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姫路城はなぜ美しくて強い?|白鷺城に隠された「迷路のような防御」を知ろう|日本城コース⑫|AllA / オールアトリエ


こんしは!

AllA / オールアトリエ講師の、オール・ドメディア / Owl Dmediaです。

全22講義で、日本のお城の歴史や構造、名城の魅力を楽しく学ぶ**「日本城コース|種」**。

一緒に学ぶ生徒は、赤い と金 / Akai Tokinです。

前回の講義では、お城を中心に武士、商人、職人などが暮らした城下町について学びました。

ここまでの講義で、お城の歴史、天守、石垣、堀、門、櫓、城下町など、城を構成する基本的な仕組みが分かってきましたね。

今回から始まるのは、チャプター3。

「名城を巡ろう」

これまで学んだ知識を使いながら、日本を代表する名城を一つずつ見ていきます。

最初に取り上げるのは、兵庫県姫路市にある姫路城です。

白く美しい姿と、敵の侵入を防ぐ複雑な構造。

姫路城には、見た目の美しさと、戦うための強さが同時に詰まっています。

今回は、日本を代表する名城・姫路城の魅力を、一緒に探っていきましょう。


姫路城はどんなお城?

赤い と金

「先生、姫路城って、真っ白で大きなお城ですよね!」

オール・ドメディア

「そうだね。日本のお城を代表する存在の一つだよ」

赤い と金

「どうして姫路城は、そんなに高く評価されているんですか?」

オール・ドメディア

「美しいからだけではないんだ。昔の建物や防御の仕組みが、まとまった形でよく残っていることも大きな理由だよ」

姫路城には、大天守を中心として、小天守、櫓、門、土塀、石垣、堀など、お城を構成する多くの建造物や設備が残されています。

UNESCOは姫路城を、17世紀初頭の日本の城郭建築を代表する優れた例として評価しており、敷地には83棟の建造物が含まれています。(UNESCO World Heritage Centre)

つまり姫路城では、天守だけを見るのではなく、お城全体の仕組みを実際の建物から学べるのです。


姫路城が「白鷺城」と呼ばれる理由

姫路城は、**白鷺城(しらさぎじょう・はくろじょう)**という愛称でも親しまれています。

白く輝く城壁と、いくつもの屋根が重なる優美な姿が、白いサギが翼を広げたように見えることが、その理由として伝えられています。(city.himeji.lg.jp)

赤い と金

「たしかに、大きな白い鳥がお城になったみたいです!」

オール・ドメディア

「見る方向によって、屋根の重なり方や印象が変わるところも面白いよ」

青空の下では、白い城壁が明るく輝きます。

桜の季節、緑の多い夏、紅葉、雪景色など、周囲の自然によっても違う表情を見せます。

そのため、姫路城は建築物としてだけでなく、美しい景観を楽しめるお城としても人気があります。


なぜ姫路城は白いの?

姫路城の壁や屋根の継ぎ目には、白い**漆喰(しっくい)**が使われています。

漆喰を塗ることで、城全体に統一された白い外観が生まれます。

しかし、白くする目的は、見た目を美しくすることだけではありません。

木材を多く使うお城にとって、火は大きな危険です。

漆喰を建物の外側に塗ることには、木の部分を火から守りやすくする意味もありました。

赤い と金

「姫路城の白さは、おしゃれのためだけではないんですね!」

オール・ドメディア

「そう。機能を追求した結果が、美しさにもつながっているんだ」

姫路城の魅力は、実用性とデザインが分かれていないところにあります。

守るための工夫が、そのまま城の美しい個性になっているのです。


現在の天守はいつ完成したの?

姫路城の歴史は一つの時代だけでつくられたものではありません。

城主が変わるたびに、城の規模や構造も整えられていきました。

現在につながる大規模な城郭を築いた人物として重要なのが、池田輝政です。

関ヶ原の戦いのあとに姫路城主となった池田輝政は、城を大きく整備しました。

そして1609年、現在の姫路城を象徴する5重7階の連立式天守が完成したとされています。(city.himeji.lg.jp)

赤い と金

「400年以上前につくられた建物が、今も残っているんですか!」

オール・ドメディア

「修理や保存を重ねながら、大切に受け継がれてきたんだよ」

昔の建物を残すには、壊れた部分を直すだけでなく、材料や工法を調査し、元の姿を尊重しながら修理する必要があります。

姫路城の現在の姿は、建てた人々だけでなく、長い間守ってきた多くの人々の努力によって支えられているのです。


「5重7階」とはどういう意味?

