町中華のタブレットで「中」をタッチする、限界ケアラーの密かな逃亡 【老老介護ズタボロ日記 #9】
「昔はよかった」などと懐古主義的なことを言うのは、けっして本意ではない。
でも、「歳をとるとこれだから」と嫌味を言われるのを覚悟で白状すれば、かつて仕事に行き詰まった時などは、朝から暖簾を出している居酒屋や町中華の店でよく酒をあおっていたものだ。
当時は、千円札が1枚あればベロベロに酔える、いわゆる「千ベロ」ブームの全盛期。駅のキオスクで夕刊紙を買い、それをメガホンのように丸め込んで手に持ちながらお目当ての店に滑り込む。
ほかのお客の邪魔にならないように、空いた席にぬっと腰を下ろし、メニューに目を通す前に「生!」とだけ告げる。
キンキンに冷えきったジョッキに口をつけ、煮込みやキュウリの1本漬け、カシラの味噌だれといったいつものつまみを2、3品オーダーする。
斜に構えながら夕刊紙をのぞき込み、右手に持ったジョッキから泡を流し込むあの瞬間は、何物にも代え難い至福のひとときだった。
しかし、時代は変わる。
コロナ禍を境にして母親の具合が悪くなり、彼女を看取った後は、今度は93歳になる父親の在宅介護が始まった。
「疲れた」「誰かに代わってほしい」―——この連載の初回からずっと吐き出している本音なので、「また同じことばかり言って」と煙たがられる前に深追いはやめておく。
ただ、そんな私の現在の唯一の息抜きであり、擦り切れそうな心を救ってくれるストレス解消法。それが、千ベロならぬ「昼ベロ」なのだ。
読んで字のごとく、昼間から呑んでベロベロになることだが、これには私なりの鉄則がある。
それは「絶対に地元では飲まない」ということだ。
知り合いに出会って世間話を交わすのは嫌いではないが、すっかり常態化して身に沁み込んでしまった介護の空気からは完全に離れたい。
だからあえて、電車に30、40分ほど揺られた見知らぬ駅の近くで店を探すのだ。
今の私にとって、車窓越しに広がる見慣れた景色は“非日常”の世界なのだ。
少し早めの昼食を父親に食べさせてから、
「ちょっと出てくるよ。夕方の4時までには帰るから」
と言い残して家を飛び出す。めざすのは、ランチタイムの喧騒が去った午後1時半過ぎの町中華だ。
この時間なら店内は空いているし、夕方の通勤ラッシュに揉まれる前に帰路につくこともできる。
私の昼ベロスタイルは、かつての千ベロ時代から寸分ちがわない。
もう何年も通い詰めている町中華チェーン店で、とりあえずの生ビールから始まり、餃子3個・メンマ・枝豆の「3点セット」を頼む。
どれも一品あたり200円以下で、財布に優しい。3000円もあれば、おつりがくる。
で、いつものように生ビールを2杯、グビッと呑みほした後は、ホッピーセットへと移行するのがお決まりのルートだ。
そういえば以前、FMラジオの番組で、俳優の松岡昌宏さんが、
「居酒屋だとホッピーセットを頼むんだよね。最初の1杯は焼酎(中)1に対してホッピー(外)1で割って、その後は中を2杯おかわりして外を繋げば、都合3杯は呑める」
と、熱く語っていた。
まさに、私と同じ黄金比率の飲み方で、マイクの向こうのスターに勝手な親近感を覚えたものである。
天気がよく、父親の体調も安定している日は、さらに贅沢をして午前中から出かけることもある。
アクション映画(洋画)を観て、無理矢理テンションを上げてみたり、動物園の猿山でサルたちの闘争劇をボーっと眺めたり。そうして心を空っぽにした後、お約束の昼ベロで締めるのだ。
興が乗れば、キムチをつまみに常温の紹興酒をチビチビとやり、最後はチャーハンをかっ込んで一気に締める。さすがに飲みすぎ、食べすぎだと自覚はしているが。
今の私にとって、仕事以上に体力を削り、何より心を蝕んでいるのは「介護」をおいてほかにない。
もしもこの重荷から解放されさえすれば、私は本当の自由を手にできる。自分の失われた時間を取り戻せるし、毎日毎食、父親の食事の支度に追われることもなくなる。
だからこそ、介護に息が詰まりそうになった時は、「今だ!」とばかりに昼ベロへと這い出す。
うしろめたさなんか、微塵もない。介護は「自己チュー」でいいのだ。
父の排泄や就寝のタイミングを考えると、夜に家を空けるよりも、昼の方が圧倒的に都合がいいという現実的な理由もある。
かつては思いもしなかった「昼ベロ」という免罪符。私は今日も、逃げても逃げても追っかけてくる現実からほんの数時間だけ逃避するために、電車のシートに身を委ねる。
いつか訪れる「本当の自由」を夢見ながら、タブレットにあるホッピーの「中」を指の先でチョンとタッチするのだ。(#10に続く)
