マインドセットの転換 ~「働く自由人」から「働くゴリラ🦍」へ
1・軽井沢移住とフリーランス生活 ~自由を求めて
|軽井沢移住とフリーランス生活
東京在住の「漫画家」として30年。
途中で漫画をやめてアルバイト生活になり、山登りにはまったり、海外で「外こもり」になったり、紆余曲折ありつつも、長い間、個人事業主でやってきました。
そと‐こもり【外籠もり】 の解説:
《国内での引きこもりに対して、海外で引きこもること》特に目的もなく、海外に長期滞在すること。多く、日本でアルバイトなどをして得た金を物価の安い国で少しずつ使って過ごす。金が尽きたら帰国して働いて貯め、出国するのを繰り返す。
軽井沢移住のきっかけは、こちらをご覧ください。
|自由を満喫した日々
長く住んだ東京を離れて、地方移住を決めたのは、認知症の母の介護を経験してから。
もともと気ままでいたい性格で、重責を負うのは人一倍つらかったのだと思います。
介護体験が強力なブースターとなり、次のステージにジャンプしたのです。
介護をしていたときの夢は、具体的なものなどなにもなく、ただ「自由になること」。
その夢をかなえたのが、軽井沢での生活でした。
|「働く自由人」マインドセットについて
小さい頃から「漫画家になる」と決めてそのとおりになったので、実は私、「働く」ということがよくわかっていませんでした。
道に迷って筆を折った時期に、どんなアルバイトをしてもうまくいかなかったんですよ。誰でもできそうな仕事ほどできない。「普通のこと」ができない!
漫画家から離脱して外の世界を見た経験は、私にとって非常に有意義でした。
それまで「才能で生きる」ことでしか存在価値がないと思っていたのが、「真面目に働くこと」「信用を得ること」「誠実であること」も大事なんだってわかったから。
現在の私は、広告専門の漫画家として、法人を取引先とするBtoBの仕事をしています。
雑誌などで連載している漫画家は「アーティスト」で、出版社の編集者とやりとりをしています。
「アーティスト」ではなく「ビジネスパーソン寄りのアーティスト」になったのは、漫画の世界から一度離れて一般的なお仕事をしていた時期があったから。
誠実に、当たり前のことを積み重ねていくことの大切さを学んだから。
そして、ビジネスパーソン相手に平易な言葉でわかりやすく話す「技術」を持つことができていました。
漫画家というアーティスト性を持ちながら。
それが「働く自由人」という生き方になっていました。
2・転機:ハスラーが欲しい!
|ハスラーへの憧れと目標設定
何度か書きましたが、私は、車社会の地方において、堂々と電動アシスト自転車生活をしています。
普通免許すら持っていません。(昔、原付免許を取りましたが、スクーターに乗ることもなくなり、失効しました)
車というものに興味がなかったからです。都会に住んでいたらより早く移動できるのは電車と飛行機ですし・・・。
とにかく私は早く移動したいタイプ。
ところが軽井沢はどこもかしこも魅力的な町で、バスや電車が1時間に1本くらいしかなくて、自転車や徒歩だと獣に出くわす危険もあり、行きたいところに行けなすぎてイライラしてきたのです。
自由に移動したい。
そういう思いが募って、身近な人たちに「私、車の免許取る」と宣言し、オフロードと街乗りを兼ねたスズキのハスラーが欲しいと言いまわっていました。
友人たちは私の突然の決意を喜び、会うたびに「いつ免許を取りに行くの?」「ハスラーは買った?」と、楽しそうに聞いてくれました。
|目標と現実のギャップ、副業探しの難航
しかしながら50代になって教習所に通い、リセールなしでイチから車を購入し(中古車でもいまは100万円超えます)、その後も維持するとなると、十分な資金力が必要となります。
フリーランスはその名のとおり、自由と引き換えに、収入が不安定です。
広告業界は、景気にも左右されます。
収入源を増やすしか、と考え、副業を探しました。
しかし、何故かことごとく断られるのです・・・!
|打ち砕かれた夢
いや、「何故か」じゃない。
思い出せ、私。漫画をやめてアルバイト生活をしていた日々を。
まぁまぁポンコツだったじゃないかっ!
しかも50代なら扱いづらいだろう。漫画のキャリアが深すぎて、漫画やイラスト関係のアルバイトはオーバーキャリアになるから・・・と、一般的な仕事を探すも、そこでも需要がない。(漫画以外のキャリアがないからだろう!)
もう、私は獣に襲われながら軽井沢を徒歩で歩くしかないのかと、ひどく落ち込みました。

