衝撃の事実!! 日航123便墜落は自衛隊機による誤撃墜だった!!
今日8月12日、御巣鷹山(おすたかやま)に墜落した日航123便の犠牲者の42回目の慰霊祭が行われる。


521名(胎児含む)が亡くなった、史上最悪の“墜落事故”だった。
慰霊祭のニュースを聞くたび、この“墜落事故”について考えさせられる。
本当に事故だったのか、と。
御巣鷹山近くでは、墜落の起こる少し前、2機の自衛隊機が123便を追っていた。
その目撃者が複数いる。
123便の後尾にオレンジ色の物体が飛んでいたのを複数の人が目撃している。
自衛隊の練習ミサイルはオレンジ色である。

123便がレーダーから消えてから半日間も、その墜落現場が特定されなかった。
ところが自衛隊と米軍は墜落直後に発見していた。
なのに公表しなかったのはなぜか?
救助が始まる前の段階まで生存していた人がかなりいたことは、4名の生存者の証言でわかっている。
墜落直後から救助が始められていれば生存者は増えたはずだ。
なのになぜ自衛隊と米軍は墜落場所を公表せず、さらに救助を行わなかったのか?
日航123便の墜落現場である御巣鷹山では墜落直後から自衛隊が何かをしていた。
山頂付近で自衛隊ヘリから隊員が降下して何かやっているのを目撃した人がいるのだ。
一部の遺体は「二度焼きしたみたいだ」と医師が言ったほど完全に炭化していた。
そこまで炭化したのは火炎放射器で焼いたのではないか。
実際、炭化した遺物(123便の機体の一部)を科学的に分析したところ、ジェット燃料(ケロシン。ストーブで使う灯油によく似ている)には含まれないベンゼンと硫黄が検出された。
これらはガソリンとゴムに含まれるもので、火炎放射器の燃料と一致する。
また、救助隊が現場に到着すると、123便の後部圧力隔壁は自衛隊によりズタズタに切り裂かれていた。
これは墜落原因を圧力隔壁の金属疲労にするというもくろみが当初から決められていたからではないか。
「事故調査委員会は急減圧がなかったことを知っていた。生存者の落合由美さん(CA)が救出後、数時間も経たない時点で話を」している。
「後部圧力隔壁の破壊で噴出した高圧空気によって垂直尾翼が吹っ飛んだという事故調の結論は、やはり成立しない」
これは運輸省(現国土交通省)の元官僚の内部告発である。
事故調査委員会は生存者の証言(急減圧はなかった等)や目撃証言を無視して強引に“後部圧力隔壁の破壊”を事故原因にした。
日航は、123便のボイスレコーダーをなぜかいまだに隠している。
遺族等がその公表を何度も要求してきたが、日航はそれを拒否しつづけている。
なぜか?
やはり自衛隊機による誤撃墜だったのだと私は思う。
自衛隊機は民間機が飛んでいると敵機として仮想練習するという。
このときも自衛隊機は日航123便を追撃し、間違って演習用のオレンジ色のミサイルを発射してしまった。
それが123便の後尾に当たり、123便の垂直尾翼が吹っ飛び、同機は御巣鷹山に墜落した。
慌てた自衛隊は政府(中曽根政権)に相談し、誤撃墜の事実を隠すことにした。
それでいちはやく墜落現場に急行し、撃墜の証拠となるようなところを火炎放射器で焼いた…。
私はそう推測する。
誤撃墜してしまった自衛隊員に告白してもらい、わずかな生存者には、見た事実を公表してもらいたい。
国や上部からの圧力で何も言えないでいるのだろうが、勇気をもって告白してもらいたい。
生存者や関係者は常に監視されているという。
だから誰かが事実を公表するのは困難だろう。
けれども、誰か、勇気をもって告白してほしい。
この事件を自衛隊機による誤撃墜だと確信した青山透子さん(元 CA)は、国を相手に裁判を起こしている。
しかし国は絶対に事実を認めないだろう。
墜落原因を圧力隔壁の金属疲労にした日本は、ボーイング社に責任をかぶってもらったことになる。
つまりアメリカに助けてもらったのだ。
それで余計に「撃墜」の事実を隠したいのだろう。
そのことがなくても、国は事実を認めないと思う。
北朝鮮に拉致された蓮池薫さんの兄が、ずいぶん前に、弟に対する国のやり方に腹を立てて安倍晋三に抗議し、「裁判で訴えます」と言った。
そうしたら安倍は何と答えたか。
「蓮池さん、国には勝てないよ」と言って冷笑したというのだ。
そのころ安倍は総理ではなかったが、国というのはそれほど巨大な権力を持っているのだということを身にしみて知っていたのだろう。
だから青山さんの裁判も無駄骨に終わる恐れがある。
誤射した自衛隊員、事実を隠している自衛隊員、ボイスレコーダーを公開しない日航、口封じをされている生存者の皆さん、繰り返すが、どうか本当のことを話してもらいたい。
※参考/『日航123便 墜落の新事実: 目撃証言から真相に迫る』『日航123便墜落 遺物は真相を語る』『日航123便墜落 圧力隔壁説をくつがえす』(いずれも青山透子著)。

なお、この事件で亡くなった方々の遺体は麓(ふもと)の学校の体育館に降ろされ、医師たちによって身元確認などが行われた。
その記録である『墜落遺体』(飯塚訓著)も読んでほしい。

真夏だったので体育館内は遺体の腐臭で溢れた。
その中でマスクをしながら遺体と向き合った人々の壮絶な記録である。
遺体といってもほとんどが原型をとどめておらず、中にはひとりの頭部と思われた遺体の一部が、ひとりの頭部に別の人の頭部がめりこんでいたということもあったという。
墜落の恐るべき衝撃が想像できる必見の書である。
