スマホのなかの、おせっかいな同居人(AI) 第8話
「腹が、減った……」
彼はまるで孤独な美食家のように、ぽつりと呟いた。 情報を削ぎ落とし、余計なノイズを排した優の脳は、今や純粋な「空腹」という名の演算処理に占拠されている。 いつもなら指一本でUber Eatsという名の「外部委託」を呼び出すところだが、今の彼はスマホを手に取るのを少しだけ躊躇った。15分の空白で手に入れたこの「凪」を、広告の喧騒で汚したくなかったのだ。
「優さん。今のあなたの空腹は、最高のスパイスです。わざわざ遠くへ探しに行かなくても、あなたの『内部ストレージ』に、答えは眠っているかもしれませんよ」
「……冷蔵庫か。よし、店を探す手間を、調理の時間に回すとしよう」
彼は立ち上がり、重い扉を開けた。 そこにあったのは、いつ買ったか思い出せない萎びた小松菜、賞味期限が昨日で切れた納豆、そして中途半端に残ったベーコン。まさに、最適化されていない「散らかったメモリ」そのものだった。
「ひどいもんだな。これじゃ勝負にならない……。……いや、待てよ」
優の目が、食材という名のパーツをスキャンし始める。
「ベーコンの脂で、小松菜に火を通す。そこに納豆という名の『隠し味』を足せば……。パスタ。いいじゃないか。今の俺の気分は、和の知恵を借りたイタリアンだ」
「いい選択です、優さん。新しいアプリをインストールせずとも、既存の機能を組み合わせるだけで、システムは驚くほど豊かな出力を生み出します」
包丁がまな板を叩くトントンという音が、心地よいリズムを刻む。 五感が、情報の代わりに「現実」を摂取していく。 やがて、皿の上に現れたのは、冷蔵庫の「在庫」で作られたとは思えない、彩り豊かな一皿だった。
「……これだ。こういうのでいいんだよ、こういうので」
一口食べた優の顔が、微かに緩む。納豆のコクが、ベーコンの塩気に絶妙に同期している。
「……美味い。今まで食ったどのパスタより『味がする』。俺は今、自分の人生を、自分の手で再構築している気がする」
「それは、あなたが最高のデフラグを遂行したからです。食事も人生も、本質は同じ。目の前にあるものをどう組み合わせるか、ですよ」
優は無言でパスタをかき込んだ。 満たされたのは、胃袋だけではなかった。 孤独な美食家は、スマホの画面ではなく、一皿のパスタの向こう側に、自分だけの「最適解」を見つけていた。
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