ぐひんの山 第五章 封印 ②
弥生が行方不明になってから家族の心がバラバラになったように、陽菜には思えた。弥生という形で、家族が切り取られて無造作に投げ捨てられたようだ。特に父親と母親の間には気まずい雰囲気が漂っていて、陽菜から弥生の話が出来る状態ではなかった。いろいろな場面で弥生のことを思い出すと、陽菜より先に母親が情緒不安定になることが多かった。年に何度か、母親は饗庭村周辺の街へ出向き、尋ね人のチラシを配るようになった。それも父親のかんに障るらしく、ますます両親の仲は悪くなっていった。
陽菜も出来ることなら今も弥生がどこかで生きていると信じたい。いなくなってからもそのままになっている子供部屋を覗く度に、弥生のことが案じられた。
だからかも知れない。この二年間、陽菜が甕と平良須山の研究論文に打ち込み続けたのは。
饗庭村についての資料を持っていると見当をつけている柳という郷土史家は頑迷な老人で、理由もなく「ダメだダメだ」の一点張りで、一度も見せてもらえたことがない。
想像の域を出ない為、いつまで経っても論文が完成しないのだ。
一つだけ分かるのは、祖母が山の中腹に祀っていた祠を毎日欠かさず拝んでいたこと。平良須山にはぐひん様という存在がいること。一人で山に入ってはいけないという決まり事があったこと。一人で入ると神隠しに遭うように行方不明になってしまう。山に関係することだけ思い出せる。
『かんすさび』に関しては、全くと言っていいほど類似資料もなく自分の記憶だけが頼りで、村での聞き取りも出来ないでいる。
やけになって、山の神について調べたこともあった。
白に自分の説を披露したとき、いつものごとく彼は興奮したように嬉々としてまくし立てた。
「山の神を祀った祠があったんだよね?」
「山の神かどうか知らないですけど、祠なんだから多分、土着の神様か何かだったと思います」
「山の神と言えば、大山祇がまず考えられる。山というものは、日本では古来から蛇信仰と深い関わりがあるんだ。例えば、三輪山は蛇が神だとされている。山の形そのものがとぐろを巻いた蛇の形に見立てられるからなんだ。桐野君の祠は土着の神だから正体不明だけど、まずは蛇神だと仮定しよう。で、大山祇が何故出てきたかというと、大山祇が蛇体であるとする説があるからなんだ。大山祇の妻の鹿屋野比売神という草の神なんだけど、この女神も蛇体とされている。カヤノヒメの別名は野椎神と言われて、これも蛇体なんだ」
「蛇……、ですか」
「うん、でもね、古事記では神とされた野椎神も野槌と呼ばれる妖怪へと零落した。そもそも同じ存在ではなかったのかも知れない。とにかく最近では、野槌をツチノコだという論も展開されているほどだから、やはり、蛇とは切り離せない存在なのかも知れないね」
「それで、祠の神様は鹿屋野比売神なんですか?」
「そういえば、平良須山のぐひん様は人を食うと言われてるんだよね」
「はい。一人で山に入ると喰われるって祖母が言ってました」
「人を食うと言うことは、神様の生け贄としての意味もある。八岐大蛇って知ってるよね?」
須佐之男命が退治した八つの頭を持つ蛇の化け物のことだ。そのことを告げると、ますます白の表情が生き生きとしてくる。
「古代の日本では八と言う数字は聖数とされていて、数が大きいという意味が込められている。例えば、八百万の神とか、八紘とか、八咫鏡とか」
「江戸のことを八百八町って読んだのと同じですか?」
「そうだね。とにかく、八岐大蛇は八又の大蛇という意味で、八つの頭を持つ大蛇だった。生け贄を与えなければいけない神というのは、悪性の神だと思ってる。古事記に出てくるから、もしかすると天つ神よりも古い神だったのかも知れない。とにかく、化け物として八岐大蛇は須佐之男命に退治されてしまう」
「天つ神による土着の神の征服ですね」
「古事記はそういった征服の歴史を書いている部分もあるね。で、平良須山の祠に祀られていたのは、仮に土着の蛇神だったとする。人を食うというのは伝承の名残で、生け贄を捧げねばならない荒神なのではないかと言える。桐野君の持ってきた甕の中の血も、荒神に捧げられた生け贄のものなのかも知れないね」
「蛇の荒神ですか……」
白がもっと喋りたそうに薄笑いを浮かべている。こうなったら、白が黙っていられない性分だと、陽菜は嫌というほど知っている。
「荒神は、アラハバキ神であるとする説もある。アラハバキの『ハバ』は、実は『はは』と読み、『はは』は蛇のことなんだ。アラハバキは謎めいた神で、いまだに正体が分からない。ただ、この説によると蛇神であることになる。話がそれたと思うだろう? 違うんだな。この『はは』を山の神とするならば、山の蛇の意味で『山はは』、強いては『山母』いわゆる『山姥』へと変化する。ここで、人を食う存在として認知できる」
陽菜は白の展開する説を静かに聞いていたが、突然山姥だと言われて混乱した。
「なんで山姥なんですか?」
「うん。山姥は人を食う、山に出る鬼のようなものだ。ただ、山姥が山の神だとすると、山の神が女性だとする説にも繋がってくる。山姥が人を食うというのは、山の神に生け贄を捧げていたと同義じゃないかな」
「それで、祠に祀られていたのは生け贄を求める蛇神だと言うんですか?」
