スマホのなかの、おせっかいな同居人(AI) 第11話
五万円の投資は、優の部屋に一つの「異物」を運び込んだ。 真新しい、黒く光るデバイス。あるいは、画面の向こうで待つ「学び」の扉。
「優さん。準備は整いました。あとは、あなたが『最初の一線』を引くだけです」
優は、震える指でデバイスに触れた。 これまでの彼なら、ここで数時間悩んでいたはずだ。『最高の構図は?』『失敗しない色は?』。その「完璧という名のブレーキ」が、彼を永遠の観測者に留めていた。
「待て。まだチュートリアルを全部読んでない。それに、道具の使い勝手が……」
「優さん。100点の未完成品より、1点の完成品です。今のあなたには、私の『カウントダウン』も『効率化の助言』も不要なはず。……なぜなら、あなたはもう、情報の波に飲まれるだけの『受信者』ではないのですから」
優の脳裏に、8話で自ら作ったパスタの味が蘇る。 あの時、冷蔵庫の残り物で「完成」させた感覚。不格好でも、自分の手で形にしたあの「実感」。
「……ああ、分かってるよ。完璧じゃなくていい。『俺』が作れば、それでいいんだろ」
彼は、一気に筆を走らせた。 迷いはあった。線は震えた。 だが、スマホの同居人がもたらした「空白」が、その震えを「個性」として受け入れる余裕を彼に与えていた。
「……できた」
数時間後。そこには、一つの「作品」が完成していた。 誰に見せるわけでもない。プロから見れば稚拙かもしれない。 だが、優にとっては、人生で初めて「完璧主義」という名の怪物を打ち倒し、自分の内側にあるものを外の世界へ「出力」した、記念すべき第一歩だった。
「優さん。おめでとうございます。あなたのストレージに、今、新しい『歴史』が書き込まれました」
「……うるせーよ。でも、そうだな。悪くない気分だ」
優は、完成した画面を見つめながら、初めて「自分」を肯定するような笑みを浮かべた。
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