類型化とステレオタイプ──常識はどのように形成されるのか
類型化は、日常生活世界を理解するための分析概念である。類型化は価値判断をいったん停止して用いられる。しかし生活世界において、類型化は必ず非中立に作用し、ステレオタイプと不可分になる。本記事では、類型化とステレオタイプの関係を、シュッツの親和性・規定性・明晰性を手がかりに考察する。
1.類型化とは何か
シュッツの現象学的社会学では、人間は日常生活をスムーズに送るために「類型化(typification)」を行う。
人間は他者を「未知の個人」としてではなく、「典型的な人物像」として理解する。
類型化は分析概念としては価値判断を停止した方法であり、社会的世界を把握するための認知の仕組みである。
2.ステレオタイプとは何か
「ステレオタイプ」という語は印刷の固定版(stereotype)に由来する。
ウォルター・リップマンは、人間の思考に刷り込まれた固定的なイメージを「ステレオタイプ」と呼んだ。
類型化が硬直化し、批判的に検討されず繰り返し適用されるとき、類型化はステレオタイプとなる。
日常生活世界においては、類型化とステレオタイプは切り離せず、常に同時に発生する。
3.親和性・規定性・類型化・明晰性による説明
親和性
母親は親和性の高い存在である。シュッツによれば、親和的に経験できる人間はそもそも限られている。母親が化粧をし、スカートを履き、料理や家事を担う。この経験から「女性とはこういうものだ」という規定性が形成される。
規定性
母親の行為は「女性」というイメージに具体的な特徴を与える。化粧、スカート、料理、家事といった特徴が「女性」の規定性を強める。
類型化
この規定性から「女性」という類型化が立ち上がる。眼前に化粧をし、スカートを履き、料理や家事をする別の人間が現れる。そのとき人は疑いなくその人を「女性」として理解する。これは類型化による理解の具体例である。
明晰性
この理解は複雑な個人を単純化し、「女性」という型で即座に把握できたように感じさせる。ここで類型化は、世界を理解するための必然的な手段として作用する。しかし同時に、個人を一つの型に押し込めてしまう。ここにステレオタイプの働きがある。
4.類型化・ステレオタイプ・権力
類型化は本来、分析概念として価値判断を停止して用いられる。しかし生活世界では、類型化は常に非中立に作用する。類型化はステレオタイプと結びつき、権力関係の中で「常識」として固定される。
障害学における「インペアメント(差異)」を例に考えてみよう。医学モデルの類型化では、インペアメントは「病理学的・生物学的な欠損」として規定される。一方、社会モデルの類型化では、インペアメントは「多様性」あるいは「個性」として規定される。どの類型化が「常識」として社会に通用するかは、インペアメントの定義権を誰が握るかによって決まる。ここで類型化はステレオタイプとして作用し、差別や排除の根拠となる。
5.まとめ
類型化は、分析概念として価値判断を停止して用いられる。
生活世界では、類型化は必ず非中立に作用し、ステレオタイプと不可分になる。
ステレオタイプは、類型化が硬直化し、権力によって「常識」として制度化されるときに生じる。
6.今後の課題
ここにさらに問いが残る。
ステレオタイプと「道具性(役に立つか否か)」は同じなのか。
それとも、道具性はステレオタイプの一形態なのか。
両者は異なる仕組みでありながら、実際の差別や排除の場面でどう結びつくのか。
類型化とステレオタイプを考えることは、「常識」の背後にある権力を問うことである。
この問いを開いておくことが、次の議論への出発点となるだろう。
◆参考文献はこちら
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