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ぐひんの山 第七章 廃屋 ①

『陽菜、テレビ見てみて』

 図書館で論文の資料を読んで頭を抱えていたとき、直也から音声通話の電話がかかってきた。声が震えていて、いつもと違うと陽菜は訝しんだ。

「今、テレビ見られない。図書館にいるんだ。ちょっと待ってね、外に出るから」

 周囲の学生からにらまれながら、小走りで図書館の外へ出た。温かな図書館から外に出て、冷たい空気にさらされる。だんだんと木の葉が紅葉としてくる季節だ。

「お待たせ、外に出たよ。何かあったの?」

『真弓が……』

 声が震えていて聞き取りづらい。なんだか泣いているようにも聞こえる。

「真弓ちゃんが何? どうしたの?」

『死んだ……。真弓が死んだんだよ』

 聞き間違えたかと、思わず聞き返してしまう。

「え? 何? 真弓ちゃんがどうしたの? 死んだなんて嘘だよね」

『嘘じゃない。お袋が真弓のお母さんから聞いたんだ。明日、通夜だって言われた。今、真弓は警察の所にいるから、すぐ葬式が出来ないらしい』

 検死をしているということは真弓はおそらく変死したのだ。

「なんで死んだの」

『聞いてない。そのうちお袋が教えてくれるだろ……。それかテレビか雑誌の方が詳しいかもしれない』

 真弓はSNSでフォロワーが何十万人もいるインフルエンサーで、モデルなのだ。直也が言うにはマスコミやモデル業界が真弓の死に騒然としたらしい。スキャンダラスな死であるほど、騒いで喜ぶ人間がいるのだろう。

 直也からの電話を切ると陽菜は大学には寄らず、自宅に戻り、廃屋に入るための靴と服をそろえ、喪服を用意した。これほど喪服が必要になるとは思わなかった。夏から立て続けに友人を亡くしているのに、いまだに実感がない。しかも、村八分にされて引っ越したから、村に戻ると村民の視線が痛く、場違いに思えてくる。弥生と聡の母親が同時に行方不明になったことも関係していて、桐野家は疫病神だと思われている。桐野家も弥生を失ったと言うのに……。

 翌日、早朝に陽菜は饗庭村へ車で向かった。高速もなくひたすら細い県道や林道を抜け、峠を越えていく。山から望むこぢんまりとした饗庭村の西側に平良須山が見える。こうして見ると平良須山と他の隣接している山の区別は付かない。巨大な鉄塔があることで、あれが平良須山だとわかる。

 村にある県道を通り、車で桐野家の実家に行く間に、陽菜が村にやってきたという噂が村中に伝わるのだろうと思いながら、車を走らせる。

 これが聞き取りのために訪れた村ならば、多少排他的なのは仕方ない。しかし、幼い頃から馴染んで育った村からいきなり阻害されたのは、母親にとっては耐えられない環境だったろう。父親が多少人間関係に気を遣うひとだったなら、少しは違ったかもしれない。でも、現実はそうではない。

 今までの村民の態度を顧みるに、今回の葬式では一波乱起きるだろう。そっと顔を出し、すぐに帰ったほうがいい。それに直也についていけば、あからさまな態度は取られないかもしれない。

