掌編 「未送信BOX」 #風まかせ文芸部 #未送信
朝の光は薄く、街はまだ眠たげだった。
駅前のロータリーを歩きながら、僕はポケットを探り、胸の奥がひやりと冷えた。
…携帯電話が無い。
どこかに落としたのだろうか。
さっき歩いた道を逆走し、ベンチの下を覗き込み、交番にも立ち寄った。
必死に探したが、どこにも見当たらない。
諦めた瞬間、訪れたのは手持ち無沙汰な静寂…
ではなく、“無音の騒音”だった。
携帯電話が無いことで物理的な静寂は確かに訪れた…なのに心は騒がしい。
焦りというワームが、じわじわと皮膚の下を這い回る。
思考の流れまで止まってしまう感覚。誰かの声が聞こえないと、自分の存在まで薄くなる。
“自分の居場所が一時的に消滅した”
そして、未送信となった僕の思いは永遠に心のBOXにしまい込まれたまま。“繋がっていない”という事実が、自分の輪郭を曖昧にしていく。
世界の窓が閉じられ、暗闇の中で自分だけが取り残されている。
”繋がりたい、繋がりたい、繋がりたい”
そう思った…
その矢先…
街で偶然会った友達から知らされる。
「お前、個人情報晒されてるぞ…」
その一言で、世界が一瞬止まった。
僕の携帯電話を拾った誰かが、未送信BOXのメッセージや個人情報をSNSに投稿しているらしい。
恥ずかしさ、怒り、そして恐怖。
三つの感情が同時に胸を締め付けた。
未送信BOXの「送れなかった理由」を誰にも説明できないまま、僕の弱さだけが勝手に独り歩きを始める。
個人情報という名の風は、散らばり、拾われ、覗かれ、解釈され、“僕の知らない僕”が世界に増殖していく。
このやるせない思いは、未送信のまま…
僕は、震える指で心のBOXを閉じる。
「未送信は未送信のままに…」
僕はそっと一人呟いた。
完
(本文707字)
あとがき
iさんの企画『風まかせ文芸部』お題「未送信」に参加させて頂きました。
