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ぐひんの山 第一章 タイムカプセル ②

 ふすまが優しくほとほとと叩かれる。

「陽菜、ごめんね。でも、遊びに来たいときはいつでもここに戻れるから」

 母親が話しかけてくるのを、陽菜は無視した。陽菜一人で饗庭村に来られるわけがない。饗庭村のバスは一日に四本しかなく、陸の孤島と化している。車がないと病院にすら行けないほどだ。

 饗庭村へ行くには都心部から数時間かかる。だから、母親が言う、いつでもというのは詭弁だと、幼心でも理解できた。

 それに本当は陽菜にもわかっている。村を出るのは陽菜だけではないのだ。

 昨日、校庭の隅で、一番年上の直也が同じ分校の生徒でもある三人に、「俺、四月から町の中学に行くことになったんだ」と告げた。

 真弓が声を上げて驚く。

「えぇ? じゃあ、直也、町を出るの?」

「うん。ここから町へ毎日通うの無理だから」

 聡が納得したように、「来年になったら僕も町の中学に行くし……」と呟いた。

「えー、聡くんも?」

 陽菜も目を丸くした。

「陽菜、饗庭村の分校、あたしと陽菜だけになったら廃校になるって知ってた?」

「えぇ? そんなの知らない。聞いてない」

 真弓が、「だよね。先生が喋ってるの、偶然聞いちゃったんだ」とうずくまった。

 陽菜にとって、それは青天の霹靂だった。不安になってみんなの顔を見渡す。

「みんな、バラバラになっちゃうの?」

「そうだよ。だからさ、俺考えたんだけど、タイムカプセル作らねぇ? で、十年後みんなで開けるの」

 直也が唐突に言い出した。

「タイムカプセル?」

 陽菜は首をかしげた。

「あ、それ知ってる、テレビで見た!」

 顔を上げて真弓が得意げに直也に言った。

「じゃあ、話が早いや。みんなで未来の自分に手紙を書いて、箱とかに入れて埋めるんだ」

「埋めちゃうの?」

 直也が陽菜に目をやる。

「どうする? みんな、やる?」

「僕は賛成」

「あたしもー」

 みんなが賛成するのを見て、陽菜もよく分からないまま、頷いた。

「じゃあ、手紙書こうぜ」

 直也の主旨がつかめない陽菜はもう一度聞いた。

「十年後の自分に手紙を書くってどういうの書いたらいいの?」

「そうだなぁ、夢が叶ったことにして、それを書いたらいいんじゃね?」

「今、ここで?」

 陽菜の素朴な疑問に直也が、「違う違う」と否定した後、

「明日、手紙持ってこようぜ。俺が箱用意するから」

 明日の下校時に手紙を持ち寄ることにして四人は別れた。

 直也と聡、真弓の家は村の東側にあるが、陽菜の家は村の西側に位置する平良須山の麓にある。陽菜はとぼとぼと田んぼのあぜ道を歩きながら、手紙に何を書こうかと考えた。家に帰っても考え続けて、ようやく未来の自分に向けた手紙を書き上げた。作文や感想文なんかよりずっと難しかった。封筒の口を糊で封をして、表に「陽菜へ」と書き添えた。

 未来の自分なんて想像できなかったけれど、ほかの子たちはなんて書いたんだろう。陽菜は封をしてしまった、薄いピンク色にキャラクターのイラストが印刷してある封筒を見つめる。

 翌日の放課後、教室で四人は机の上に手紙を出し合った。陽菜と真弓は女の子が好みそうなかわいらしい封筒だ。

「直也の封筒、おじいちゃんが使うヤツみたい」

 直也の茶封筒を指さして真弓がクスクスと笑った。

「うるせぇなぁ」

 口ではきつい物言いだが、顔は笑っている。

 陽菜も聡が後ろ手に隠しているものを見ようとした。

「聡くんも書いてきた?」

 うんと頷いて、聡が手紙を見せた。白い洋封筒で、透かしたバラが封筒の角を飾っている。

「聡の封筒、結婚式のみたい」

 真弓の言葉に聡が笑って封筒を見せびらかす。

「あたりー!」

「じゃあ、このカンカンに手紙入れよう!」

 直也がお菓子の四角い空き缶の蓋を開けた。四人は次々と封筒を入れていく。直也が空き缶の蓋を閉めて、蓋をガムテープで目張りし、ガムテープに下手くそな字で、「タイムカプセル」とマジックで書いた。

