短編小説「エモーショナル怪人 エモ山」(19) エゴ二重スリット実験
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「エゴってエゴエゴ」
「うう」
「エゴってエゴエゴ」
「ああ」
俺を突き倒した女は俺の体に馬乗りになり、俺の首をしめた。
俺の喉は女の冷たい手でぎゅうぎゅう絞められて、俺は苦しくってたまらないんだけどちょっと気持ちよかった。
女の手の冷たさが、心地よかった。
他者の冷たさを体に受け俺は自分の温かさを確認する。
これが俺のやり方で俺にはこのやりかたしかないかもしれないと涙流しながら俺は思った。
「エゴってエゴエゴ」
女は笑いながら俺の鼻先に顔を近づけた。
イオン臭のする息を吐きかけ女は俺に言った。
「俺はエゴ山だ」
女の声は、まるで俺だった。
「俺だって、あまね君になれたはずなんだよ。開成中学に合格しハーバード大学をお出になり、パンチ力のある学歴で他人をノックダウンできた」
「ぐう」
「他人は俺にひれ伏し俺に道を開ける。その真ん中を俺は歩くんだよ学歴とプライズで相手のほっぺペチペチ叩きながらさ」
「があ」
「上下関係。上か下か。見下すか、見下されるか」
「むう」
「人間なんて所詮そんなもんなんだよ。犬と同じだよ猿と同じだよどっちが強いかだけなんだよ」
「ぶふ」
「金だよ金。金さえありゃ全部チャラにできちゃうんだよ。安心できちゃうんだよ不安も消えんだよ」
涙をボロボロ流しながら俺はあまね君を思い出していた。
俺の頭はあまね君でいっぱいだった。
「エモ山君」
ゴミ収集所で、あまね君は言った。
「君は、『2重スリット実験』を、知っているかい?」
俺は答えた。
「なんだははは。そんなことくらい知っていますよ!」
俺のこたえにあまね君はさわやかに笑った。
「2重スリット実験というのはね」
あまね君は、見抜いたけどさりげなく教えてくれる人のやり方で俺に教えてくれた。
「『見ると結果が変わる』っていう、不思議な現象なんだ」
「ですよね」
俺はうなずいて見せた。
あまね君はにっこりし、積み上げられたゴミ袋のすき間に、いきなりズサッと手を突っ込んだ。
「板に細いすき間が二つ開いてる」
あまね君が、別のすき間に手を突っ込む。
「そこに光を打ち込む。ただそれだけの実験」
「ですよね」
俺はうなずいて見せた。
「光はどこを通ったか」
「ですよね」
「離れた位置からだと、波のように広がって見える」
「ですよね」
「しかし、近づいて確認すると?」
あまね君が、俺に軽く首を傾げて見せた。
あまね君が、俺を見つめていた。
沼田ミソギからの視線を、俺は頬に感じた。
たたたん、たたたん。
たたたん、たたたん。
AIお針子がスキップする足音が、聞こえた。
俺の体はきゅんと強ばった。
「粒になるよね」
あまね君のことばで、俺の肩からは、どっと力が抜けた。
「つまり」
あまね君は言った。
「同じものでも、観察されるかされないかで、状態は変わるんだ」
俺の心臓はドキドキ波打っていた。
「僕はね、エモ山君」
あまね君が、ゴミ袋をぽんぽんと叩きながら言った。
「『2重スリット実験』は、神によるアートだと思っているんだ」
「神?」
あ、この人宗教の人かな、と俺は思った。
「僕は無宗教だよ」
俺の考えを読み、あまね君は答える。
「僕が神と言うのは、物理法則のこと」
「ですよねえ」
俺はうなずく。
「人間が、それを見つけた。見つけてしまったんだ」
「見つけました見つけました」
「僕は考える」
あまね君は、ゴミ袋を見つめ、ゴミ袋について考えるような顔で言った。
「AIとは、波」
お針子がスキップして俺の横を通り過ぎた。
「らんらら~」
「プロンプト入力という『観察』で、波が粒になったというだけに、過ぎない」
「らんらら~」
「AIのつくる言葉に思考はない」
「ほう」
ああ、その時の俺は、AIお針子のあとにくっついて、「らんらら~」といきたい気持ちだった。
沼田を見ると、沼田はうっとりと、「かっ食らった」って顔であまね君を見つめていた。
沼田ってヤリマンなのかなと、俺はちょっと思った。
「あまね君たちは、ディガ―なの」
沼田が俺に言った。
「ディガ―?」
俺はあまね君を見る。
あまね君はうなずいた。
「東京の地下を掘っている」
なんで?
沼田はゴミ袋を叩く。
「あたしたちは、この砂を、ディガ―に渡す」
「僕たちは、東京の土を掘り、ここに持ってくる」
「すり替える」
は?
ポカンとした俺の思考を、あまね君がまた読んだ。
「僕たちは、アンダーグラウンド・ビリーバーだからさ」
「らんらら~」
俺の頭をAIお針子が通り過ぎる。
・俺は今どこにいる?
