ぐひんの山 第八章 平良須山 ②
電話を切ったあと、陽菜はよろよろとホームの椅子に腰を下ろした。直也からのメッセージを無言で眺める。
つい先日、陽菜は直也と自分に降りかかった呪いを解明しようと決心したばかりだった。しかし、それは叶わなかった。
ただ、直也のメッセージで一つだけ分かったことがある。死の予兆は『いぬあたま』を見るか見ないかで決まるのだろう。陽菜はいまだに具現化した呪いを見たことがないが、これから見るのかも知れない。甕を見つけた夜に夢で見た『いぬあたま』が最初で最後だ。
真弓が死んだとき、彼女に会えなかった。直也の時まで会えないのは、あまりにも悲しい。こっそりと饗庭村に行って遠目から見てみたいという気持ちに駆られた。
そのうち、電車の運行状況も改善され、陽菜は大学に行かずに家に帰った。
ただいまも言わずに階段に足を掛けたとき、リビングから母親が顔を出した。
「陽菜?」
見つかってしまったので仕方なく、「ただいま」と答える。
「どうしたの」
いつもと様子が違うと察知したのか母親に聞かれた。
「お母さん」
部屋へ逃げ込むことも出来たけれど、陽菜は母親の顔を見つめる。
「直也くんが亡くなったって、妹さんから聞いたんだ。お葬式には来るなって言われたんだけど、どうしたらいい?」
母親が思案げな表情を浮かべたあと、口を開いた。
「お母さんも行かないほうがいいと思う。真弓ちゃんの時に思い知ったでしょう。わたしたちは、村中から嫌われてるの。関わってもろくなことにならないから」
母親の言葉に陽菜は落胆する。
「お母さんまでそんなこと言うんだね」
「お父さんも同じ事を言うと思うわよ」
母親の言葉を最後まで聞かず、陽菜は自分の無力さにうなだれると、二階に上がり自室に入ってベッドの上に突っ伏した。
夏に死んでしまった聡をかわぎりに、たった四ヶ月で幼馴染みを全員亡くしてしまった。彼らが何故死んでしまったのか、思い出せるだけ思い出してみたが、平良須山で見つけた甕と『いぬあたま』しか頭に浮かばない。甕の中の骨が、もしも、『いぬあたま』の正体なのだとしたら、失ってしまった今、なすすべもない。
三人が死んで、陽菜は生き残った。陽菜と三人の違いはなんなのか。真弓や直也の訴えた『いぬあたま』について、もっと親身になったり、調べたり、助けたりしていたら、結末は変わっていたのだろうか。それとも、『いぬあたま』だけでなく、甕に封印された何かが解放されて、三人に影響を及ぼしたんだろうか。
答えが見つからないまま、そのことばかりが堂々巡りする。
昼食に呼ばれたが食べる気が起こらず、一体何故幼馴染み達が死ななければならなかったのか考え続けた。陽菜は自分の無力さに打ちひしがれ、今更呪いの解明など無意味だとやる気を失っていた。
三人のことを思い出す度に、涙が出る。ベッドに横たわり、どうすれば良かったのだろうと自分自身を責めた。
時間が経つにつれて涙は出なくなったが、三日ほどぼんやりと家で過ごして、大学にも行かなかった。三日目の朝、スマートフォンの電源を三日ぶりにオンにしてみると、白から着信が十数件も来ていることに気付いた。電話を掛けようか掛けまいか悩んでそのままにして、ベッドに横になってどうすれば良かったのか答えの見つからない問いかけを反芻する。どうすれば死なせずにすんだのか、そのことに始終すると、結局あれやこれをしなければ良かったというなすすべのない後悔に襲われた。
自分を責めるだけではダメだということはわかっていたが、それならばどうすれば良かったのかという問題にぶち当たり、また最初の問いかけに戻ってしまう。
脱力して横になっていると、突然スマートフォンが鳴り始めた。
陽菜は驚いて一瞬なんの音かわからなかったが、表示画面に白の名前が映し出されているのに気付いて、慌てて電話に出た。
「はい、桐野です」
『やっと繋がった……。桐野君、なんで大学に来ないの』
白がため息をついた。
「ごめんなさい……」
責められているのだと思い、陽菜はか細い声で謝った。
『いや、謝ってほしいんじゃないんだ。なんで大学に来なかったのか聞きたかったんだけど』
「ごめんなさい……」
すると、白が困り果てたように言う。
