1-29-第7部:歪みが作った歪み【中世群像ファンタジー小説:黎明の器たち】

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序章:笑い合う未来を託された者は| 精霊術ファンタジー/黎明の器たち


 四月二十九日の夕方、ガンタプ城南棟三階の迎賓室では、タリッペヌアとポヒュトロンが南側の窓辺に立っていた。外城門の内側から南庭へ延びる城内道を、十一本の領旗が騎士団、伴徒、荷車を連ねて進んでいる。城内道の両側に続く植え込みと樹木は七年の旱魃で枯れ、枝の間を通して、騎獣と人の列が遠くまで見えた。

 ポヒュトロンは外城門を通り終えようとする旗を眺めた。
「十一領、全て参ったようでございますな。公爵様が懸念されていた途中離脱も、これで避けられたかと。」

 タリッペヌアは外衣の前を合わせた。先頭に近い位置ではマヨナリルレンと近隣領主たちが進み、その後ろへ各領の騎士団、伴徒、荷車が続いている。列の後方から三番手にエルリルマーグが騎乗し、その後ろに年配の領主と細面の領主の旗が並んでいた。
「顔を見るまでは分からぬ。盟約へ署名しても、カズルダンへ帰れば考えを変える者は出る。」

「仰るとおりでございます。エルリルマーグ公爵は、最後まで王都との争いを避けようとしておられました。御本人の顔を確かめるまでは、安心できませぬな。」

「十一領の旗がここへ入れば、北方三十六領は揃う。後は全てを一つの軍勢として動かせるかだ。」

「公爵様がおまとめになれば、北方の領主方も従いましょう。」

 タリッペヌアはポヒュトロンへ顔を向けず、外城門から南庭へ入る領旗を追った。
「そうなればよいがな。」

 同じ頃、大広間では、執事長が三階まで続く吹き抜けの下に立ち、執事と下僚たちへ腕を振っていた。内城玄関から奥へ向け、三十六領の領主と各領騎士団長の席が並べられ、下僚たちが椅子の間隔を揃えていく。

「奥の席をもう少し広めてください。騎士団長方の席との間は、人が二人通れる幅を空けます。入口側の通路へ椅子を出さぬように。」

 執事たちは長椅子の脚を持ち、石床を擦らぬよう運ぶ。下僚は書類を持って各席まで歩き、すれ違う騎士団長をかわして通路を急ぐ。

 二階の大食堂では厨房から怒号が飛び、給仕たちが並べた杯、匙、皿を給仕長が一席ずつ見て回っている。北棟と西棟の二つの戸口には別の給仕が立ち、通路幅を確認している。

「杯は卓の内側へ寄せてください。湯を運ぶ者と料理を運ぶ者が、同じ通路へ入らぬようにします。領主方が着席した後、騎士団長方の卓から先に運んでください。」

 給仕たちは空の器を載せた盆を持って二列に分かれ、大食堂の入口から卓の間を通った。給仕長は最後尾まで進むと、北棟側の戸口へ戻り、大広間の準備を終えた執事長と共に、一階へ下りた。

 西庭の内城近辺では、タリッペヌア領ガンタプの騎士団の団室前に指揮所が設けられていた。家宰マッタバインと城内の重臣たちが立ち、外城門、門前広場、北庭、西庭、南庭から戻る伝令と案内役を順に受けている。内城壁際の空堀に沿う城内道では、荷車同士が間を空けて行き違い、各領の騎士団と伴徒が指定された宿営区画へ進んでいた。

 外城門側から駆けてきた案内役が、指揮所の前で足を緩めた。
「先頭をマヨナリルレン殿と近隣領主方が進んでおります。エルリルマーグ公爵は後方から三番手、その後ろに二領の旗が続いております。」

 別の案内役が宿営区画の紙を片手に、北庭、西庭、南庭へ続く城内道を順に示した。
「領主方は西棟へお通しします。騎士団と伴徒は定められた宿営区画へ入れてください。荷車と騎獣も、それぞれの区画へ回します。」

