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「何かを決めるだけで、ぐったりする」


何かを決めるだけで、ぐったりする。

そういうこと、ありませんか。



ランチを何にするか、返信をどう書くか、どの道を通って帰るか。
他の人にとっては何でもないような小さいことでも、頭をフル回転させてしまう。
決めるたびに消耗して、気づいたら一日が終わっている。

「こんな些細なことで疲れるなんて」と、
また自分を責めてしまうかもしれません。
でも、それは怠けているわけじゃないです。



間違えたくなくて、ずっと考え続けてしまう


決めることが疲れる理由の一つに、
「間違えたくない」という気持ちがあります。

どちらを選んでも後悔しないように、全部の可能性を考えておきたい。
「こっちにしてよかった」と思えるように、最善の答えを出したい。
だから、決めるまでにものすごくエネルギーを使う。

「これで合ってる?」という問いが、頭の中をぐるぐると回り続けます。
決めた後も、「本当にこれでよかったのかな」と振り返ってしまう。
決める前も後も、ずっと考え続けてしまう。

わたしにも、そういう時期がありました。
些細な選択一つに、必要以上の時間とエネルギーをかけてしまって、気づいたら本当にくたくたになっていた。
「なんでこんなことに疲れるんだろう」と、また自分を責めていました。



判断力が落ちているのは、心が疲れているサイン

決めることがいつも以上につらいとき、それは判断力が落ちているサインかもしれません。

そして判断力が落ちているとき、たいていその裏には、心や体の疲れがあります。

人間の脳は、疲れているときほど決断を嫌います。
選択肢を前にしたとき、疲れた脳は「どれでもいい」か「決められない」のどちらかに向かいやすくなる。
それは、脳がエネルギーを温存しようとしているからです。

だから、些細なことでぐったりするのは、あなたが弱いからじゃないです。
それだけ心が疲れているということ。
そのサインを、「また怠けた」と責めるんじゃなくて、
「疲れているんだな」と受け取ってあげてほしいです。



「取り返せない決断」は、思っているよりずっと少ない

決めることが怖いとき、「間違えたら取り返しがつかない」という感覚があることが多いです。

でも少し考えてみると、本当に取り返しのつかない決断って、日常の中にどれだけあるでしょうか。

ランチのメニューは、次の食事で変えられます。
返信の文章は、後から補足できます。

どちらの道を通るかは、次の日に変えられます。

「失敗したら終わり」という感覚で決めていても、
実際には多くの場合、やり直せます。

修正できます。別の選択ができます。

完璧な答えを出そうとして消耗するより、
「とりあえずこっち」で動いて、違ったら直す。
その方が、トータルでずっと楽になることがあります。

取り返せない決断は、思っているよりずっと少ないです。



全部完璧に決めなくていい

決断の質を上げようとするより、決断の数を減らすことを考えてみてほしいです。


今日決めなくていいことは、今日決めない。
「どっちでもいい」と思えることは、どっちでもいいで進める。
誰かに委ねられることは、委ねてみる。

「どっちでもいい」は、無責任な答えじゃないです。
それだけ心の余裕がなくて、今日は委ねることにした、という立派な判断です。
全部自分で完璧に決めなくていいんです。

今日は決めることをひとつ減らして、その分だけ自分を休ませてあげてください。



ぐったりするのは、丁寧に生きてきた証拠

決めることに疲れやすい人は、それだけ丁寧に考えてきた人だと思います。

いい加減に生きている人は、決断で消耗しません。
「なんでもいい」と言えてしまう。
でも、ちゃんと考えたい、間違えたくない、後悔したくないと思うから、エネルギーを使う。

ぐったりするのは、それだけ真剣に、丁寧に、生きてきた証拠です。

その丁寧さは、あなたのいいところです。
ただ、今日は少し、その丁寧さを自分へのケアに使ってあげてください。
完璧な答えを出すことより、今日の自分を休ませることを、優先してみてください。



「どっちでもいい」も、立派な答えです。

今日の決断は、それだけでいいです。

今日も読んでくれてありがとうございます。



このnoteは、Instagram「あかり|心に寄り添う言葉」と連動した記事です。インスタではひと言ひと言を短くまとめて発信しています。よければそちらも覗いてみてください。



あかり

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