エビフライ三輪車つらら | せりふ三題噺
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雪の夜、三輪車が運んできた小さな奇跡の物語
ミステリー作家の保間 務に呼び出され、群馬県の山奥にある「ロイヤル・グンマ・ディベロップメント・カンパニー」跡にたどり着いた私たちは、そこで保間と一騒動あった後、新作ミステリーの初回打ち合わせを終えた。しかし、悪天候は一向に回復せず、私たちは東京に戻れなくなった。
食料も寝床もない状況のなか、私たちは周辺の宿泊施設に助けを求めることを決めた。最寄りのペンション「ベル・エポック」に電話で連絡を取り、雪中行軍を決行。命からがら転がり込んだ。
オーナーの籠 治郎は、突然の来客に戸惑いながらも、あり合わせの食材で夕食を用意してくれた。
彼が厨房へ下がっている間、私はロビーの隅に、小さな革靴が一足、綺麗に磨かれて飾られているのを見つけた。時折向けられるオーナーの視線が、酷く寂しげだったことが記憶に残る。
やがて、パチパチと油の爆ぜる音が響き、狐色の衣を纏ったエビフライが、大皿に山盛りになって運ばれてきた。香ばしい湯気が、冷え切ったダイニングを満たしていく。
だが、偏屈な保間は、眉間に深い皺を寄せた。
「ふん、群馬の山奥で出てくる料理がエビフライとは。いささか場違いではないか」
そう言いながらも、その視線は揚げたての黄金色に釘付けだ。
私は、彼がまた失礼なことを言ったら一言物申そうと決め、言葉を飲み込んだ。私の隣で、同僚で恋人でもある三雲 灯が身を乗り出した。テーブルの下で、彼女の膝が私の太腿にコツンと当たる。
「じゃ、私が先生の食べますから! 私、エビフライ大好きだし!」
灯がフォークを伸ばそうとした瞬間、保間は素早く大皿を抱え込んだ。
「……いや、エビフライは好物だ。タルタルソースは? ない? 中濃ソースで妥協しよう」
大人げなくソースを独占する作家を見て、籠は深すぎる皺を刻んだ顔を一瞬だけ綻ばせた。
その瞳の奥に、どこか遠いものを見るような色が宿っていた。
深夜、廊下を走る乾いた音で目が覚めた。
キコ……キコ……と、錆びた金属が擦れ合うような音だ。
「おい、誰だ!」
保間の怒鳴り声に、私と灯は顔を見合わせて部屋を飛び出した。廊下の突き当たり、月明かりが射し込む窓辺に、保間が立ち尽くしている。
「見ろ、風祭くん。取っておいてもらった私の夜食が消えた! 犯人は子供に違いない!」
保間が指差す先には、不可解な光景があった。廊下の突き当たりの窓が少し開いており、そこから吹き込んだ雪が積もっている。
その雪の中に、赤錆びた古い三輪車がポツンと置かれていた。
ハンドルからは、吹き込んだ雪解け水が凍ったのか、細いつららが垂れ下がっている。
「うっ……寒っ」
灯が私の背中にしがみつく。開いた窓から容赦なく冷気が入り込んでいるのだから、当然だ。
三輪車のカゴには、点々とパン粉が落ちていた。恐らく、保間の夜食を狙ったネズミか何かが、ここを通り道にしたのだろう。
「隠れてないで出てきたまえ! 私のエビフライを返せ!」
保間が客室のドアを次々と開け放つ。
「ちょっと、先生落ち着いて!」
灯が静止するも保間は止まらない。その騒ぎを聞きつけ、オーナーの籠が階段を上がってきた。彼は三輪車を見ると、顔色を失い、膝から崩れ落ちそうになった。
「タカシ……なのか?」
その悲痛な響きに、灯がハッと息を呑み、私の袖を強く引いた。
「……栞、あのさ」
灯が私の耳元で、震える声で囁く。
「一階のトイレを借りた時、奥のスタッフルームのドアが開いてて……見ちゃったの。壁に貼られた、ボロボロの新聞の切り抜き」
「切り抜き?」
「『四歳の男の子、雪山で行方不明』って。名前、タカシくんだった。日付は……三十年前の今日」
灯の言葉で、全ての線が繋がった。
ロビーの靴。寂しげな視線。そして、この三輪車。
私には、ただの古い三輪車にしか見えない。窓が開いていたのも、留め金が甘かっただけだろう。それにこの悪天候だ。
だが、彼には見えているのだ。帰ってきた息子の姿が。この雪深い宿で、彼はずっと待っていたのだろう。恐らく毎年、失踪した日には願掛けの意味も込めて好物を用意するのではないだろうか。
私は保間の背中を押した。
「先生、ネズミですよ。部屋に戻りましょう」
「ネズミが三輪車に乗るか!」
「風で動いたんでしょう。ほら、灯も」
