ぐひんの山 第八章 平良須山 ③
三時を過ぎる頃にはデスク周りの整頓も出来、白にお茶を、自分にはインスタントコーヒーを淹れた。
すっきりしたデスクの上で、陽菜宛に届いた封書を開けてみると、中身はA4サイズのコピー用紙が数枚入っていた。待ちに待った饗庭村の古地図だった。
平良須山が地図の中にぎりぎり収まっている。A3に拡大コピーして、早速、赤鉛筆を手に握り、セロハンテープで貼った全体図に記載がある桐野一族の家に○印を付けていく。
陽菜の実家を含めて、十二軒の家屋は弓状に平良須山を囲んでいた。今度は平良須山の祠があった場所、鉄塔の立った辺りに×印をつける。廃屋から平良須山を眺望したときに視野を遮るものもなく、祠のある空き地を望める位置に全ての家があった。裏手の蔵の前に立ったときに陽菜もあの鉄塔がよく見えたことを覚えている。
この蔵と祠を結ぶ線が、以前、白が説明した奥宮と本宮を結ぶバイパスと同じ働きをするのだ。甕と木箱のバイパスを祖父母が守ってきたものならば、鉄塔を建てて祠を廃棄し、甕の封印が解放されたことと『かんすさび』が廃れてしまったことは、神を迎えて祀る装置、もしくはバイパスが壊れたと言える。
甕の中身は野に放たれた。好奇心を抑えきれなかった陽菜と幼馴染み達の手によって。背筋がゾクゾクとして悪寒が走った。
「あの……、考えがまとまらなかったらすみません。甕と木箱は『神』を降ろすためのバイパスだった。甕にはぐひん様が封じられていた。桐野家は木箱にぐひん様を降ろし、かんすさびをすることで一族の繁栄を約束された。最後のかんすさびをわたしが担った。祖父がその後もかんすさびが出来るよう、ぬいぐるみをわたしの代わりに蔵に置いた。かんすさびの儀式はまだ続いていて、ぐひん様と繋がっている。だから、わたしは死んでないのかも」
「年齢制限があるのに?」
それを聞いて、陽菜は肩を落とした。
「そうですけど、ぬいぐるみに入れた木片に七歳って書いてました……」
「そうなんだ。でも桐野君の説は一理あると思うよ。ただ木箱の説明がない」
「木箱は……」
陽菜は考え込んだ。確かに甕にばかり気を取られて木箱の存在を忘れていた。
「木箱の中身はなんなのかわからないですけど、甕の中身と呼応するものかもしれない。多分、木箱は一つしかなくて、持ち回りで儀式をおこなう際に木箱を使った。木箱にぐひん様を降ろしたんじゃないか。で、七歳までの子供にかんすさびをさせて儀式をおこなった……」
廃屋を巡って正直に感じたことを 話した。
「なんで七歳までなのかな。子供であれば九歳でも十歳でもいいんじゃないかな?」
白が意地悪く問いかけた。
「七つ前までは神のうちということわざに因るものと思います。だから、おそらく七歳以下であれば、五歳、六歳でもいいんじゃないかって」
「かんすさびの条件は年齢だけ?」
「いいえ、祖父の言葉によると、『かんすさびを上手に出来る子供』『出来ない子供』がいたらしいです。かんすさびを上手に出来なかったら連れていかれるって……」
白が冷めたお茶を一気に飲み干した。
「どこに連れていくの?」
そこにまで考えが及んでおらず、陽菜は答えに窮した。
「平良須山には神隠しの言い伝えがあります。多分連れていかれるっていうのは神隠しに遭うってことなんじゃないかって……」
陽菜が自信なさげに答えた。
「『出来ない子供』と『出来る子供』の違いって考えたことある?」
「そういえば、ありません」
「桐野君はかんすさびをしたんだよね?」
「はい。七歳の時に」
「そのときのことを覚えてる?」
以前も思い出そうとしたが、記憶が霞のように霧散して全く思い出せなかったと話した。
「脳が防御反応を起こして記憶から消したのか、強いショックで記憶を封じたか……」
「かんすさびで何をしたか思い出せたらいいんですけど……」
「饗庭村の名前の由来を考えたことある?」
突然、甕と木箱とは全く関係ない話を振られて、陽菜は面食らう。
「いいえ、わからないです」
「饗庭の饗の字はごちそうを意味する。単純に考えたら、ごちそうの庭になるんじゃないかな。これって誰目線でそう名付けられたんだろうね」
「じゃあ、昔は平良須山だけじゃなくて里にまでぐひん様が降りてきてたってことですか?」
「封じる前は、ぐひん様が里まで下りてくるから、神隠しや人死にが多発してたんだと思うよ。だから封じたって考えるのが自然だよね」
「甕を持って帰ったのは間違ってたってことですね……」
「おそらく君の先祖が、ニホンオオカミの頭と子供の体にぐひん様を封じたんだろうけど、甕に封じられて抑え込まれていた分、より多くの生け贄を求め始めたのかも。また同じ装置を作る必要はあるんじゃないかな。装置だけじゃなくかんすさびも蘇えらなければいけないかも知れないね」
陽菜はため息をついて、落胆する。
「同じ装置っていっても、現代では無理なことだらけですよ」
白が顎に手をやり、思案するように触る。
「確かにニホンオオカミと子供の死体は揃えられないよなぁ」
「どっちにしろ、ぐひん様を鎮めて甕に戻さないといけないですね」
白が立ち上がり、急須を取ってお茶のおかわりをする。
「饗庭村と平良須山の狗賓は、元々禍々しい存在だったんだろうね。岡山県に伝わる魔の通る筋、なめら筋と結構似ている気がする」
「じゃあ、ぐひん様を降ろすバイパスは元々なめら筋と同様の禍々しい筋だってことですか?」
「それを福に転じさせたのが木箱、かも知れない。福に転じさせられるほどのもの、もしくはぐひん様を呼び寄せる供物が木箱に入っている可能性がある」
うろ覚えの木箱を思い出す。小さい頃の陽菜はそれに禍々しいものを感じなかった。
「木箱の中身も調べてみないといけないってことですか」
「それでさらに装置を壊してしまうのも怖いな。とにかく、ぐひん様はすでに里に下りて、次の生け贄を狙っている可能性がある。犠牲者を出さないようにしたいなら、今すぐにでもぐひん様を封じなければならない。そのためには木箱と甕の装置を稼働させないとね」
考え込んでいた陽菜が口を開いた。
「わたし、もう一度、饗庭村に戻ってみます! 十二年周期は無理でしたけど、かんすさびが出来るか、再現してみようと思います!」
白に知らずに励まされて、元気が出てきた陽菜は頬を上気させた。
たとえ、これらがほとんど憶測でしかないとしても、陽菜は死んでしまった幼馴染みのためにも答えを見つけねばならない。村に甕を持っていき、もう一度祠に祀り、できる限り同じ状況を作らなければいけなかった。
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