「そうだね」
一通り話すことができて、白が満足そうな笑みを浮かべた。
陽菜は顎に手を当てて、考え込む。仮にあの祠が蛇をご神体にしていたとする。でもそれを祖母が信仰していたのは何故だろう。その祠も鉄塔を建てた際に壊されてしまった。その後、祖母は認知症を患って鉄塔に首を吊って死んでしまったのだ。この一連の流れを白に話すことが出来ずにいる。祠を壊したせいで、祖母があんなことになったとは思いたくない。もし、神に殺されたのだとすれば、殺されるべきは……、鉄塔を建てた人間じゃないか。
「平良須山と桐野君の家は何か関係があるの?」
自分の事務処理の作業をし始めたと思っていた白が、思い出したように陽菜に訊ねた。
「平良須山は祖父の持ち物でした。祖父が言っていたんですが、元々は桐野家本家の持ち物だったとか……」
「じゃあ、平良須山を管理してたのは桐野家か……。祠も桐野家が管理してたんだろうな……。山の所有はいつくらいからか聞いたことがある?」
「特には……。でも桐野家はかなり古い家系で、江戸時代からあの辺りの豪農で庄屋も務めたとか、祖父から聞いた覚えがあります」
「江戸時代からかぁ……。それについて、文献は残ってるの?」
陽菜は残念そうに首を振る。
「いいえ。多分、それに関する文献を所有している郷土史家さんには連絡を取ってるんですけど、会ってくれないんです」
椅子を軋ませて陽菜と向き合うと、白は腕を組み、唸った。
「そうか、そういう人もいるからなぁ……」
ブツブツと呟きながら立ち上がり、左の壁に設置している本棚に歩み寄る。
陽菜は白が何をしようとしているのか、見つめた。
白が本棚に並ぶ文献や書籍に目を走らせて、何か探している。しばらくして目当ての本が見つかったのか、冊子を手に取った。
「これだったと思うけどなぁ……」
そう言って、冊子のページをめくっていく。とあるページで手を止めて開いたページを陽菜に見せた。
「これは……」
陽菜は白が何を見せたいのか分からないまま、冊子のページに目を移した。
ページの表題に、『漂泊民の信仰』とある。
「漂泊民……」
「このレポートを書いた人は、サンカについて書きたかったんだろうね」
「サンカ、ですか……」
サンカとは、と白が流暢に説明を始めた。
彼らは定住せず放浪しながら、山などで狩猟採集をして暮らしていた集団で、集団によっては川漁や竹を用いた細工物、蓑(みの)や箒(ほうき)などを作って売り歩いたと言われている。また、戸籍も持たず、里で盗みを働いたりすることもあった。一時期、サンカは特殊な集団だったと主張する風潮があったが、今はオカルト的な集団だったのではとされている。ただ、江戸時代などの文献などでも、明治維新以降の官憲からもサンカと呼称されていたのも事実だ。いくつもの説があり、捏造だとする時代もあったようだ。
「このレポートには、山間部に飢饉などで避難した集団が信仰している対象について書いてある。さっき、僕が桐野君に話した蛇神について覚えてる?」
「はい。山の神のことですね」
「ここに、漂泊民は茅(かや)を使って、蓑や箒などを製造していたとあるね?」
「はぁ」
陽菜は白が何を言いたいのか見当も付かず生返事をした。
「最初に、鹿屋野比売神(かやのひめ)について話したと思う。カヤノヒメは草祖草野姫書く場合もある。カヤノヒメの草という字は実は茅を意味するものなんだ。そして、茅はしめ縄や茅の輪の原料でもある、いわば神聖なものだ。余談だけど、しめ縄も蛇を表しているという説もあるんだ。とにかく、僕が言いたいのは、このレポートにある漂泊民が作っていた箒のことで、昔はこの箒を茅や藁で作っていた」
白は箒が茅で作られたことで何が言いたいのだろうかと、陽菜は首をかしげた。
「古来、箒は『ははき』と読む。それが転訛して『ほうき』になったんだ。さて、さっき僕は『はは』は蛇のことだと言ったよね?」
陽菜はなんとなく白の言いたいことが分かってきた。
「要するに、茅で箒を製造していた漂泊民が信仰している神は、蛇神じゃないかって事なんですね?」
「そうだよ!」
白が嬉しそうに手を叩いた。
「もしも、桐野家が漂着民と関係していたなら、彼らが信仰した蛇神を引き継いだ可能性があると思うよ」
陽菜は祠の閉められた扉の中を見たことがない。祖母はその中に何があったか知っていただろうか。生け贄を求める蛇神だったならば、祖母が祠を壊されたあと自死してしまったのは祟りなのかも知れない。何故祖母だったのか、それはおそらく祠を祀っていたのが祖母だったからではないか。祠を壊され、祀られず、蛇の怒りを買った祖母は命を取られたのだ。理不尽だが、神とはそういうもので人知を超える存在だ。さらに正体の分からない神は、下手に障ると祟る。触らぬ神に祟りなしという言葉があるように、関わってしまったら最後、害をなす存在に変わってしまうのだ。
今も甕は持ってきたときのまま、蓋をして資料室の片隅に保管されている。蓋をしているだけで、甕からにじみ出る禍々しさが和らぐ。札の効果なのか、それとも装置としての甕の機能が壊れているのか、どちらにしても蓋をした甕は沈黙を守っていた。
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