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そして誰もおもてなせなくなった

文・武智倫太郎

多国籍企業の雲が地球を覆い、海底ケーブルと低軌道衛星の光が、大陸と海峡と人間の不安を秒単位で接続していた。

電子は国境を越えた。

金も越えた。

罵倒も越えた。

株価も、陰謀論も、訴訟資料も、移民排斥の台本も、炎上後の謝罪文テンプレートも、すべて光の速度で越境した。

だが、国家は消えなかった。

民族も消えなかった。

税務署も、入管も、官邸記者クラブも、政治資金パーティーも、天下り先の一般財団法人も、マイナンバーのログイン失敗も、なぜか消えなかった。

人類は十分に情報化された。

しかし、責任者の名前を特定できるほどには、まだ情報化されていなかった。

世界がつながった結果、人類は分かり合ったのではない。

嫌な者同士が、より遠くの嫌な者と即座につながれるようになっただけだった。

その最前線に、米帝があった。

大統領は怒鳴り、富豪は訴え、起業家は投稿し、AI企業は公益を語りながら資本市場の顔色を見ていた。

自由の女神は、まだ松明を掲げていた。

ただし、その足元では、入国審査官が人間を属性ごとに仕分け、弁護士が倫理を契約条項に分解し、プラットフォーム企業が怒りを広告在庫へ変換していた。

米帝は、自由の国だった。

ただし、自由は利用規約に同意した者に限られていた。

そして日本では、誰も責任を取らないための言葉だけが、異様な精度で磨かれていた。

『遺憾でございます。』
『真摯に受け止めます。』
『重く受け止めます。』
『誤解を招いたとすれば残念です。』
『現在確認中です。』
『適切に対応してまいります。』
『なお、責任の所在については、現時点ではお答えを差し控えます。』

