熊本県・水上村|化け猫伝説の地を巡る🐈⬛
こんにちは、akaです!
1/17-19で熊本の球磨地方、宮崎県えびの市周辺に行ってきました。
今回訪れた熊本県球磨郡水上村に伝わるお嶽参りと化け猫伝説について、伝承の舞台の写真と共にご紹介します!
お嶽さん参り
水上村にある九州の屋根とも呼ばれる市房山(標高1,721m)は、球磨人吉地域では古来より信仰の山として「お嶽さん」の名で親しまれてきました。

九州百名山、日本二百名山のひとつ
そのお嶽さんの中腹に市房山神宮があり、旧暦の3月15日の夕方から16日にかけて、球磨人吉地域の人たちが一斉にこの市房山神宮にお参りに来る「お嶽さん参り」という地域の一大イベントが昭和30年代まで約300年間続いていたそうです。

そんなお嶽さん参りのきっかけは、1582年に「化け猫騒動」が起き、猫の怨念を鎮めるために、当時球磨地方を治めていた相良藩主が藩民に、その騒動と関連のある場所「猫寺(生善院)」や「市房山神宮」をお参りするように命じたことが、お嶽さん参りの始まりとされています。
化け猫騒動
1582年、相良藩への謀反を企てているという虚偽の訴えにより、湯山佐渡守宗昌とその弟で普門寺の盛誉法印が殺されることになった。その話を聞いた宗昌は宮崎県の日向へ逃げたが、寺に残った法印は殺され、寺も焼かれてしまう。
無実でありながらわが子を殺された法印の母、玖月善女は愛猫玉垂を連れて市房山にある市房神社に参籠し、自分の指を1本1本噛み切ってその血を神像に塗りつけ、猫の玉垂にもなめさせて、末代までも怨霊になって相良藩にたたるように言いふくめ、茂間が崎というところに身を投げて死んでしまう。

川の淵の横に建てられた水神社
地元ではごしんさんと呼ばれる。

大平川を神社の中から望む
すると間もなく相良藩では、毎夜、猫の玉垂が若き藩主相良忠房を苦しめ、14歳の若さで亡くなり、また盛誉法印を討った黒木千衛門は狂い死にし、次々に奇怪なことが起こり始めた。

正善院は地元では猫寺と呼ばれる。
藩では霊をしずめるために普門寺跡に千光山生善院と名づけて寺を建立。現在の本堂も観音堂も、その時に建てられたものが現存。
法印の命日である3月16日に、藩民に市房神社と生善院に参詣するように命じ、藩主自身もそうしたので、怨霊のたたりはしずまったと伝えられています。

茅葺の造りが素晴らしい
国指定重要文化財になっている。

人吉といえば、夏目友人帳!
ニャンコ先生の置物があるのでは?と
思ったが、なかった。
夏目友人帳のニャンコ先生のモデルは玉垂という説があるそうだが、ニャンコ先生の置物はなかったので、違うのだろう。
水上村の方は皆んなこの逸話を小さい頃に聴いて育ったそう。指から出た血を猫に舐めさせるって小さい頃聞いたら怖すぎて、私だったら市房山に絶対行けません!笑
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