「利害関係調査委員会」ガリラヤ倉庫のゴミ収集所に。
・俺はなぜここにいる?
砂を捨てるために。
・その砂はどこから?
プールの中からすくいあげてきた。
・そのプールってなに?
濾過されて、東京湾に流される前の水。
ネット世界からコピペされた文字情報の水。
・この砂って結局なに?
それは、「わけあり明太子」の「わけ」の部分。
「僕はね、エモ山君」
ぼーっと考えていた俺を、あまね君の声が起こした。
「東京に、いやこの国に、砂を埋め戻したいと考えている。砂はいつか土になる。土壌となって、花を咲かせ、果物を実らせ、野菜を作る」
あまね君の目がキラキラしていた。
「これが、アンダーグラウンド・ビリーバーの役割なの」
沼田がとろんとした目で言った。
「あたしたち、面白いこと発見したのよ」
妙にはしゃいで沼田が言った。
「いや、あれは言わない方がいいと思うな」
あまね君が遮るけど俺は聞きたい。
「そうかしら?」
そういうものこそ聞きたい。
俺は沼田をあおった。
「発見ですか。ぜひお聞きしたいですな」
言いたいだろ? 言いたいだろ?
「ディガ―の研究チームが、砂を調べたの」
いいね、「研究チーム」。
「砂の成分を、独自のアプローチで、解析したの」
「ほうほう独自の」
顕微鏡を振る白衣の女が、俺の頭に浮かぶ。
あまね君が口をはさむ。
「沼田君、それは言わなくていいよ」
「そうかしら?」
いや、ここまで来たら言え。
俺は奥歯をかみしめながら言った。
こうすると、笑顔に見えるかもしれないからだ。
「ぜひ、お聞きしたいですね」
イライラしていたので、笑顔を作る必要があった。
沼田。おまえは言いたいんだろ?
早く言え。
「砂には金が含まれてるの」
なんだと?
「ゴールド?」
「そう。砂金」
俺はゴミ袋に目を向けた。
「面白い結果になったのは、砂に混じる砂金の割合なの」
沼田は笑った。
「これがちょうど、同じなのよ」
楽しそうに話す沼田に反し、あまね君は、そっぽを向く。
「砂と金の割合は、『繊細を自称する人間が実はそんなに繊細じゃない割合』と同じなの」
沼田はそこで、やけに猛々しく笑った。
悪魔のように笑った。
俺は沼田という人間が、ますますわからない。
「エゴってエゴエゴ」
アパートで、俺はエゴ山に首を絞められていた。
徐々に遠のいていく意識の中、浮かび上がるは別シーン。
走馬灯。
俺は、俺は、俺をクビにした会社での自分を思いかえしていた。
俺はその日、取引先を訪れていた。
小さな会社だった。
打ち合わせに現れたのは、営業係と名物社長。
名物社長は茶を飲みながら、俺にこんな話をした。
「いやあね、家内がね、『前世占い』に凝っておってですね」
「はあ」
「ワシの前世も、占わせたとですよ。そしたらば、」
「はい」
「大変えらい坊さんだったと」
「なるほど」
俺は世間話が大の苦手ときていた。
俺は時間稼ぎに茶を含み、「いい天気ですね」窓の外を見た。
「前世ですか」
俺は湯飲みを置いた。
「えらい坊さんということは、大変な徳を積んだってことですね」
名物社長がニヤリとうなずいた。
「厳しい修行を重ね、公徳を積まねば、生まれ変わるこたできんとですたい」
「なるほど」
「家内のほうは、どこかのお姫さんだったとかで」
「なるほど」
「生まれ変われるのは位の高いものだけと。霊能者が話しておったと、家内がね、話しておったですたい」
「なるほど」
俺は窓の外を見た。
インディゴ色の秋の空に、茶色い葉っぱが一枚、くるくる飛んでいくのが見えた。
俺は心で葉っぱに歌った。
ねえ、ヘーミン。こっち向いて。
恥ずかしがらないで。
お前はもう生まれ変わらない。
俺はもう生まれ変わらない。
二度と生まれ変わることはない。
秋風よ、俺には今生だけである。
「エゴってエゴエゴ」
遠のく意識で、俺は腕を広げた。
残る力を振り絞り、俺はエゴ山を抱きしめた。
「おまえも俺だ」
俺は俺に言った。
「おまえは俺の粒だ。エゴの傷は心の波風だ。しかし」
俺はエゴ山の耳にささやく。
「エゴはエモではない」
「エゴエゴ」
「エゴは心ではない」
「エゴエゴ」
「エゴの傷は心の傷とは違う」
「エゴエゴ」
「それがおまえにわかるまで、俺はおまえを抱きしめる」
ああそうさ。俺は、あまね君がうらやましい。
あまね君のようになりたかった。
けど、俺は今のこの俺を捨てることはしない。
「おまえも連れて行く」
俺はエゴ山を強く抱きしめた。
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