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ぐひんの山 第七章 廃屋 ②

 県道沿いの路肩に大きな白いバンが何台か停まっている。何台かのバンのサイドドアにテレビ局のロゴが入っているのが見える。テレビ局、または雑誌のカメラマンが、ずっとハンディビデオカメラを真弓の実家に向けているのが分かった。

 真弓の実家で葬儀がおこなわれるのだが、目立つ鯨幕は出されていない。弔問客も密葬にすると知らせが回ったのか、表から見る限りではいないようだった。

「正面から上がるの?」

 そんなことをしたら、格好の獲物になってしまう。

「裏口から入ろうか。今日はみんなそうしてる」

 直也に続いて小道に入って家の裏手に回り、勝手口のドアを開いた。

 勝手口に何足も黒い靴が並べられていた。

「あら、直也くん」

 近所のおばさんが直也を見てからその後ろに付いてきた陽菜に視線を移して、顔をしかめた。

「陽菜ちゃんも来たの」

 あまり歓迎されていない言い方だった。

「お邪魔します……」

 小さな声で挨拶をして、陽菜が土間に上がりかけたとき、直也に気付いて真弓の母親が台所にやってきた。

 陽菜を見た途端、声を荒げた。

「あんた、なんしに来たんね! 誰もあんたば呼んどらんっちゃ! 友達ならなんで真弓を助けちゃらんかったとね! 真弓がなんべん、あんたに連絡したか、あたしは知っとーとよ。一度も返事ばせんかったのも、全部。真弓がどんだけ助けてほしいっち思っとったか! 親が親なら子も子だわ!」

 いきなりの罵声に、陽菜は目を白黒させた。真弓の母親が哀しみのあまりに混乱しているのはわかっていたけれど、村の住民の心に刻みつけられた父親の仕業や、誤解から生まれた母親への非難が、今もわだかまっているのだと悟った。

「ごめん、わたし帰るね……」

 直也に告げると、陽菜は逃げるようにして勝手口を出て行った。

 道すがら、目ににじむ涙を堪えながら、真弓に謝り続けた。何故、こんなことになってしまったか、問い続けた。けれど、取り返しの付かない事ばかりで、陽菜は手の尽くしようもない。

 直也の言うとおり、これが甕のせいなのだとしたら、運を使い果たした末に甕の中の骨が具現化して『いぬあたま』となり、真弓を苦しませたと言える。甕がそういう装置なのだとしたら、これは立派な呪術であり、呪いでもある。関わった者に幸運を与え、熟した実をもぎ取るように命を奪うところは、つくもに教えてもらった蠱道こどうに似ている。

 それなら、残る犠牲者は直也と陽菜だ。もしも甕という装置の謎を解明し呪術を無効化できれば、直也だけでも助けられるのではないだろうか。

 そのためには、残された廃屋を調べるしかない。そこで得たヒントと饗庭村の伝承などに残されている欠片ピースを組み合わせて、答えを導き出せるかもしれない。

 陽菜はぐっと涙を堪え、歩を早めると、平良須山を背後に構える桐野家の実家に戻った。

 廃屋に行くために登山用の服と安全靴に着替え、防塵マスクをはめた。ぎりぎり平良須山に入らない麓の獣道を辿り、枯れた藪をかき分けて進む。実家とさほど離れていない場所に一軒の廃屋を見つけた。

 誰も住まなくなってから何十年も風雨にさらされて、土壁は漆喰が剥がれ落ち、焼杉板が経年劣化で折れ、年代を感じさせる玄関の格子枠のガラス戸は風雨で粉々に割れている。

 廃屋の脇を通り過ぎるとき、家財道具がバラバラと腐った畳の上に散乱しているのを目にした。引っ越した割には調度品が数多く残されている。カレンダーも当時のまま壁に掛かっている。何を思って、この家から出て行ったのだろう。陽菜には見当も付かないが、平良須山の闇が思った以上に一族に伸し掛かっていたのかも知れない。

 廃屋の中に入ることが目的ではないので、さっさと家屋の裏にあるはずの蔵を目指した。軍手を嵌めた右手に鉈を掴み、左右に振るって前へ進む。秋も深いのでマムシに噛まれる恐れはないものの、慎重に道を切り開いていく。枝や藪を切りつける度に、青臭い匂いがまるで血飛沫のように辺りに飛散する。

 縦横無尽に蔓延る蔦や蔓性植物の垂れ幕をざくざくと切り裂いて進む。やがて、ボロボロの蔵が見えてきた。

 色あせて立ち枯れる雑草に囲まれた、薄暗い木陰の元にひっそりとたたずむ崩れた蔵を見て、陽菜は懐中電灯を取り出して崩れた土壁から中を照らした。

 昼間だというのに、生い茂る木々の葉が覆い被さってきて、夕暮れ時のような暗さだ。懐中電灯の丸い明かりが崩れた隙間を照らすけれど、蔵の中の闇に光は吸い込まれて、見通すことが出来ない。