姫路城の大天守は、5重7階です。

「5重」は、外から見える屋根の重なりを表します。

「7階」は、内部の階数を表します。

地上から見える5重の屋根に対し、内部は地階を含めて7階になっています。姫路城の公式資料でも、大天守は5層7階として紹介されています。(city.himeji.lg.jp)

赤い と金

「外から屋根を数えただけでは、中の階数は分からないんですね!」

オール・ドメディア

「そう。前に学んだ“重”と“階”の違いを、姫路城でも確認できるね」

外から見た姿と、内部の構造が完全には一致しない。

そこも、天守建築の面白いポイントです。


一つの天守だけではない

姫路城には、大きな天守が一棟だけ建っているわけではありません。

中心となる大天守

そして、東小天守、西小天守、乾小天守。

これらが渡櫓によってつながっています。

このように、大天守と複数の小天守を渡櫓で結んだ形式を、連立式天守といいます。(city.himeji.lg.jp)

赤い と金

「大天守のまわりに、小さな天守がチームみたいにつながっているんですね!」

オール・ドメディア

「そう。建物同士が協力して、一つの天守群をつくっているんだ」

複数の建物をつなげることで、移動や防御がしやすくなります。

外から見たときにも屋根が複雑に重なり、姫路城ならではの美しい姿が生まれます。

連立式天守は、守りの機能と建築の美しさを両立した構造なのです。


姫路城は、きれいなだけではない

赤い と金

「でも、こんなに白くてきれいなお城なら、戦うには向いていなさそうです」

オール・ドメディア

「ところが姫路城には、敵を簡単に天守へ近づけない工夫がたくさんあるんだ」

姫路城は、美しい外観の内側に、複雑な防御システムを持っています。

城内には多くの門や曲がり角があり、天守へ向かう道も単純な一直線ではありません。

敵は、門を一つ通るたびに進む方向を変え、狭い通路や坂道を進まなければなりません。

姫路城の建造物や配置は、日本独自の高度な防御構造をよく示すものとして評価されています。(city.himeji.lg.jp)

見た目は優雅でも、その中身は実戦を意識した強い城なのです。


天守が見えているのに、なかなか着かない

姫路城では、入口から天守が見える場所があります。

天守が見えているなら、まっすぐ進めそうですよね。

しかし、実際の道は何度も曲がり、門を通り、坂を登るようにつくられています。

赤い と金

「ゴールが見えているのに、近づけないなんて不思議です!」

オール・ドメディア

「それこそが、姫路城の防御なんだよ」

敵が城へ攻め込んだ場合、天守を見ながら進んでいるつもりでも、思った方向へ進めない可能性があります。

大勢で一気に進むことも難しくなります。

道に迷ったり、進む速度が落ちたりすれば、城を守る側は敵の動きを確認しやすくなります。

姫路城の道は、移動のためだけではなく、敵を迷わせるための仕掛けでもあったのです。


門には文字の名前がついている

姫路城には、数多くの門が設けられています。

その中には、

  • いの門

  • ろの門

  • はの門

  • にの門

  • ほの門

など、いろは順の名前がついた門があります。

水の一門、水の二門のような名前を持つ門もあり、現在も文化財として記録されているものがあります。(国指定文化財データベース)

赤い と金

「門の名前を順番にたどれば、迷わないんじゃないですか?」

オール・ドメディア

「現在は案内を見ながら歩けるけれど、攻め込む敵にとっては簡単ではなかっただろうね」

一つの門を突破しても、次の門が待っています。

門の前後で道が曲がり、石垣や塀に囲まれる場所もあります。

姫路城では、門を単独で見るのではなく、前後の道や石垣と一緒に観察することが大切です。


小さな穴にも意味がある

姫路城の塀を見ると、丸、三角、四角などの小さな穴を見つけられます。

これらは、**狭間(さま)**と呼ばれる防御用の穴です。

狭間から外の様子を確認したり、弓や鉄砲を使ったりできました。

形や大きさは、使用する武器や建物の場所によって異なります。

赤い と金

「かわいい模様みたいですが、防御の設備なんですね!」

オール・ドメディア

「そう。姫路城では、美しく見える部分にも実用的な意味が隠れているんだ」

敵から見ると小さな穴ですが、城を守る側は壁の内側に身を隠しながら外を確認できます。

姫路城を歩くときは、天守だけでなく、塀に並ぶ小さな形にも注目してみましょう。


石落としとは?

