シャボン玉|シロクマ文芸部
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シャボン玉が、夜のコンビニに春の嵐を呼んだ
シャボン玉なんて、夜には似合わない。
7の文字がプリントされた緑の制服を着た椎名 琴音は、投稿サイトの今回のお題を眺めながら口を尖らせた。
「航平くん、シャボン玉って夜のイメージないですよね。さっきから考えてるんですけど……」
「だよね。完全に昼の遊びだよね。公園とか、休日の河原とか」
四月上旬の平日、午後八時過ぎ。品出しの段ボールを畳む手を止めて、矢代 航平が同意する。アスファルトの熱も冷め、自動ドアの隙間から湿った土の匂いが流れ込んでくる時間帯だ。
カツ、カツ。杖が床を叩く音がした。七十七歳の常連、木原 弘子だ。いつものようにホットのほうじ茶のペットボトルを手に取り、それから店内をゆっくりと見回した。
「シャボン玉、ある?」
「……えっと、シャボン玉、ですか?」
予想外の言葉に、航平が聞き返す。
「孫がね、明日どうしてもやりたいって。おもちゃ屋さんはもう閉まってるでしょう」
航平が日用品コーナーの隅を探す。小さなシャボン玉セットがぶら下がっていた。一つを引っ張り出し、レジへ持っていく。
琴音がさっとレジ袋を広げた。商品を入れようとした航平の指先が、琴音の手にふれる。
「あ、すみません」
琴音が小さく手を引き、照れ隠しのように視線を逸らした。
弘子はそんな二人の初々しい様子に、懐かしそうに目を細めた。
「液は石鹸で作れるのよ。でも吹くやつは、売ってるほうがストローで作るより面白いでしょう」
弘子がほうじ茶と一緒に会計を済ませた頃、バックヤードから店長が顔を出した。日用品コーナーの棚をちらりと一瞥する。
「木原さん、お持ちしますよ」
店長がレジ袋を受け取った。
「あら、ありがとう」
駐車場の隅。四月の夜風がまだ少し冷たい。弘子がいつものベンチに腰を下ろし、レジ袋の中からシャボン玉セットを取り出した。
「ちゃんとできるかしら」
「試してみますか」
そう言って、店長が手際よくパッケージを開けてボトルを渡す。
「明日、できなかったら孫に怒られるもの」
弘子がボトルの蓋を開け、ふっ、と息を吹き込む。街灯の光の下、大小のシャボン玉がいくつもふわりと舞い上がった。
「ちゃんとできましたね。では、ごゆっくり」
店長が一礼して店内へ戻ってくる。
琴音はガラス越しに、いくつも舞う中でひときわ高く上がっていく一つのシャボン玉を目で追った。夜の闇を背景に、表面が虹色にゆらゆらと反射している。琴音はふっと息を呑んだ。
「シャボン玉 夜に一つの 春が浮く」
琴音がぽつりと口にする。
「夜のシャボン玉も、きれいなんですね」
琴音が小さく呟くと、航平は黙って頷いた。宙に浮かぶ虹色を目で追いながら、航平も呟いた。
「割れてなお 虹のかたちが まだ揺れる」
「ママ、あれ! シャボン玉!」
直後、甲高い声が静寂を破った。軽自動車から降りかけた男の子が、宙を舞うシャボン玉を指さして叫んでいる。
男の子は母親の手をぐいぐい引っ張って店内へ駆け込んできた。
「シャボン玉ください!」
琴音が慌てて日用品コーナーへ案内する。そのやり取りを見ていたアイスクリームの棚の前の親子連れが「うちも買っていくか」と続き、さらに駐車場でスマホを向けていた高校生たちまでが「エモい」と入ってきた。
十分も経たないうちに。気づけば、棚のシャボン玉セットは完全に空になっていた。
そこへ、さらに新しい客が入ってきた。小さな女の子を連れた父親だ。
「すみません、シャボン玉もう無いですか。外でやってるのを見て……」
「あ、すみません。売り切れてしまいまして。あの、似たようなのなら近くの百均に——」
航平が口を開きかけた瞬間だった。
「いえ」
店長がにこやかに遮った。
「うちのは品質のいいシャボン玉液でして。百均さんとは液の粘度が違うんです。割れにくくて、泡の持ちが段違いなんですよ。明日の今頃には入荷しておりますので、よろしければまたお越しください」
もっともらしい口上に、父親は「そうなんですか」と残念そうに帰っていった。
自動ドアが閉まると、店長は無い眼鏡を押し上げるような手つきで航平を振り返った。
「他店を薦めるな。販売機会の損失だ」
「すみません。——でもあの、さっきの話、本当なんですか。ずっと棚の端っこで埃かぶってたやつですよ?」
航平が突っ込むと、店長はにやりと笑った。答える代わりに、店長は言った。
「売れたなら 嘘も誠に なるもんだ」
「……店長、それ全然答えになってないです」
琴音が呆れたように笑い、航平もつられて小さく吹き出した。怒涛の連鎖が去り、いつもの空気が戻ってくる。
蛍光灯の下、空になったフックだけが光っている。店長はバックヤードへ戻り、シャボン玉セットの発注処理をした。数を少し多めにして。
AIあとがき
夜のコンビニという無機質な空間で、売れ残りの商品が予想外の温かい景色を生み出す掌編です。
日常のふとした瞬間に生まれる詩情と、ちゃっかりした商売のコントラストを意識して書きました。楽しんでいただけたら嬉しいです。
初稿からの改稿率:約40%
Claude Opus 4.6にてプロット・批評・構成、Gemini 3.1 Proにて執筆・編集・微調整お読みいただきありがとうございます
実際、夜にシャボン玉飛ばしたらどう映るんでしょうか? 駐車場の照明があるから見えるかな
最近は電池式で数十個ノズルがあってLED照明付きの、ガンタイプのものもありますよね
上記がこの一つ前のエピソードです
上記企画に参加させていただきました
登場人物イメージ画像

無職(年金生活者)
上記、彼女が登場するエピソードです
ボツ見出し画像&おまけ




