ショートショート 「チョコまみれ」 #風まかせ文芸部 #チョコ
リビングの照明は少しだけ暗く、テレビの青白い光がソファの縁をぼんやり照らしていた。
冬の夜特有の乾いた空気が、部屋の隅で静かに沈んでいる。
「チョコって甘い…これって嘘だよね」
君は板チョコを頬張りながら、食べかけの断面をじっと見つめて呟いた。
その声はテレビの音に溶けて、少し遅れて僕の耳に届く。
「ん?あぁ、甘いのは砂糖だからな…。けど嘘ではないな。“チョコレートは甘いもの”ってイメージは、君の思い込み…もしくは刷り込まれた情報かな?」
僕は画面から目を離さず、適当に返す。
「情報操作!?」
君はわざとらしく目を見開き、肩をすくめて笑った。
「ハハハ、大袈裟。でもあながち間違ってもいないかもね」
「間違ってないってどういうこと?」
「チョコも情報も、意図的に作られる“創作品”だからね。作った人の意識が込められる。これを操作と呼べば、そうも取れるなってこと」
君は納得していない顔を、これでもかというほど露骨に見せる。
その表情が可笑しくて、僕は少しだけ口元を緩めた。
「日本のバレンタインデーは“女性から男性へチョコを贈る日”。これって菓子業界が作りだした情報操作…とも言えるし、単なる売上アップのキャンペーンとも言える。でも経緯はどうあれ、今や2月14日は国民的イベントだ。結果的にチョコは日本中に浸透した。“チョコまみれ”になったわけだ」
君は「ふーん」と言いながら、また一欠片を口に運ぶ。
「そしてチョコ自体は元々甘くなかった。学名“テオブロマ・カカオ”は“神の食べ物”を意味して、古代では飲み物だった。それが砂糖や蜂蜜を加えられて甘い飲み物になった。チョコは“砂糖まみれ”になった。固形のチョコが生まれたのは19世紀になってから」
テレビの光が、君の手元の銀紙に反射して揺れる。
「なんで甘くなったのか?その方が美味しくて売れたから。薬や滋養強壮として飲まれていたけど、甘い嗜好品の方がウケが良かった。さらに飲み物より固形のお菓子の方がウケた。今で言えば、より“バズる”方向へシフトしたわけだね。チョコの変遷は、意図的でもあり自然発生的でもある」
「私、あなたに情報操作されてる気がしてきたわ」
「ハハハ、まぁ、俺は“ウンチクまみれ”だからね」
「一文字削ったらヤバいね」
君はニヤニヤしながら、わざと意味深に言う。
その瞬間、テレビの音よりも君の笑い声の方が部屋を支配した。
世の中は◯◯にまみれ、◯◯に染まっている。
なぜそうなったのか?
それは、あまりにも当たり前のように存在するから、誰も疑問に思わないだけだ。
僕も板チョコをひとかけ貰い、そっと噛じる。
ぱきん、と乾いた音が小さく響き、カカオの粒子がふわりと舌の上でほどけた。甘さよりも先に、鼻腔の奥へすっと抜ける香りが広がる。
その瞬間、僕もまたチョコにまみれる。
ほんのチョコっとね。
完
(本文1154字)
あとがき
iさんの企画『風まかせ文芸部』に参加させて頂きました。