 真弓が無邪気にみんなに聞く。

「ねぇ、直也と聡はなんて書いたの?」

 間髪入れず聡が答える。

「芸能人って書いた」

「あたしは有名人。じゃあ、直也は?」

「俺は社長かなぁ」

 三人の視線が陽菜に向く。

「わたしは……、え、と……」

 口ごもる陽菜を見た聡が椅子から立ち上がる。

「どこに埋める? 陽菜ならどこにする?」

 陽菜は目を丸くして三人を見つめた。期待に満ちた目で見られて陽菜は焦る。

 校庭は廃校になったら使えない。田んぼもダメ。みんなの家の庭もダメそう。十年経っても変わらない場所はどこにあるんだろう。

 ふと、陽菜は祖母との思い出がある、平良須山の祠が頭に浮かんだ。あそこなら大丈夫だろう。平良須山は陽菜の父親、桐野健夫の所有物だ。それに電力会社の鉄塔も建っているから、そうそう壊されたりはしないと思った。

「平良須山の祠のとこは?」

 三人が目線を合わせてから、陽菜を見返した。

「でも、あそこ行っちゃいけないってじいちゃんが言ってたけど」

「祠なんてあったの?」

 聡と真弓に訊ねられた。

「一人で行っちゃダメなんだって。だけど、みんなと一緒なら大丈夫と思う」

 直也が、自分のランドセルからスコップを取り出してみんなに見せる。

「じゃあ、タイムカプセルを埋める場所は、平良須山に決まった。今から行こうぜ。ほら、スコップも持ってきたんだ」

 直也のひと声で全員学校を出て、家には帰らずそのまま平良須山に向かった。

 平良須山の麓にある、陽菜の家を越えて坂道を上っていく。林道をくねくねと上り詰めていくと、中腹辺りでようやく開(ひら)けた場所に出られた。

 大きな鉄塔が空き地の半分を占領している。それでも充分に空き地は広い。夏だというのに雑草もなく、黒っぽい湿り気のある地面が見えている。

 陽菜は誰よりも先に空き地に駆け込んだが、空き地を見渡して愕然とした。あるはずの祠がないのだ。以前、祠があった場所には、大きな鉄塔が立っていた。

 陽菜は唖然として空き地を見回す。

「祠がない……。本当にここにあったんだよ」

 陽菜がこの空き地を訪れるのは久しぶりだった。二年前に祖父が亡くなり、それから一年後に祖母が認知症になり、ますます遠い場所になってしまっていたのだから、やむを得ない。

 しかも、それだけではない。もうすぐ饗庭村から引っ越してしまうことを、陽菜はみんなに言えずにいた。引っ越してしまうことと思い出の祠が跡形もなくなってしまったことにショックを受けて半べそをかいた。

「泣くなよ……。鉄塔が立っちゃったんだから仕方ないよ」

 聡になだめられて、陽菜は懸命に目頭を擦ったけれど、涙が後から後からこぼれ落ちた。

「なぁ、あそこにしない?」

 走って直也が鉄塔の下に立った。四本ある脚のうち、空き地側の一本を手で叩いている。三人は慌てて鉄塔の下へ駆け寄った。

 聡に空き缶を持たせ、直也が手に持ったスコップで、空き缶が入るだけの穴を掘り始める。他の三人も、折れた枝を持って来て、土をほじくり返した。二十センチほど掘ったところで、聡が持っていた空き缶を穴に収めた。