『うーん、あのね、教授が雑務をしてくれるバイトがいないから困ってるんだよ。それに君宛の封書が県外の図書館から届いてるし、僕も手伝ってほしい仕事があるんだよ。だから、すぐ大学に来てくれると嬉しいんだけど』
来るの、休むの? と言われて、とっさに陽菜は、「行きます」と答えていた。
『あー、良かった……。まさかやめちゃうのかと思って、心配してたんだよ』
「すみません……」
陽菜は頭を下げて謝った。
『ところで、なんで大学に来なかったの?』
陽菜は幼馴染みが死んだことを話した。
「幼馴染みと四人で甕の封を破ったことで、甕に封印された何かが解放されたんじゃないかって思えるんです」
『桐野君はそれが何か見当が付いてるの?』
そこは、正直にわからないと答える。
「ただ、良くないものであるのは確かです……」
『良くないもの、か……。だから、三人は福を与えられたが、引き換えに命を奪われたって言いたいんだね』
「そうなると、なんで自分には何も起こらなかったのかって思うんです」
陽菜は苦々しい思いを吐露した。
『とりあえず、教授が困ってるし、君に届いた封書もあるし、一度大学に来てくれないか。家で考えるより、大学に来て考えていることを整理してみたらどうかな』
大学には甕がある。調べ尽くしたつもりでいるけれど、まだ調べ漏らしていることがあるかも知れない。陽菜は白の言うとおりだと思った。
「わかりました。今から行きます」
電話を切り、身支度を調えると、元気にとは言えないが、陽菜は久しぶりに太陽の下に出た。日差しは暖かいが風は冷たい。コートの前ボタンを留める。改めて、すっかり冬になったのだと実感した。
大学の研究室のドアを開いて入ると、目の前の書類とゴミの山に唖然とした。整理整頓が苦手な教授が自分の机周りの書類を別のデスクに置いたのだろう。すでに白が自分の席について、資料を読みふけっている。
「こんにちは」
陽菜が声を掛けるとようやく顔を上げた。
「早速で悪いんだけど、そっちの机のゴミと書類、選り分けてくれるかな。もちろんゴミはシュレッダーに掛けて」
毎日これの繰り返しではあるが、選り分けてる途中、教授の論文や生徒の論文に目を通すことが出来るので嫌いな仕事ではなかった。
陽菜は鞄を適当な椅子に置き、目の前の書類とゴミを選別し始めた。
選り分けながら、白に話しかける。
「電話で話したことなんですけど……」
「何?」
資料に夢中になっていて、白が適当な相づちを打った。
「甕のことです。福を与え、引き換えに命を奪うって、呪いの一種ですよね? 前にも相談しましたけど、蠱毒か厭魅って話になったと思うんですけど……。本当にぐひん様は福をもたらす存在だったんでしょうか」
「そんなことも話したっけ? 確か、甕の中にニホンオオカミの頭蓋骨が入ってたって言ってたよね」
「はい。頭蓋骨とおそらくヒトの子供と思われる骨が入ってました」
子猿の骨と思っていたもの、甕の中に運よく残っていた欠片は、骨格を再現することに長けている大学院生に無理を言ってお願いした結果、ヒトの子供の骨で、おそらく発育不良だったと教えられた。
「もしも、祠に納められていたとしたら、もしくは封じられていたとするなら、甕の中身は先輩の言っていた、山の神、狗賓なのかも知れないって……。そうなると、善性と悪性の神の話もしっくりくると思うんです。例えば、キリスト教に見られる悪魔が、本来は善性の神だっていうのもありますし……」
「僕は概念としての神や化け物、妖怪を信じているけど、桐野くんは実在のものとして信じているんだね。百歩譲って、そういったものが実在するとして話をするよ。桐野くんはあの甕に封じられていたものを『神』だと思ってる。正体の分からないものをことごとく『神』にしてしまうのは安直すぎるんじゃないかな」
「安直……、ですか?」
「確かに『神』は人知を超えたものだ。ただし、代償を求める『神』は正確には『神』ではない。人が畏れて忌避するものだ。確かに崇め奉ることで『神』の域まで底上げされた存在もいるけど、君の言う神はどうやらそうじゃない。どちらかというと化け物もしくは妖怪じゃないか? 現に桐野一族のみが祀り、村民は災害の一種くらいに考えていて、祀る信仰の対象じゃない」
陽菜は白の推測に気圧されて黙った。
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