 マッタバインは案内役たちへ向いた。
「エルリルマーグ公爵は、北庭へ。マヨナリルレン殿と、その後ろに続く二領は西庭の中央宿営区画へ入れてください。残る七領は手前の南庭です。騎獣と荷車が通れるよう道を確認してください。」

 案内役たちは北庭、西庭、南庭へ分かれた。マッタバインは外城門から届いた報告を要職者へ回し、次に北小門から入る領の案内役を呼んだ。指揮所の裏門側では、物資貯蔵の倉へ荷を運ぶ下僚が城内道を横切り、西庭南側のガンタプ騎士団宿営区画から伴徒が空の荷車を押して戻ってきた。

 先頭側の領主と騎士団が門前広場へ入った。南庭の入口に到達すると、マヨナリルレンは騎乗のまま進む。

 列から出た騎士が領旗の並びと近づく案内役を見た。
「我々十一領の区画は、どちらですか。」

 案内役は三つの城内道を順に示した。
「エルリルマーグ公爵の一領は、北庭の西庭側です。マヨナリルレン殿と後方の二領は西庭中央側へ。残る七領は南庭へ御案内します。」

「十一領を三つに分けるのですか。」

「旦那様が各領の家格と人数、城内の配置を御覧になり、定められました。」

「お待ちください。」
 騎士はマヨナリルレンの元まで駆け、聞かされた言葉を告げる。

 マヨナリルレンは周囲の騎士に指示を出し、案内役の元へ寄る。
「十一領で参陣することは、事前にお伝えしていたはずです。」

「私は旦那様の御指示に従い、定められた場所へ御案内しております。割り当てを変えることはできません。」

 マヨナリルレンは北庭、西庭、南庭へ続く道を順に捉えた。
「領主の部屋も分けられるのですか。」

「領主方は西棟です。騎士団と伴徒を家格に応じた区画へ入れます。」

「領主方を西棟へ集め、その騎士団を三つへ離すのですか。」

「城内の使いが連絡を担います。」

 マヨナリルレンは口を閉じ、南庭の城内道を進んでくるカズルダンの旗へ体を向けた。
「十一領の案内は、しばらくお待ちください。エルリルマーグ公爵へお伝えします。」

「区画へ入る者が城内道で待てば、ほかの領の案内にも影響します。」

「列を定められた待機位置へ寄せます。ほかの案内は妨げません。」

 案内役は指揮所へ戻る伝令を呼び、十一領の案内を保留したことを伝えた。マヨナリルレンの従者たちは南庭と西庭へ走り、先頭側の騎士団と荷車を城内道沿いの待機位置へ寄せた。

 指揮所では、マッタバインが十一領の案内を止めたとの報告を受け、宿営区画の案内役を呼び戻していた。伝令が各庭へ走り出したところへ、内城から下りてきた執事長と給仕長が団室前へ進んだ。

 執事長はマッタバインの前で腰を折った。
「大広間は準備が完了し、全領主と騎士団長をいつでも迎えられます。」

 給仕長も続けて頭を下げた。
「大食堂は人数分の杯、匙、皿を並べ終えております。予定が変わるようであれば、時刻を御指示ください。」

 北庭側から別の伝令が駆け込み、十一領の先頭が宿営区画へ入らず待機していると告げた。マッタバインは伝令へ顔を向けたまま、片手を執事長と給仕長へ向けた。
「報告は分かった。だが、今はそれどころではない。十一領の宿営を決めるまで、領主方を大広間へ呼ぶな。大広間と大食堂の準備は、予定した人数のまま続けてくれ。」

「承知しました。」「分かりました。」

 二人が内城へ戻ると、マッタバインは十一領の案内を止めた伝令へ向き直った。
「迎賓室へ上がり、タリッペヌア公爵へお伝えしろ。十一領が宿営区画への案内を拒み、エルリルマーグ公爵の到着を待っているとな。」