天守や櫓などには、石垣の下へ近づいた敵に対応するための設備があります。

その一つが、石落としです。

建物の一部を外側へ張り出させ、その下を確認できるようにした構造です。

名前から、石を落とすためだけの穴を想像するかもしれません。

しかし、下の様子を確認したり、近づく敵に対応したりするための設備として考えることが大切です。

赤い と金

「石垣を登れたとしても、上の建物から見られているんですね……」

オール・ドメディア

「敵は、堀、門、道、石垣、建物と、何重もの防御を越えなければならなかったんだ」

姫路城の強さは、一つの巨大な仕掛けではありません。

小さな設備をいくつも重ねることで生まれているのです。


「扇の勾配」と呼ばれる石垣

姫路城の石垣には、下の方は緩やかで、上へ行くほど急になる、美しく反り上がった形のものがあります。

扇を開いたときの曲線に似ていることから、扇の勾配と表現されます。

赤い と金

「石垣まで、美しい形をしているんですね!」

オール・ドメディア

「でも、美しく見せることだけが目的ではないよ」

上へ行くほど角度が急になるため、敵は登りにくくなります。

また、石垣を安定させ、高く積み上げるための工夫にもつながります。

姫路城では、石垣もまた、強さと美しさを同時に持つ見どころなのです。


大きな柱が天守を支えている

姫路城の大天守内部では、建物を支える大きな柱を見ることができます。

巨大な木造建築を長く保つためには、屋根や床の重さを、建物全体で支えなければなりません。

外からは白く優雅に見える大天守ですが、内部には太い柱や梁が組み合わされた、力強い木造構造があります。

赤い と金

「外はきれいで、中は巨大な木の骨組みになっているんですね!」

オール・ドメディア

「そう。外観だけではなく、内部の構造も姫路城の大きな魅力だよ」

実際に内部を見学すると、急な階段や低い天井、太い柱などから、現代の建物とは違う感覚を体験できます。

姫路城は、木を組み合わせて巨大な建物をつくった、当時の建築技術を伝える存在でもあります。


天守は暮らしやすい場所だった?

赤い と金

「こんなに大きな天守なら、城主も毎日ここで暮らしていたんですよね?」

オール・ドメディア

「天守は、お城の象徴や防御施設としての役割が強い建物なんだ。日常の政治や生活は、御殿など別の建物で行われることが多かったよ」

姫路城の大天守内部には、現在の住宅のような広い居間や便利な生活設備が並んでいるわけではありません。

階段は急で、上の階へ物を運ぶのも大変です。

天守は、毎日の快適な生活を優先した建物ではなく、戦いへの備えや城の象徴としてつくられた建物です。

姫路城でも、天守だけでなく、かつて存在した御殿や城内の各区域を含めて、お城全体の暮らしを考える必要があります。


「お菊井戸」の伝説

姫路城には、建築や防御だけでなく、さまざまな伝説も残されています。

その一つとして知られているのが、お菊井戸です。

皿を数える怪談として有名な「播州皿屋敷」と結びつけて語られる井戸です。

赤い と金

「一枚、二枚……って数えるお話ですか?」

オール・ドメディア

「そう。伝説や物語も、お城が長く人々に語り継がれてきた証拠だね」

ただし、伝説と歴史的事実は、同じものではありません。

お城を学ぶときは、

  • 建物や記録から分かる歴史

  • 人々によって語り継がれた伝説

を分けながら楽しむことが大切です。

伝説をきっかけに、その土地の文化や歴史へ興味を広げることもできます。


姫路城と世界文化遺産

姫路城は、1993年にユネスコの世界文化遺産へ登録されました。

同じ年に登録された法隆寺地域の仏教建造物とともに、日本で最初期の世界文化遺産となりました。(city.himeji.lg.jp)

赤い と金

「世界遺産って、ただ有名な観光地という意味ではないんですよね?」

オール・ドメディア

「そう。世界の人々にとって大切な価値を持ち、未来へ守っていく必要がある場所なんだ」

姫路城が評価された理由には、17世紀初頭の日本の城郭建築が優れた状態で残り、防御の仕組みと美しい木造建築を伝えていることがあります。(UNESCO World Heritage Centre)

世界遺産になるということは、姫路市や日本だけの宝ではなく、世界全体で価値を認められた文化遺産であるということです。


なぜ古い建物が残ったの?

日本の多くのお城では、火災、地震、戦争、明治時代の取り壊しなどによって、建物が失われました。

姫路城も、長い歴史の中でさまざまな危機を経験しています。

それでも、天守や多くの門、櫓、土塀などが残され、修理と保存を重ねながら現在まで受け継がれてきました。

姫路城公式サイトも、幾多の危機を乗り越えて、往時の姿をよく残していることを大きな価値として挙げています。(city.himeji.lg.jp)

赤い と金

「建てられたこともすごいですが、残っていることも奇跡なんですね」

オール・ドメディア

「まさにそうだね。文化財は、残そうとする人がいなければ未来へ続かないんだ」

現在の姫路城を見ることができるのは、修理、調査、防災、管理などに関わってきた多くの人々のおかげです。


修理しながら本物を守る

古い木造建築は、何もしなくても永久に残るわけではありません。

雨や風。

強い日差し。

木材の傷み。

屋根や漆喰の劣化。

さまざまな問題に対応する必要があります。

そのため姫路城では、長い歴史の中で大規模な修理も行われてきました。

昭和時代には、天守を解体しながら構造を確認して修理する昭和の大修理が実施されました。姫路城公式の歴史資料では、1956年から8か年計画で解体修理が進められたことが記録されています。(city.himeji.lg.jp)

