忌み地 第六章 壱央
壱央は祖母に電話した翌日には、宮古島の地を踏んでいた。
祖母に井野結花子の話をしたのだ。すぐさま祖母は帰ってこいと強く言ってきた。
気味の悪い画像を送ってきた彼女には、「床下を調べてみろ」と忠告したけれど、あの後も木彫りの人形はしつこく自分に付いてきている。果たして宮古島までやってくるのか。
井野家以外の人間に対して悪意を持って存在しているのは、明らかに呪詛めいている。昔は井野家の守り神だったのは間違いないが、何かしらきっかけがあり、守り神ではなく害をなす存在になってしまったのだ。多分それは自家中毒のように内部でコントロールできないものになったのだろう。そうなると壱央の力では何も出来ないが、祖母ならば得意分野だ。
仕事は自営業のおかげで宮古島に戻っても問題なく続けられるのが幸いした。
家に戻ると、祖母に玄関口で迎え入れられた。小柄で色黒の祖母の姿を見たら、壱央はようやくほっとした。しかし、祖母は壱央を見た途端、眉を顰める。
「壱央、何を憑けてるのさ。そんなもんをうちに持って上がるな」
祖母には人形が視えているのだろう。
「背中、見せてみろ」
祖母の言うとおりにする。屈んだ壱央の背中を祖母がパンパンとはたいた。応急処置だが一時的に人形を離したらしく、ようやく家に上がらせてくれた。荷物を置き、まずは仏壇に手を合わせた後、ダイニングのテーブルに着いて、祖母にもう一度結花子のことを話した。
祖母は目をつむって、壱央の話を最後まで聞いてくれた。
「あんた、それ呪詛さ」
祖母が気難しい顔つきで言った。
「しかも、単純なものじゃないさ」
壱央は首をかしげる。壱央には、人形を使い、一族の繁栄を祈願したところまではわかった。おそらく人形にはかつては赤ん坊の霊が閉じ込められていたのだろうが、今は違う。ずいぶん昔に赤ん坊は人形に封じられて呪詛に使われたのだろう。赤ん坊の霊が逃げてしまわないようにまとめて閉じ込めた場所があるはずだ。壱央が見せた画像について、これが閉じ込められていた赤ん坊のなれの果てだ、と祖母は推察した。でも、と続ける。
「呪詛は二つある。それを封じないと、この家の人間は狂っていくよ」
「狂っていく?」
「そうさ。床下の穴に赤ん坊を放り込むのが見えるよ」
「井野家の祖先が?」
祖母が冷えたさんぴん茶をすすった。
「多分。完成形の呪詛は人形と赤ん坊さ。もう一つは結果的に呪詛になったのさ」
壱央は眉を顰めた。井野家には二つの呪詛が存在する。そんなことに全く気付かなかった。結果的に呪詛になったとはどういう意味だろう。
「あんたに憑いてきた人形は最初のものさ。最初に完成形の呪詛を作った人間がいたんだ。穴も同じ。あんたが行った土地は元々水場だった。土地一帯に呪いがかかってるのさ。その呪いを家にかき集めたんだ」
土地一帯に呪いがかかっている。それはどんな呪いなのか、壱央には見当も付かない。
「一族が呪われてるってことなの、ばあちゃん」
「そうさ。最初の呪詛のほうが力が強い。それを利用するために別の呪詛を混ぜて作ったから、二つ目の人形の呪詛が上手くいったのさ」
「じゃあ、それを井野さんに教えないと」
「今、その女の人に関わるとあんたの命が危ないよ。私は反対だ」
壱央は結花子のことを思い出す。げっそりと痩せた彼女は毎日起こる怪現象に怯えきっていた。自分も同じだ。呪詛を解かなければ、自分の命も危うい。だからこそ祖母を頼って宮古島に帰ってきたのだ。
「なぁ、ばあちゃん。俺、今からでも遅くないかな」
「何をさ」
「修行。視えるだけじゃ、何の役にも立たないから。それに俺自身で霊を祓ったり出来るようになったら、井野さんを救うことが出来るかも」
「それはおこがましいさ。でも、修行はしたほうがいいね。でないと、あんたが殺されるからさ」
その日から修行が始まった。
「その携帯電話は修行中は使ったらいけないよ。修行中、あんたと縁が出来た呪詛に関わると、もう離れないからね。今は人形を騙せてるから、今のうちに力を付けるほうがいいさ」
「わかった。ばあちゃんがスマホを預かってて」
「いいよ。ばあちゃんに貸しな」
それから四ヶ月ほど壱央は宮古島にある御嶽を回りながら、祖母に言われたとおりに過ごした。結花子の臨月はもうそろそろだ。しかし、彼女は呪詛にかかっているから、無事に出産できるかわからない。産んでしまう前に呪詛との因縁を外さねばならない。
人形に封じられた赤ん坊の魂は、容れ物を壊すことで解き放てるだろう。媒体を失った呪詛は霧散する。もしくは別の呪詛に取り込まれるだろう。
井野家に二つの呪詛がかかっているのならば、その一つを壊せば、もう一つの呪詛の根源が見えてくる。
壱央にかかった人形の呪詛も解けるかもしれない。結花子に関わる限り、人形はどこまでも壱央を追ってくるだろう。怖くないというのは嘘になる。怖くて仕方ないから、修行を続けているのだ。けれどそれにも時限があった。結花子の出産までに、なんとかせねばならない。
朝食をとりながら、壱央は祖母に訊ねてみた。
「ばあちゃん、そろそろ大丈夫かな?」
「修行かい?」
「井野さんをなんとか呪詛から引き離すことが出来るかな」
「それはわからんさ。ただ自信を持って、今までやってきたことを実践するしかないさ。怯えたらつけ込まれる。出来るかい?」
つけ込まれるとは死ぬということだ。
「一度修行を始めれば一生修行しなくちゃいけないよ。出来るかい?」
「もう覚悟出来てるよ」
「この呪詛は関わりを持ったら二度と離れんさ。呪詛を解くまでは一生続くよ」
現に宮古島に行くまで、壱央の前に人形は何度も姿を現して、決して離れてくれなかった。この修行は壱央の身を守るための修行でもあったのだ。
「わかった」
「じゃあ、私の教えたことを忘れんように、これを渡しておくよ。これがあんたの力を増幅して守護してくれるさ」
と言って、祖母が自分の数珠を渡した。それは小さな数珠玉がいくつも連なった長い数珠だ。
その日は祖母から、力の使い方や今回壱央が挑戦する呪詛解きについて、とくと言い聞かせられた。
宮古島から飛行機に乗って都心部まで何度も乗り継いで移動し、結花子の住む安達野に向かう。列車に乗ってから、壱央は久しぶりに結花子に電話をしてみた。結花子に、人形を焼き、その土地から逃げることを伝えるために。
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