それは日本語ではなかった。

責任を蒸発させるための行政呪文だった。

イーロン・マスクは、自分がその呪文の国家輸出戦略第一号案件に指定されたことを、まだ知らなかった。

その日、霞が関の地下七階にある、内閣府の公式組織図には存在しない首相直属の特殊部署、通称『内閣腐』では、緊急会議が開かれていた。

正式名称は、内閣腐特務第九室恥的財産戦略推進事務局スーパークールジャパン品位輸出企画室。

長すぎるので、現場では『腐安九課』と呼ばれていた。

彼らは、国家の表に出ない精鋭だった。

ただし、国を守る精鋭ではない。

国の恥を、輸出可能な文化資産に変換する精鋭である。

内閣腐の職員には、失敗した官僚はいなかった。

成功しすぎて、表に置いておけなくなった官僚だけが配属された。

左遷ではない。

昇進でもない。

隔離である。

失言を個性に変える。

炎上を対話の契機に変える。

説明不足を行間に変える。

責任回避を慎重審議に変える。

沈黙を熟慮に変える。

そして、見捨てることを、おもてなしに変える。

内閣腐は、首相の意向を忖度する部署ではなかった。

首相が自分の意向を理解する前に、先に意向を作成する部署だった。

そこに配属された者は、誰も号令を待たない。

まだ問題が起きていない段階で、問題を矮小化する言葉を準備する。

まだ失敗していない段階で、失敗を成果に見せる指標を作る。

まだ誰も怒っていない段階で、国民の理解が不足していることにする。

内閣腐とは、国家の胃袋であった。

飲み込んだ失態を、消化して、別の名前で排出する器官だった。

表向きは、日本の文化的魅力を世界へ発信するための部署だった。

だが、実態は少し違った。

ここで扱われる財産は、知的財産ではなかった。

恥的財産だった。

お辞儀。

会釈。

深すぎる謝罪の角度。

相手の目を見ずに誠意だけを示す技術。

そして、言葉。

『すみません』

『恐れ入りますが』

『遺憾でございます』

『真摯に受け止めます』

『重く受け止めます』

『お騒がせしたことについては申し訳なく思っております』

『なお、責任の所在については現在確認中です』

どれも無難だった。

どれも丁寧だった。

そして、どれも核心に触れなかった。

それらは、長年にわたり日本社会が蓄積してきた、責任を取らずに責任感を演出するための高度な無形文化資産だった。

謝るが、認めない。

悔いるが、辞めない。

受け止めるが、動かない。

検討するが、決めない。

日本人は、それを美徳と呼んできた。

内閣腐は、それを在庫と呼んだ。

議題は、米帝の品位低下である。

壁面スクリーンには、世界を代表する人物たちの名前が並んでいた。

ドナルド・トランプ。

イーロン・マスク。

マーク・ザッカーバーグ。

サム・アルトマン。

一人は大統領であり、一人はロケットを飛ばし、一人は人類の交友関係を広告在庫に変え、一人は人工知能に人類の未来を預けた顔で、資本市場の反応を見ていた。

全員、金はあった。

影響力もあった。

弁護士もいた。

広報部門もいた。

政府契約も、株価も、訴訟も、投稿欄も、世界を振り回すだけの巨大な装置もあった。

しかし、企画室長は静かに言った。

『彼らには、足りないものがある』

若い官僚が慎重に答えた。

『倫理でしょうか』

『違う』

『民主主義でしょうか』

『それも違う』

『説明責任でしょうか』

『浅い』

企画室長は、ゆっくりと筆でホワイトボードに書いた。

品位。

会議室に、うっとりした沈黙が流れた。

日本には品位がある。

お辞儀がある。

会釈がある。

すみませんがある。

恐れ入りますがある。

お手数をおかけしますがある。

何も認めていないのに、何かを深く反省しているように見せる謝罪会見がある。

相手を拒絶しているのに、まるで歓迎しているように見える受付窓口がある。

何も決まっていないのに、関係各所と調整中ですと言えば、仕事をしているように見える官僚語がある。

責任を取らないための礼儀。

本音を隠すための敬語。

断るための笑顔。

見捨てるための配慮。

それらは、これまで国内で静かに消費されてきた。

だが、世界は変わった。

米帝の政治家は怒鳴る。

大富豪は訴える。

起業家は投稿する。

AI企業は公益を語りながら、次の資金調達ラウンドを見ている。

移民国家は、必要な人材を夢と呼び、不要になった人間を国境管理と呼ぶ。

企画室長は、ここに輸出機会を見た。

『スーパークールジャパンは、アニメと寿司で終わってはならない。我々が次に輸出すべきものは、品位である』

第一号案件は、イーロン・マスク対マーク・ザッカーバーグだった。

ケージファイト。

古代ローマ。

ライブ配信。

慈善事業。

筋肉。

挑発。

撤退。

相手は本気ではない。

場所を送れ。

日程を出せ。

口だけだ。

世界は、この騒動を娯楽として眺めた。

だが、企画室長だけは違った。

『これは格闘技ではない。礼の欠落である』

マスクには勢いがあった。

ザッカーバーグには準備があった。

だが、二人には決闘を美しく終わらせる作法がなかった。

始め方も雑なら、引き方も雑である。

殴るなら殴る。

殴らないなら殴らない。

会うなら会う。

会わないなら、なぜ会わないのかを、相手の面子を残して説明する。

そこに必要なのは拳ではない。

根回しだった。

そこで日本政府は、Samurai Decorum Packageを開発した。