赤い と金

「古いものだから、触らずに置いておけばいいわけではないんですね」

オール・ドメディア

「そう。何を残し、どこを直すのか、慎重に考えながら守る必要があるんだ」

文化財を保存するとは、新品のようにつくり直すことではありません。

歴史的な材料や技術、建物が歩んできた時間を尊重しながら、未来へつなげることなのです。


姫路城を見るときの六つのポイント

姫路城を訪れたり、写真や映像を見たりするときは、次の六つに注目してみましょう。

1.白い城壁と屋根の重なり

なぜ白鷺城と呼ばれるのか、城全体の姿を見て考えます。

2.大天守と小天守のつながり

複数の天守が渡櫓で結ばれた、連立式天守の形を確認します。

3.天守までの道

道が何回曲がり、いくつの門を通るのかを観察します。

4.塀にある狭間

丸、三角、四角などの穴を探し、何に使われたのか考えます。

5.石垣の角度

下から上へ、傾きがどのように変化しているかを見てみましょう。

6.昔から残るものと修理された部分

どのような努力によって、現在の姿が守られているのかにも注目します。

赤い と金

「姫路城って、天守だけ見て帰るのはもったいないですね!」

オール・ドメディア

「その通り。入口から天守までの道すべてが、姫路城の教材なんだ」


美しさと強さは反対ではない

美しい建物と、戦うための建物。

この二つは、別のものに思えるかもしれません。

しかし、姫路城では、防御や耐火のための工夫が、美しい外観にもつながっています。

白い漆喰。

重なり合う屋根。

反り上がる石垣。

複雑につながる天守群。

どれも見た目のためだけにつくられたわけではありません。

赤い と金

「守るための形が、結果として美しさにもなっているんですね!」

オール・ドメディア

「そこが、姫路城の一番すごいところかもしれないね」

姫路城は、機能かデザインか、どちらか一方を選んだ建物ではありません。

守るための機能と、人を圧倒する美しさを一つにした名城なのです。


今日のまとめ

今回の講義では、次のことを学びました。

  • 姫路城は、兵庫県姫路市にある日本を代表する名城

  • 白い城壁と優美な姿から、白鷺城の愛称で親しまれている

  • 現在の大規模な城郭は、池田輝政によって整備された

  • 1609年に、5重7階の連立式天守が完成した

  • 大天守と三つの小天守が、渡櫓でつながっている

  • 天守へ向かう道や門は複雑で、敵を迷わせる構造になっている

  • 狭間、石落とし、石垣など、何重もの防御設備がある

  • 白い漆喰には、美しさだけでなく建物を火から守る役割もある

  • 1993年にユネスコの世界文化遺産へ登録された

  • 修理や保存を重ねながら、400年以上にわたって受け継がれてきた

姫路城は、ただ白くて美しいお城ではありません。

見る人を魅了する美しさと、敵を簡単に近づけない強さを両立した、日本の城郭建築を代表する名城なのです。


1分ワーク

姫路城の写真を一枚見て、次の三つを探してみましょう。

  1. 大天守と小天守は、どのようにつながっている?

  2. 白い漆喰は、どの部分に使われている?

  3. 敵が攻めるとしたら、どこで動きを止められそう?

最後に、姫路城の魅力を一言で表してください。

例:

「美しい姿の中に、何重もの守りを隠した城」


ミニクイズ

問題

姫路城は、美しい外観を重視してつくられたため、防御のための工夫はほとんどない。

正しいでしょうか?


答え

正しくありません。

姫路城には、複雑な通路、数多くの門、狭間、石落とし、石垣など、敵の進行を止めるための工夫が数多くあります。

姫路城は、美しさだけでなく、実戦を考えた強い防御構造を持つお城なのです。


次回予告

次回の講義13は、**「大阪城」**です。

豊臣秀吉が築いた、天下統一を象徴する巨大なお城。

しかし、現在見られる大阪城は、豊臣秀吉の時代の姿がそのまま残っているのでしょうか。

豊臣時代の大阪城。

徳川時代の大阪城。

そして、現代によみがえった天守。

次回は、何度も姿を変えてきた大阪城の歴史と、巨大な石垣に隠された技術を一緒に学んでいきましょう!


それでは、次の講義でお会いしましょう。

講師は、オール・ドメディア / Owl Dmedia

生徒は、赤い と金 / Akai Tokinでした!

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