 実家に着いて、車から降り、玄関の鍵を開ける。がらりと引き戸を開けた。

「陽菜!」

 振り返ると、敷地に入ってくる直也がいた。喪服を着た直也が手を振ってくる。

「もう通夜が始まってるの?」

「夕方には真弓を帰してもらえると思う」

「マスコミ、いなかったね」

「密葬にするらしいから、情報が漏れてないだけだと思う」

 家族だけでおこなうと言っても、村中の人間がやはり葬儀に参列するだろう。

「上がる?」

「ここでいいよ。隙を見てここに来てるし。すぐ戻らないといけないから、手短に説明するよ」

 玄関に入って、陽菜と直也は上がり框に腰掛けた。

「ショックかもしれないけど、落ち着いて聞いてくれ」

 直也の頬がげっそりとこけているのがわかる。この短期間のうちに直也の身に何か起こっていると、陽菜は感じた。まさか真弓と同じ理由だろうか。

「真弓のやつ、麻薬の過剰摂取で死んだそうだ」

 それを聞いて、陽菜は驚いた。

「麻薬?」

 真弓がそんなものに手を出していたことに衝撃を受けた。真弓と最後に連絡を取ってからたった一週間しか経ってない。

「死んだ聡にも秘密があったみたいで、多額の借金を抱えてて聡のじいちゃんに金の無心をしに、よく帰省してたらしい」

 多分、村民全員がそのことを知っていただろう。直也の耳にも入っているのだから、真弓の死の原因もとっくの昔に周知のことだろう。

「聡くんも真弓ちゃんも上手くいってたじゃない」

 短期間で成功を手に入れたが、上辺だけのことだったのか。

「俺もそう思ってた。タイムカプセルを掘り出そうとしたあの年から、急に運が向いてきたんだよ。陽菜はどうだ?」

 いきなり直也が訊いてきた。

「運? わたしは今までと変わらなかったよ」

「そうなんだ……。あの甕はどうなった?」

「大学にあるよ。骨がなくなってたから、あんまり詳しいことはわからないけど、中に大量の血がこびりついてた」

「骨がなくなってたのか?」

「そう。だから、調べたくてもそれ以上わからなかった」

「あの甕が俺達の運が良くなった原因じゃないかって、真弓と聡に話したことがあったんだ」

「甕にどうしてそんな作用があるの」

「わからない」

 直也が腕時計を気にし始めた。

「悪い。またあとで迎えに来るから準備して待っててくれ」

 直也が立ち上がった。

「わかった」

 玄関口から直也を見送ったあと、その足で家の裏手にある蔵に行ってみた。

 平良須山に太陽の日差しを遮られて陰になり、一層肌寒い。蔵にも陰が落ち、壁が崩れている部分もある。扉は頑丈に閂で閉ざされているので、中には入られない。記憶にある木箱を見てみたいと思ったが、今は無理そうだ。

 白の言っていた、祠と木箱を結ぶバイパスを立証できたら、満足いく論文が書けそうだ。

 表側の庭に比べて山側の裏庭は荒れ放題だった。藪で裏庭が埋もれている。おそらく、廃屋になってしまった親戚の家は、これよりもっと酷い状態だろう。

 腕時計を見ると、すでに三十分も過ぎていた。直也の迎えを待つために、表に戻り玄関から家に上がった。


 午後一時を過ぎたころに直也が迎えに来た。玄関先で直也が愚痴る。

「マスコミが嗅ぎつけて真弓の家の周りにいるんだ。おまえの家に行くときもついてくるから、本当に迷惑だよ」

「おばさんはどうしてる?」

「落ち込んでる。死因が死因だしな……」

 陽菜は真弓が何故麻薬に手を出したのか理解できなかった。

「真弓ちゃん、なんで麻薬なんか……」

 すると、直也がぽつりと呟いた。

「真弓からメッセージをもらった」

「いつ?」

 一週間前、真弓のメッセージを受け取っていたのに、何もしなかったことを陽菜は後悔していた。

「一週間前。『いぬあたまがいる』って言うメッセージをもらってさ」

「わたしもそのメッセージもらった……」

「怖くて眠れないし、外にも出られないって言っててさ。それで真弓は麻薬に手を出したように思うんだ」

 真弓は元々快活でポジティブな性格の女性だった。『いぬあたま』への恐怖は、そんな真弓の性格さえも変えてしまうほどだったのか。

「そんな……」

「俺は真弓が麻薬に手を出した気持ちがわかる気がする」

 直也のそんな言葉を耳にして、陽菜は眉を寄せる。まさか、直也まで『いぬあたま』の幻覚が見えるのだろうか。陽菜の視線に気付いた直也が、苦笑いを浮かべる。

「心配するなよ。おまえのほうこそ、そんなもの見てないよな?」

「見てない……」

「そうか……。そろそろ行くか」

 直也が歩き出した後ろを、陽菜は付いていった。


#ホラー小説部門 #創作大賞2025

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