第一機能は、決闘前お辞儀プロトコル。

第二機能は、敗北時面子保存テンプレート。

第三機能は、訴訟移行時信義保持風声明文自動生成機能。

導入後、マスクはこう投稿するようになった。

『貴殿との身体的意見交換につきましては、当方としても前向きに検討しているところでございます』

ザッカーバーグは、こう返した。

『先方のご事情を尊重しつつ、当方としては具体的な日時と場所のご提示をお待ちしております』

罵倒は消えた。

敵意は残った。

むしろ丁寧語になったぶんだけ、敵意は長期保存に向くようになった。

世界は驚愕した。

これが日本の品位か。

第二号案件は、マスク対サム・アルトマンだった。

AIは人類のためだったのか。

それとも資本のためだったのか。

非営利とは何だったのか。

公益とは、誰の財布を見ながら語る言葉なのか。

腐安九課は、この争いを見て、新しい輸出品を思いついた。

信義である。

商品名は、GIRI-NINJO Cloud。

契約書に書かれていない約束を、あたかも存在したかのように扱う日本的高等技能を、クラウド化したものである。

マスクは言った。

『人類のためのAIだったはずだ』

アルトマンは答えた。

『持続可能な公益のためには、資本市場との建設的な対話が不可欠でございます』

マスクは言った。

『裏切ったな』

アルトマンは答えた。

『使命の発展的再定義でございます』

企画室長は震えた。

『完璧だ。霞が関答弁としても通用する』

第三号案件は、トランプ大統領だった。

ここで品位だけでは足りなかった。

トランプには、礼儀がないのではない。

礼儀があっても困らないが、根本はそこではない。

トランプに足りないもの。

それは、年貢の納め時である。

逃げ続けた者が、最後に観念する瞬間。

言い訳を積み上げた者が、ついに帳簿を開く瞬間。

自分だけは例外だと思っていた者が、世間様の前で小さくなる瞬間。

それを日本では、古くから年貢の納め時と呼んできた。

米帝には、自由がある。

訴訟がある。

弁護士がいる。

大統領権限がある。

基金がある。

免責がある。

そして必要なら、調査する側を遠ざける発想まである。

だが、そこには一つだけないものがあった。

お天道様が見ている、という古くさい感覚である。

腐安九課は、すぐにOTENTOSAMA Complianceを開発した。

副題は、潔白なら帳簿を開け。

第一段階は、公私のけじめ研修。

大統領として署名する書類と、個人として得をする書類を、同じ机に置かない訓練である。

第二段階は、年貢の納め時シミュレーター。

画面上に税務調査官が現れ、利用者が逃げようとすると、背後から祖母の声が聞こえる。

『お天道様が見てますよ』

第三段階は、襟を正す作法。

スーツの襟ではない。

権力の襟である。

これが曲がると、どれほど高級なネクタイを締めても、国家そのものがだらしなく見える。

企画室長は確信した。

マスクには品位を。

ザッカーバーグには人間味を。

アルトマンには信義を。

トランプには、年貢の納め時を。

これで日本は勝てる。

勝てる、という言葉が出た時点で、何かがおかしかった。

だが、会議室の誰も気にしなかった。

美徳は、勝つためにある。

内閣腐では、そういうことになっていた。

第四号案件で、事態はさらに大きくなった。

トランプとマスクの対立である。

かつては同じ壇上で笑っていた二人が、今では政府契約、補助金、政党、国外追放、弾劾という言葉で殴り合っていた。

マスクは、南アフリカ生まれの米帝帰化市民だった。

ロケットを飛ばし、衛星を並べ、電気自動車を売り、政府契約にも深く食い込んでいた。

それでも、権力者の機嫌が悪くなれば、彼はたちまち『どこから来た者か』を思い出される。

移民国家とは、便利な言葉だった。

成功している間は、多様性の象徴。

失敗した瞬間、出身地の問題。

従順な間は、アメリカンドリーム。

逆らった瞬間、国外追放の検討対象。

企画室長は、そこで別の欠落を見た。

『米帝には、おもてなしが足りない』

若い官僚が首をかしげた。

『室長。移民排斥に対して、おもてなしを輸出するのですか』

『そうだ』

『それは歓迎なのでしょうか』

『違う。丁寧な排除である』

会議室の空気が、少し冷えた。

米帝の排除は雑だった。

怒鳴る。

脅す。

投稿する。

訴える。

打ち切る。

送還する。

空港を止める。

裁判所を詰め込む。

人間を荷物のように移動させる。

これでは、世界の盟主として見苦しい。

排除するにしても、もっと見栄えというものがある。

そこで日本政府は、新しい輸出商品を開発した。

OMOTENASHI Border Package。

副題は、丁寧な排除の国際標準化。

第一機能は、入国審査前の一礼である。

審査官は、対象者に深く頭を下げる。

『遠路はるばるお越しいただき、誠にありがとうございます』

その直後、別室へ案内する。

第二機能は、送還前のお茶である。

対象者には、温かい緑茶と小さな和菓子が提供される。

添えられた紙には、こう書かれている。

『あなたの人生の次の旅路が、実り多きものでありますように』

その下に、小さな文字で、異議申し立て期限は昨日までと書かれている。

第三機能は、折り鶴付き退去命令である。

白い紙で折られた鶴は、平和の象徴だった。

ただし、その羽の内側には、強制送還便の搭乗口番号が印字されていた。