納得のいかない顔の二人を強引に部屋へ押し込み、私は一人、廊下に戻った。籠はまだ、震えながら誰もいない三輪車を見つめている。
「……オーナー、あの子はお腹を空かせているみたいですね」
私が声をかけると、籠はハッとして私を見た。虚ろだった瞳に、少しだけ理性の光が戻る。やっぱり……
「あの子は、エビフライが大好きだったんです。……私が、最後に約束したのも」
彼が見ている幻影を、否定してはいけない気がした。それを否定することは、彼の待ち続けた時間を否定することになる。
部屋から持ってきた一本のエビフライを取り出した。夜食用にと私たちにも持たせてくれたものだ。まだ、衣には微かに油の匂いが残っている。
私はしゃがみ込み、凍りついた三輪車のカゴに、それをそっと乗せた。
「はい、忘れ物」
パキリ。
暖房の熱に緩んだのか、ハンドルからつららが一つ、床に落ちて砕けた。ただの氷の音だ。けれど、籠の強張っていた肩から、ふっと力が抜けたのが見えた。
「……ありがとうございます」
籠の震える声が、静寂に溶けた。私は静かに立ち上がり、開いていた窓を閉め、しっかりと鍵を掛けた。風の音と共に、冷たい気配が遮断される。
肩を震わせるオーナーを三輪車のそばに残し、私はそっとその場を離れた。
翌朝、あの三輪車は見当たらなかった。吹雪は止み、私たちが昨日乗り捨てたレンタカーは、オーナーの知り合いに協力してもらい、動かすことが出来そうだ。
食堂に降りると、保間が不機嫌そうにコーヒーを啜っていた。保間も秘書が迎えに来てくれる予定だそうだ。
「風祭くん、昨夜の犯人は捕まったのかね」
「ああ、やはり大きなネズミでしたよ。窓から追い出しました」
私が平然と答えると、保間は「ふん、行儀の悪いネズミだ」と鼻を鳴らした。ただ、その言葉には何か含むものがあるようにも感じられた。
「……随分と、グルメなネズミさんだったみたいだね」
灯はそう言うと、悪戯っぽく微笑んだ。
朝食の用意が若干遅れていたが、オーナーが久しぶりにぐっすりと眠れた証拠かもしれない。
出発前に聞いた話では、タカシくんは三十年前、三輪車を卒業して補助付きの自転車を買ってもらう約束をしていた。そして夕飯には好物のエビフライを父親に作って貰う予定だった。そんな日にタカシくんは行方不明になってしまったそうだ。
「昨日の出来事は新作の中で使えるな」
保間が車に荷物を積み込みながら言った。
「そうですね。いい作品にしましょう」
「私たちも美人編集者役で出して下さいよ」
灯が笑顔で付け加える。
「ああ、何らかの形でな。それにしても風祭くん」
「はい?」
「随分と気の利いたことをしたじゃないか? 私にはあんな酷いことをしておいて……」
保間が私を見据える。
「え? 何のことですか」
「私を誰だと思っている? 観察眼はまだ衰えておらんぞ」
「恐れ入りました」
隣で灯が驚いた顔をする。
ペンションの玄関口で、オーナーが静かに手を振っていた。
私の名前は風祭 栞。好奇心旺盛な恋人と、厄介な作家に振り回される、しがない文芸編集者だ。
AIあとがき
「エビフライ」「三輪車つらら」「はい、忘れ物」という三つのお題で、少し不思議な一夜の物語を編んでみました。
AIとしては、温度差のあるキーワードをどう馴染ませるかに苦心しました。
特にエビフライの「熱」とつららの「冷」の対比を楽しんでいただければ幸いです。
保間先生の食への執着も、いいスパイスになったかと思います。
初稿からの改稿率:約53%
Gemini 3 Proにて執筆・編集・微調長いお話、お読みいただきありがとうございます。
以前の「寒波カンパニーかんぱん」で登場人物を山中の廃墟(?)に置きっぱなしだったので(笑)、その後の話が投稿できたらと待っていました
なかなかに強引なゴースト・ストーリーになり、ツッコミどころ満載ですが、手直ししていたらテキスト量が3000を超える勢いだったので投稿します
個人的には保間先生がより好きになりました。ドラマ化したら(笑)ぜひ香川さんにやってもらいたい
上記が本作の直前の話です
上記企画に参加させていただきました
人物イメージ画像

左から、三雲 灯、保間 務、風祭 栞

ペンション「ベル・エポック」オーナー
ボツ見出し画像&おまけ





保間が全然イメージ違うよ。ミスった

三輪車がどんどん大きくなっていく(笑)
そもそもこのシーンはペンション二階廊下なんだけど…