「これでいいか?」

 他の三人に賛同を求めたあと、土を上からかけた。徐々に空き缶は土に埋もれて見えなくなり、こんもりとした山ができた。

「これ、いつ掘り返すの?」

 直也が不思議そうに訊ねる陽菜を見た。

「今から十年後、陽菜が十九歳になったら掘り返す。それにおまえ、引っ越すだろ? とーちゃんとかーちゃんが話してるの聞いたんだ」

 真弓が陽菜の手を握る。

「あたしも知ってた。何で黙ってたの?」

「だって……」

 それ以上は声が出なくて、涙が溢れて言葉が続かなかった。

「十年後、どうなってるんだろ? 夢が叶うといいなぁ」

 聡の言葉に真弓が賛同する。

「そうだよね。そしたら真っ先にみんなに知らせる。ね? 陽菜」

「うん……」

 涙ぐみながら陽菜は頷いた。

 空を見上げた聡が、「やば。日が暮れそう」と慌て始めたので、そうそうに山を下りることになった。

「この山なんか怖いよね」

 みんなで並び林道を下りながら、真弓が呟いた。

「鉄塔ができてから、特に……」と、直也が口を——。

「陽菜!」

 陽菜は真弓の声でハッと我に返った。

「お焼香始まったよ」

 慌てて立ち上がると、痺れた脚がよろめいて手を畳に突いた。

「大丈夫?」

「大丈夫、大丈夫」

 真弓の言葉に陽菜は答え、「すみません」と座っている人達をかき分けながら、聡の枕元に座り手を合わせて、もとの座っていた場所に戻った。

 あのとき、真弓は有名人に、聡は芸能人、直也は社長になりたいと手紙に書いた。夢はその通りになった。SNSでフォロワーが何十万人もいる真弓、聡は売れっ子タレント、直也はベンチャー起業の社長だ。三人は三者三様に成功した。しかし、陽菜は希望していた大学に入ってそれなりに大学生活を楽しんでいる以外何ら変化はない。

 あの手紙に自分は何と書いたかも思い出せない。多分、とても平凡なことを書いたのかもしれない。どんなことが書いてあったか知りたかったけれど、二年前あの平良須山の鉄塔の下に集まったとき、自分たちは結局空き缶を掘り出せなかった。

 代わりに掘り出したのは、年代の古そうな甕だった。

 もしも、掘り出したのがタイムカプセルだったら……、今とは別の人生が待っていたかも。それだけでなく、妹の弥生の運命も変わっていたかもしれない。二年前、饗庭村に行ってみたいという妹を連れてこなかったら……。

 葬式を終えると、聡の祖父が陽菜をにらみつけているのに気付いた。二年前の確執を聡の祖父はまだ覚えているのだろう。村民の視線に耐えかねて、聡の父親に促されるまま、高倉家を出た。

 相変わらず報道陣が高倉家を囲って、親族が出てくるのを待っていた。インタビューしようと差し出されるマイクやボイスレコーダーを振り切って、陽菜は高台にある自分の家へ早足で戻っていった。グループチャットの通知音が何度も鳴っているが無視をする。多分、幼馴染みからの連絡かもしれない。けれど、聡の祖父に恨まれているのであそこにいるといたたまれなくなる。それだけでなく、陽菜一家は饗庭村の村民に痛く嫌われているのだ。別に何かこちらから悪いことをした覚えはなかったが、鉄塔を建てたことで村民の心証を悪くしたのに違いない。

 陽菜は平良須山の鉄塔を眺める。カラスが群がり、逆光を浴びる鉄塔が黒々と、青い空を割くようにそびえている。父親が嫌われているのはこれのせいなのは理解できる。他の理由は概ね排他的な村民からの拒絶が原因だった。だから、陽菜は幼馴染みとも話せないまま、そそくさと高倉家から出て行かねばならなかったのだ。

 山間の村の日暮れは早い。昼の三時迄は太陽が村を照らし、まだ明るいが、四時過ぎる頃にはつるべを落とすかのように薄暗くなってしまう。陽菜は実家に戻ると急いで家中の掃き出し窓を閉めて鍵を掛け、駐車場に停めていた軽自動車に着替えをする間もなくさっさと乗り込み、饗庭村を後にした。

#創作大賞2025 #ホラー小説部門

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