第140話 【爆笑】「優しい人です」と言った瞬間、コップを倒した話
【もとしの爆笑日記 第140話】
●導入(最初の5行で勝負)
人は、一番“いい自分”を見せようとした瞬間に限って、やらかす。
それが27歳・独身・婚活中の男に起きると、
だいたい取り返しがつかない。
この日、俺(もとし)は
「優しい人です」
という完璧すぎる評価を、真正面から受け取ってしまった。
——その直後に、未来がズレ始めた。
●「優しい人」って言われた瞬間、頭の中で祝賀会が始まる
場所は、駅から徒歩3分の落ち着いたカフェ。
平日の夜、照明は少し暗め。
婚活イベント後の“お茶タイム”という、一番油断しやすい時間帯だった。
向かいに座る女性は、
穏やかで、声が小さくて、相槌が丁寧。
タイプかどうかは分からないけど、空気は悪くない。
会話も、奇跡的に噛み合っていた。
「読書が好きなんですね」
「はい、朝散歩もよくしてて」
「健康的ですね」
——いける。
今日は、いける日だ。
そんな流れで、彼女がふっと言った。
「もとしさんって、優しい人ですよね」
……来た。
心の中で、
クラッカーが鳴り、紙吹雪が舞い、BGMが流れ始めた。
(優しい人=好印象)
(好印象=次がある)
(次=未来)
脳内で、勝手に式場の下見まで始まっていた。
●一瞬の安心と、謎の余裕
「ありがとうございます」
俺は、少し低めの声でそう返した。
落ち着いて見せるために。
(ここは、余裕の大人だ)
(ガツガツしてない感じを出す)
そう思って、
テーブルの上に置いてあったコップに、
ごく自然な動作で手を伸ばした。
水は、まだ半分くらい残っている。
透明なグラス。
水滴が少しついている。
——ここまでは、何の問題もなかった。
●「あ、今の俺いい感じ」錯覚ゾーン
コップを持ちながら、俺はさらに思っていた。
(今の流れ、完璧じゃない?)
(優しいって言われるの、初めてじゃない?)
(今日は失敗談、増えない日では?)
27歳、独身。
父・母・弟と暮らす男が、
ほんの一瞬だけ自信を持った瞬間だった。
人は、こういう時に、
体の感覚が一拍ズレる。
なぜか分からないけど、
指先に、わずかな違和感があった。
でも、その違和感を
俺は完全に無視した。
●小さな音が、やけに大きく聞こえた
「——あ」
自分の口から、
聞いたことのない音が漏れた。
視界の端で、
コップが、ほんの少しだけ傾いた気がした。
たった数センチ。
ほんの、数度。
でもその角度は、
人類が水を保持するには、致命的だった。
テーブルの木目。
ナプキン。
彼女の白い袖。
すべてが、
やけにスローモーションに見えた。
●沈黙が、異常に長い
音は、まだしていない。
なのに、
彼女は、何かに気づいたように
一瞬だけ、俺の手元を見た。
その視線が、
妙に静かで、
妙に優しくて、
妙に逃げ場がなかった。
(まだ…倒れてないよな?)
(いや、倒れた…?)
(これは、倒れ“かけ”?)
頭の中が、
混乱で一気に満杯になる。
時間は、たぶん1秒も経っていない。
でも、体感は3分。
●絶望の入り口は、いつも静かだ
誰も、何も言わない。
店内のBGMだけが、
やけに明るく流れている。
さっきまでの
「優しい人です」
という言葉が、
頭の中で何度も反響する。
(今…?)
(このタイミングで…?)
(俺、何してる?)
その瞬間、
なぜか——
全員の視線が、俺に集まった。
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