 エルリルマーグの旗が門前広場へ入ると、エルリルマーグは騎獣を降りた。従者が差し入れた腕には触れず、鞍へ手を添えて足を地面へ移した。長い外衣の裾には街道の土が付き、目の下には濃い影が残っている。

 指揮所から来た副執事がエルリルマーグとマヨナリルレンを内城へ案内する。従者が続く。内城玄関の正面では、執事と下僚が走る。長椅子を動かす音が石床へ広がる。二階へ通じる階段を物を運ぶ者がすれ違う。

 二人は二階を経て南棟の階段を上がり、迎賓室へ通された。南、西、東の窓から夕方の城内が広がり、南庭を進む後続の領旗と、西庭へ分かれる荷車が見えている。

 タリッペヌアは両手を腰の後ろへ回し、エルリルマーグの前へ進んだ。
「エルリルマーグ公爵。十一領を率いて、よくぞ参られた。カズルダンからの道中、ご苦労であった。」

 エルリルマーグは腰を折った。
「久しぶりのガンタプは遠かった。道中で大きな遅れもなく、盟約に従い十一領で参りました。まずは騎士と伴徒を休ませていただきたい。」

「うむ。宿営場所と飼い葉は用意させている。明朝の出陣に備え、今夜は十分に休ませよ。」

 タリッペヌアの頬が緩むと、ポヒュトロンがエルリルマーグへ歩み寄った。
「四日前に顔を合わせた時より、顔色が優れぬようでございますな。」

「そう見えるなら、長旅のせいでしょうな。」

「カズルダンからここまでなら、お疲れもあるであろう。西棟に十一領分の部屋を用意しておる。足りぬ物があれば、家宰へ申し付けてくれ。」

「お気遣い、ありがたく受けます。」
 エルリルマーグは視線をポヒュトロンの笑みからタリッペヌアへ戻す。

 マヨナリルレンが二人の間へ進み、タリッペヌアとエルリルマーグへ腰を折った。
「到着早々、申し訳ございません。十一領へ割り当てられた区画について、御相談がございます。」

 タリッペヌアの顔がマヨナリルレンへ向いた。
「何だ。」

「北庭の西庭側へエルリルマーグ公爵の一領、西庭中央側へ私ども三領、南庭へ残る七領を分けると伺いました。十一領を隣接した区画へ収めていただきたいのです。」

「各領の家格と人数を見て、私が決めた配置だ。」

 エルリルマーグは南側の窓から、城内道沿いの待機位置に並ぶ十一本の領旗を捉えた。
「我々が十一領で参ることは、先に伝えていたはずだ。」

「承知している。領主方の部屋は西棟へ揃えた。騎士団と伴徒は、家格に応じた三つの区画へ入れる。」

「それでは、十一領の連絡が分かれる。」

「ガンタプの者が使いを担う。必要な連絡は届く。」

 エルリルマーグはタリッペヌアとの間を一歩詰めた。
「我々は十一領でここまで来た。家格を理由に三つへ分かれるつもりはない。」

 タリッペヌアの眉が寄った。
「我が城で、誰をどこへ置くかは私が決める。」

 エルリルマーグは南庭の城内道沿いに待つ十一本の領旗へ腕を向けた。
「その判断が変わらないのであれば、我々は門前広場へ戻る。十一領を一団として入れられぬのであれば、荷を解く前に城を出る。」

 ポヒュトロンの唇が開いた。
「マヨナリルレン殿。到着されたばかりで、そのような――」

 マヨナリルレンはタリッペヌアの前へ一歩出る。
「エルリルマーグ公爵は、十一領を一団として扱うよう求められました。その御意思を曲げてまで、ここへ留まることはできません。」

