う。
何名かは顔洗うふりして水を飲んでいたという話もきく。

今より夏の暑さがマシだったので
熱中症で運ばれるということもなかったと思うが。

マーチングの練習中。

横一列にならび、
人数を数えるためにはしから番号を言っていけと
顧問に言われた。

初めてのことで、
なかなかスムーズに行かず
3回目くらいで顧問がキレて

「もう練習やめじゃ!!」
と言って
顧問の住処
管理作業員室に帰って行った。

まぁこれはお決まりのパターンである。

それを後ろから追いかけるのだ。

ちなみに余談ではあるが
この当時管理作業員室ではタバコが吸えていた。
扉を開けるといや扉を開けなくてもタバコの匂いが漂うくらいだった。

そしてなぜか、一部の先生が
クワガタやカブトムシなどを飼っており
小上がりの畳の部屋には虫かごが山盛りあったのだ。これはその当時でもあかんやろともおもうw

一年生はほぼレギュラー外だったため見学していたのだが、
2.3年生は先生を追いかけた。

午前中の出来事だったが

炎天下の中2.3年生は3時間くらいは立たされていたと思う。

部長や副部長などが謝りにいきどうにかして
部活を再開させるために動いていたけれど
気がつけばお昼休みの時間になっていた。


一年生は関係ないから先に食べるように指示され
そのうちに2.3年生も教室に戻りお昼を食べるよう言われていた。

お昼を食べ終わるとまた同じ場所にもどり
そこからまた数時間怒られ、最終的に三年生が1人倒れたのだ。

その時点でその
炎天下長時間怒られ事件は幕を閉じたと思う。

今思えば日陰のあるところで
待機すればよかったのだが、
今ほど熱中症に対する知識も低く
それで人が亡くなるという意識も今ほどなかったのだ。

スパルタな部活だったなぁと本当に思う。

そんな様な経験が
3年間分あるので、

多感な時期自分と向き合うようなことが、
学校でも家庭でもあり
今の様な自分になっているのだと思う。

中学3年間は厳しいだけあって部活も好成績を収める部活だった。


私はそこから部活で高校に行くことになるし、
地元を離れ強豪校にいくことになり
寮生活もはじめるので
そういった普通とはすこし違った高校生活を送ることにもなる。

中高ともにまとめる立場を任せてもらっていたので、
余計に感情のコントロールや行動については
気をつける必要があった。

それでも我の強さは
大人になり働き出してもそこまで抜けないのだがw

高校生活は中学が変に厳しすぎたため
おそらく厳しい部活だったのだろうけど
ものすごく楽に感じたw

寮生活は自炊だったし全て自分でしないといけなかったけれど、いい経験になったとおもう。

今考えれば15.6歳で親元を離れて生活をするって
親も心配だっただろうなと思うし、自分が親の立場だったら心配でしかたないから
行かせたくないだろうなとおもう。


書き切れていないこともあるけれど
文字数が長くなってきたので
今日はこの辺にしておこう笑

中学の話、高校の話、大学はさほどない
就職してからの話。

話題はある笑


またどこかの機会に話そうと思う。


自分のことは十二分に理解させられる出来事が多かった、それでも親友に私の嫌なところってどこって中学時代に尋ねてみたりして不快な思いをさせるようなことがないよう、
自分から見えてる自分と
他人から客観的に見えてる自分の差がないように
多少は振る舞ってきたはず?笑

それでも私は私だから
こんな自分を丸ごと理解してくれている
友人しか周りにはいないし、感謝しかない。

長い子は小学校からの付き合いになる。
特に密なのは中学3年間を同じ部活で過ごした同級生たち。今だにLINEグループで連絡は取れる。
16人。1人だけ取れない人がいるが。
その中でも特に仲のいいメンバーは決まってはいるけれど12歳に出会って26年。
親よりも毎日同じ時間を過ごしていた友人は
友人の範囲を遥かに超えている。

とても大事な人たちだ、


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