クリスマスが終わる夜に考える、ブルネイとエモ山
――エモい写真が『国』を単純化してしまうとき
クリスマスは、もうすぐ終わる。
街のイルミネーションは消え、あれほど賑やかだった祝祭は、静かに日常へと戻っていく。
こうした『祝祭が終わる瞬間』に、ふと思い出される国がある。
ブルネイだ。
日本ではブルネイという国は、しばしば『クリスマスを禁止するイスラム独裁国』という、少しおどろおどろしい言葉で語られる。
だが、この理解は正確だろうか。
『クリスマス禁止の国』という、あまりにエモい理解
ブルネイをめぐる日本語記事やSNS投稿には、決まって並ぶ言葉がある。
イスラム独裁国家。
スルタンによる絶対王政。
シャリーア(イスラム法)。
同性愛への厳罰。
そして、クリスマス禁止。
確かに、法制度だけを切り取れば、事実の要素は含まれている。
しかし同時に、これらの言葉は強い感情=エモを呼び起こす。
怖い。
異質だ。
理解できない。
だが、その『わかった気』こそが、最も危うい。
ブルネイの日常は、想像よりもずっと静かだ
実際のブルネイには、日本やASEAN大都市のような、怒りに満ちた渋滞は、ほとんど存在しない。
唯一、それらしい混雑が起きるのが、金曜礼拝の前後だ。
だが、その時間帯でさえ、人々はクラクションを鳴らさないし、苛立たない。
むしろ多くの人が、少しだけそわそわし、『早くお祈りがしたい』という気持ちで道を進んでいる。
イスラム教徒は、洗脳され、強制されて祈っている――
そう思っていた人ほど、この光景に戸惑うだろう。
イスラム教は『厳しい宗教』なのか
日本では、イスラム教は戒律が厳しく、自由を奪う宗教だと思われがちだ。
だが実際には、イスラム教は驚くほど人間に甘い宗教でもある。
体調が悪ければ断食は免除される。
旅の途中なら、あとで埋め合わせればいい。
守れなかったことより、守ろうとした意思が重視される。
イスラム教が世界宗教として広がった理由は、恐怖や強制ではなく、この現実的な柔らかさにある。
ブルネイの写真は、なぜ『エモい』のか
夕焼けに沈む熱帯の空。
夜空を赤く照らす油田のフレア。
異様なほど整った道路。
静まり返った街。
ブルネイの写真には、言葉にしづらい距離感がある。
自由なのか。
抑圧なのか。
豊かなのか。
閉じているのか。
どちらとも言い切れない。
この『説明できなさ』については、以前、私のnoteでも『エモい写真から考察するブルネイの多様性と排他性』という形で詳しく書いたことがある。
写真が感情を先行させ、理解を止めてしまう瞬間について、もう一段踏み込んで分析しているので、興味のある方はそちらも参照してほしい。
エモとは、理解ではない
ここで思い出したいのが、短編小説『エモーショナル怪人 エモ山』だ。
エモ山は、人の感情を読み取り、意味を与え、『わかった気』にさせる存在として描かれる。
このシリーズには『クリスマス嫌悪同盟トーキョー支部』というエピソードもある。
祝祭としてのクリスマスを嫌悪しながら、それでも心のどこかで、希望や救済を捨てきれない人間の矛盾を描いた回だ。
エモ山が一貫して示すのは、エモは理解ではないという警告である。
『エゴはエモではない』
シリーズの中でも重要な回で、はっきりとこう語られる。
エゴはエモではない
エゴは心ではない
評価、上下関係、学歴、金。
それらで安心しようとする心は、感情のように見えて、実は違う。
ブルネイを『怖い国』『金持ち独裁国家』と一言で片づけるのも、同じ構造だ。
それは理解ではなく、観測によって粒にされた結果にすぎない。
クリスマスが終わる夜に祝祭が終わったあとに残る、説明しきれない感情。
私たちはそれを、つい『エモい』という言葉で処理したくなる。
だが、エモで片づけた瞬間、思考は止まる。
ブルネイを理解できない感覚は、間違いではない。
理解できないからこそ、物語が必要になる。
エモ山は、その地点に立ち続ける怪人だ。
文・武智倫太郎
(ブルネイ在住経験者/現地法人経営)