 近くに行くしかなく、枯れ葉の降り積もった地面を踏みしだいてゆっくりと近づいていった。

 土壁が剥がれて、漆喰もボロボロだ。観音開きの厚い扉は錆びた閂で閉ざされているが、横倒しに崩れ落ちて、もはや扉の機能を果たしていない。中に入られるか、蔵を一周してみた。朽ちた土壁はもろく、触っただけでボロボロと崩れ落ちた。到底中まで入ることは出来ないと諦めたが、少しでも中を見たいと穴の隙間に懐中電灯を入れて、中を覗いた。

 床に穴が開き、二階部分が一階に崩れ落ち、見通しが最悪だった。記憶にあるひな壇、もしくはひな壇が平良須山を背に設えてあれば、陽菜が立てた仮説は正しいはずだが、この状態では確認すら出来ない。

「まだ一軒目……」

 ぼそりと呟き、ここは諦めて次を探すことにした。

 一軒目の時は時間がかかってしまったけれど、二軒目以降は手慣れてきたのもあるが、建てられた時代が違う廃屋が連なって見つけやすいこともあって、古地図の通り平良須山の前方、饗庭村へ開けた範囲が狭かったおかげで、難なく午後三時までに十一棟の蔵を見て回れた。

 家人が出て行った当時のままの廃屋は三軒しかなく、他の八軒より比較的まだましだった。蔵も同様に蔦に絡まれていたが、思ったほど老朽化は進んではいなかった。

 錆びた閂に触れると赤茶色の錆が簡単に剥げる。陽菜はリュックに入れて持って来た金槌を手にして、思い切り閂をたたき壊した。腐食してもろくなった閂は簡単に割れて地面に落ちた。

 陽菜はゆっくりと力いっぱい蔵の扉を開いた。錆びたちょうつがいのせいで陽菜がやっとくぐれるくらいにしか開けることが出来なかったが、それで充分だった。

 中を懐中電灯で照らす。何十年も人が侵入してこなかった蔵の中の空気がうねって埃が舞う。その埃を懐中電灯が照らし出した。見る限り、中にはほとんどものがなく、苦もなく入ることが出来そうだった。リュックが邪魔だったので、扉の隙間に挟み、勝手に閉まらないようにして、陽菜は体を横にして扉をくぐる。床を踏み抜かないように、ゆっくりと歩を進め、奥までたどり着いた。明かり取りが闇を切り裂いて床に太陽の光を注いでいる。

 予想通り、奥に木製のひな壇があった。ひな壇というには貧相かもしれないが、陽菜の記憶にあるものにそっくりだ。これに白い絹の布を掛ければ、うり二つになる。

 明かり取りの真下にあることで、平良須山を背後にしているのが確認できた。何枚か写真を撮ると、陽菜は元来た道を引き返し、実家に戻った。

 いくつか蔵を見て回り、そのうちの三棟は中を確認できた。いずれも見た限り明かり取りの下にひな壇らしいものがあった。それを鑑みるに、木箱は一族持ち回りで順繰りに儀式をおこなっていたように思えた。

 陽菜の実家を入れて十二棟。おそらく十二年周期だったのだろう。

 『かんすさび』には子供が必要だ。陽菜が『かんすさび』をした年齢は七歳。その後はぬいぐるみが代わりを務めたとして、やはり『かんすさび』が出来る最高年齢は七歳までなのかもしれない。しかも、『かんすさびが上手に出来た子』『出来ない子』がいるとして、『かんすさび』を上手に出来なかった場合、連れていかれるならば、いつも上手に『かんすさび』を終えられていたとは限らないのだろう。結局、大家族が当たり前だった昔ならいざ知らず、近代以降、『かんすさび』が出来ない年齢の子供、年老いた両親達が残されることになった。祖父は、十二年周期のあいだに『かんすさび』が可能な子供が生まれないことを見越し、ぬいぐるみを子供に見立てて蔵に置いたのではないか。陽菜の名前を木片に書いたのは、陽菜が十二年間『かんすさび』をしていると、何者かを騙していたのか。

 実家に着いた陽菜は急いで荷物をまとめると、車に乗り込む。

 大学に着いたら、祠と蔵の位置を確認するために饗庭村近くの町の図書館から、昭和初期の村周辺の古地図を取り寄せよう。甕と木箱の役割を解明して、陽菜と直也にかかった呪いを早く解くように専念するしかないと強く思った。

#創作大賞2025 #ホラー小説部門

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