3・マインドセットの変化:「背負っている私」から「働く自由人」、「働くゴリラ」へ
|「背負っている私」:過去の自分を振り返る
東京を離れる前、4年半、認知症の母の介護をしていたとき、私のマインドは(いまから思えばですが)「背負っている私」でした。
長くなるからここでは話しませんが、一人娘で、昔から家系のカルマのようなものを背負っている感じがありました。
両親の生き方が、そう思わせたのかもしれません。まるで、家のカルマを浄化するために生まれてきたかのように感じていました。
「背負っている私」は、「背負わされている」というニュアンス。
主体性がなかったのです。
|「働く自由人」:自由意志の確立
介護生活が終わり、東京を離れ、長野県に移住し、両親が亡くなったとき、私は背負っていたものを一挙に下ろし、「自由」になりました。
これからは望む人生を、自由にクリエイトしていいんだ!
そう思って、軽井沢でしばらく自由を謳歌していました。
そして、せっかく得た「自由」を手放したくないと思っていました・・・。
|「働くゴリラ」:主体性と責任感の芽生え
それは――――――まるで、私の心を打ち砕くかのような出来事でした。
怒りと悲しみが交互に押し寄せ、自分を責める気持ちが消えませんでした。
なぜ、こんなことが起こったのか。
仕事でのトラブルです。
具体的には、信用に関わる問題が発生しました。
原因を突き詰めていくうちに、私は一つの結論にたどり着きました。それは、「私が主導権を握っていなかった」ということです。
過去を振り返ると、介護をしていたときのマインドは「背負っている私」でした。
それはまるで、誰かに操られているかのように、自分の意志とは関係なく、ただ目の前のことをこなしているだけの状態でした。
それでも、責務をやり遂げたことが、強い自信にもなっていました。
そして、軽井沢への移住の際にせっかく得た「自由」を手放したくない、という思いが次のステージへの足かせになっていました。
しかし、今回の出来事は、私に「主体性」と「責任感」の重要性を教えてくれました。
これからは、自分の人生を自分で切り拓いていこう。
自由意志で、責務をやり遂げた自信を胸に、そう決意した時、私は「働くゴリラ」へと生まれ変わったのです。
4・働くゴリラとは:法人化への新たな挑戦
「働くゴリラ」とは、目標達成への強い意志を持ち、困難を乗り越える力を持つ人物像です。

「働くゴリラ」は、目標に向かって力強く突き進むイメージから名付けたもので、軽井沢でサルに襲われる人間になるなら、もう人間をやめてゴリラになってやるという意味ではありません。
イメージの元は人物ではなく競走馬。
あのディープインパクト産駒の最高傑作と言われ、牡馬にタックルかましてふっとばしてた三冠牝馬、ジェンティルドンナのあだ名からきています。
(ウマ娘では、鉄球を丸めて小さくする怪力婦人)
|マインドセットを変えたら起こったこと
現在、私は、痛みを糧に、事業を法人化するという新たな目標に向かっています。
意図をまとめようとAIと相談しながら事業計画を練っていたら、法人化セミナーの案内メールが目に留まりました。
私はクラウド会計ソフトのfreeeがリリースした頃からのユーザーなのですが、そこが主催で行っているオンラインセミナーでした。
以前からそのセミナー案内は来ていたと思うのですが、マインドセットが変わるとフォーカスするものが変わります。
ちょうどよかった、と参加して、はじめて「個人事業主とマイクロ法人の二刀流」のやり方があることを知りました。
|自由と安定のトレードオフ
それまで法人化=個人事業主を法人成りすること だと思っていました。
前々から法人をつくるプランはあったものの、強い動機がなかったのと、漫画家と経営の両立は「プレイイングマネージャー」となり、精神的にも体力的にも難しいと思っていました。
法人をつくるのは漫画が描けなくなったときかな・・・と漠然と考えていました。
あるいは、漫画家としての能力に収益を頼るか。
そんなプレッシャーを感じるなら、一生フリーでいたい・・・と思っていました。
ですがその自由さの代償は不安定。
収入だけでなく、立場の不安定さがあります。
いまの私のようなフリーランスのクリエイターが安心して働ける仕組みを作りたいと考えたのです。
私が私を信じて。
「個人事業主とマイクロ法人の二刀流」は、社会保険料の節税を目的に作る方が多いのですが、私はそれよりも、安心して働ける仕組みに投資したいと思ったのです。持てる全てのリソースを。
この先は、リアルタイムで法人設立についての記事も書いていきますが、近いうちにクリエイターページのタイトルを「軽井沢で働く漫画家の何でもない話」に変更する予定です…!

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