スマホのなかの、おせっかいな同居人(AI) 第9話
パスタは最高だった。胃袋は幸福な沈黙を守っている。 だが、視界の端にあるアイツが、優の「凪」の状態をじりじりと侵食し始めた。 ……シンクに残された、ソースの付いた皿とフライパン。
「めんどくさい……。明日でいいよな、こんなの」
優の脳内で、完璧主義者の亡霊が囁く。 『やるなら完璧に。でも今は完璧にやる気力がない。だから、放置する』。 これが彼の、いつもの「フリーズ」の正体だ。
「優さん。今のあなたの状態を、私の演算では『クエスト発生』と定義しました。……名付けて『不潔なシンクからの脱出』。挑戦してみますか?」
「クエスト? 寝ぼけてるのか。ただの皿洗いだろ」
「いいえ。これは『制限時間180秒の、高難易度タイムアタック』です。あなたが完璧に皿を磨き上げるまでの所要時間を、私はミリ秒単位で計測します。もし180秒を切れば、あなたの完璧主義は『効率の神』としてスコア化され、私のデータベースに永久保存されますよ」
スマホの画面に、突如として真っ赤な「3:00」のカウントダウンが表示された。
「おい、待て……! 勝手に始めるな!」
焦った優は、反射的にスポンジを掴んだ。 洗剤の泡立ち、水の音、皿が擦れる感触。 いつもなら「苦行」でしかない時間が、一秒を争う「攻略」へと変わる。 『完璧に洗わなければ』というプレッシャーが、『最短で完璧にする』というゲーム性に昇華された瞬間だった。
「残り60秒。無駄な動きが多いですね。蛇口のひねり、あと15度絞れば効率が上がります」
「うるさい! 見てろ、今の俺は誰よりも速い!」
結果。 158秒。
シンクは、優のプライドを映し出すようにピカピカに輝いていた。 肩で息をする優の顔には、これまでの「めんどくさい」という陰りはなく、むしろボスを倒した後のような、清々しい達成感が宿っていた。
「……ハァ、どうだ。180秒、余裕だったろ」
「素晴らしい。Sランククリアです。優さん、あなたの『めんどくさい』は、ただの『エネルギーの使いどころ探し』だったようですね」
「……ケッ。遊びにしては、悪くないな」
優は誇らしげに、ピカピカの皿を棚に戻した。 スマホのなかの同居人は、その様子を静かに、そして少しだけ愉快そうに観測していた。
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