米帝政府は、この技術に驚いた。

排除しているのに、映像が美しい。

人権問題なのに、広報写真が整っている。

抗議されても、心を込めて対応したと言える。

トランプは言った。

『すばらしい。とても上品な国外追放だ』

マスクは、それを見て投稿した。

『日本は、本当に未来を作っている』

ザッカーバーグは、無言でOMOTENASHIのユーザー行動データを解析した。

アルトマンは、それをAIに学習させた。

世界は、また驚愕した。

日本はついに、品位だけではなく、排除の品位まで輸出したのである。

その年、日本の輸出統計に新しい項目が追加された。

品位。

信義。

お天道様。

年貢の納め時。

おもてなし。

恥。

潔さ。

けじめ。

根回し。

会釈。

いずれも、かつて日本国内で自然に存在していたとされるものだった。

政府は発表した。

『我が国の精神文化輸出は、前年比三八〇〇パーセント増であります』

株価は上がった。

有識者会議は拍手した。

テレビは特番を組んだ。

日本が世界を変える。

世界が憧れた日本の美徳が、いま米帝中枢に導入される。

翌週、経済番組では、精神文化輸出関連銘柄が紹介された。

会釈テック。

謝罪DX。

根回しAI。

お天道様コンプライアンス。

丁寧排除ソリューション。

株式市場は、それらをまとめて『恥テック』と呼んだ。

アナリストは言った。

『日本には、まだまだ眠れる文化資産があります』

それは、褒め言葉ではなかった。

在庫処分の案内だった。

だが、国内で異変が起き始めた。

最初に消えたのは、会釈だった。

駅で肩がぶつかっても、誰も軽く頭を下げなくなった。

次に消えたのは、すみませんだった。

かわりに、行政窓口で『仕様です』が標準語になった。

その次に消えたのは、恥だった。

謝罪会見で社長は笑い、官僚は資料を読み、政治家は『誤解を招いたとすれば残念』と言ったあと、誤解した国民の読解力に感謝した。

最後に消えたのは、信義だった。

契約書に書いていないことは存在しない。

議事録に残っていない約束は約束ではない。

メールに残っていない善意は、法務部門の認識外である。

日本はようやく、グローバルスタンダードに追いついた。

観光客には笑顔が残った。

労働者には書類が残った。

留学生には期待が残った。

定住希望者には沈黙が残った。

技能実習生には感謝状が残った。

そして、帰国便の案内が残った。

若い官僚は、もう一度たずねた。

『室長。これは本当におもてなしなのでしょうか』

企画室長は答えた。

『もちろんだ。おもてなしとは、相手が帰るところまで設計することだ』

その瞬間、日本のOMOTENASHIは完成した。

迎えるための文化ではなかった。

帰ってもらうための演出だった。

やがて、米帝企業が日本の美徳を次々と商標登録した。

Wa as a Service。

略称、WaaS。

月額二九・九九ドルで、お辞儀、謝罪、沈黙、空気読み、根回し、反省文テンプレが使い放題。

GIRI-NINJO Cloud。

法人契約なら、裏切りを使命再定義と呼び換える機能が付く。

Nengu no Osamedoki as a Service。

略称、NOaaS。

潔白なら帳簿を開け、という日本古来の道徳を、ユーザー体験に最適化した課金サービスである。

OMOTENASHI as a Service。

略称、OaaS。

笑顔は基本プランに含まれていた。

ただし、人間として扱う機能は、エンタープライズ契約が必要だった。

日本政府は、国内の品位不足に対応するため、これらのサービスを逆輸入することにした。

記者会見で、担当大臣は深々と頭を下げた。

ただし、そのお辞儀は無料プランだったため、途中で広告が流れた。

『この謝罪は、スーパークールジャパン・プレミアムの提供でお送りしています』

会見場の記者たちは、誰も笑わなかった。

笑い方も、すでに輸出済みだったからである。

その夜、イーロン・マスクは三秒間だけ沈黙した。

世界中の投資家が、その沈黙を解釈した。

日本式の間か。

撤退か。

買収か。

訴訟か。

悟りか。

株価は乱高下した。

トランプは、演説の前に一礼した。

ザッカーバーグは、人間味APIを実装した。

アルトマンは、信義の持続可能性について語った。

米帝は、少しだけ上品になった。

ただし、その上品さは、敵意を消したわけではない。

敵意に包装紙をかけただけだった。

日本は、少しだけ下品になった。

ただし、その下品さは、新しく生まれたわけではない。

もともとあったものが、包装紙を失っただけだった。

腐安九課は、最後の成果報告書をまとめた。

結論は、簡潔だった。

日本は、美徳を輸出したのではない。

美徳という名前で、自国の最後の神経を売ったのである。

報告書の末尾には、小さな注記があった。

『なお、国内向け品位供給については、当面、米帝企業からの逆輸入により対応する』

翌朝、日本中の駅に、新しいポスターが貼られた。

世界が憧れた日本へ、ようこそ。

ただし、ようこそ機能は現在メンテナンス中です。

笑顔、会釈、恥、信義、けじめは、すべて輸出済みです。

ご不便をおかけしておりますが、復旧予定は未定です。

退去案内だけは、最後まで丁寧だった。

そして誰もおもてなせなくなった。

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