 タリッペヌアはエルリルマーグの顔を見据えたまま、顎を動かさなかった。

 エルリルマーグはマヨナリルレンの隣へ立った。
「今の言葉が、我々十一領の意思だ。」

 マヨナリルレンは、タリッペヌアの背後に控えていた側近へ顔を向けた。
「今お聞きのとおりでございます。タリッペヌア公爵、御即答いただけぬようでしたら――」

 タリッペヌアはエルリルマーグから目を離さず、片手を側近へ振った。
「良いように計らえ。」

 指揮所から同行した副執事が一歩進んだ。
「北庭の西庭側へは、エルリルマーグ公爵の一領を含めて四領を収められます。ただし、まだ到着していない二領の上級領主へ空けていた区画も使うことになります。西庭の北庭側には、すでに三領主の騎士団と伴徒が入っております。三領を別の宿営区画へ移せば、残る七領まで隣接して収められます。」

「移動する人手はこちらから出します。」
 マヨナリルレンは傍らに控える従者へ顔を向けた。
「西庭中央側へ案内される三領へ伝えてください。荷を解かず、城内道の待機位置で指示を待つように。南庭へ案内される七領にも、その場で待つよう伝えてください。」

「すぐに回ります。」
 従者は迎賓室を出て、二階を経て門前広場へ向かった。

 エルリルマーグはタリッペヌアへ頭を下げた。
「御配慮、感謝する。」

 タリッペヌアは返さず、迎賓室の奥へ体を向けた。ポヒュトロンがその後ろへ続き、指揮所から来た重臣は変更命令を伝えるため部屋を出た。

 西庭の指揮所では、マッタバインが迎賓室から届いた変更を受け、北庭、西庭、南庭を受け持つ案内役を呼び戻した。

 マッタバインは、団室から出てきたガンタプ騎士団長ノブルバリアを指揮所の前へ呼んだ。
「西庭の北庭側に入っている三領を、南庭に空いた宿営区画へ移してくれ。騎士団と伴徒、騎獣、荷車を全てだ。」

 ノブルバリアは西庭の北庭側へ顔を向けた。
「三領とも、家格に応じて今の区画を与えられております。荷を解き始めた後です。素直には動かぬでしょう。」

「公爵の決定だ。十一領を隣接させるには、そこを空ける必要がある。ガンタプ騎士団から人を連れて進めてくれ。」

「移動させます。」
 ノブルバリアは団室前にいた騎士たちを連れ、西庭の北庭側へ進んだ。

 三つの宿営区画では、伴徒たちが騎獣を繋ぎ、荷車から寝具と飼い葉を下ろしている。ノブルバリアが先頭の領旗の前で足を止める。

 領主が騎士団長を伴って近づいた。
「何の用だ。こちらはまだ荷を解いている最中だぞ。」

「宿営区画が変更されました。皆様の三領には、南庭へ移っていただきます。」

 領主の頬が引きつった。
「我々はお前たちの指示に従って、この区画を与えられた。なぜ到着した後になって、南庭へ移らねばならぬ。もう、皆荷を解いているではないか。」

 その声を聞き、隣の区画から来た領主も、荷を運ぶ伴徒たちの前へ立った。
「後から来た者のために、先に入った我々が荷をまとめるのか。受け入れられぬ。」

「タリッペヌア公爵の決定です。この度の出征における副盟主の決定に従ってください。」
 ノブルバリアは三領主の前から動かなかった。

「従わぬとは言っておらん。」
「今になって約束を違えることに意見を言っている。」

「エルリルマーグ公爵ら十一領が、一団で置かれなければ城を出ると求めたためです。」
 ノブルバリアは眉を上げ、掌を開いて見せる。
「タリッペヌア公爵は、十一領を帰すより、三十六領を揃えることを選ばれました。」

「そのような勝手を認めるのか。」
「なぜこちらが譲らねばならぬ。」
「家格が高ければ、わがままが許されるのか。」

「どの領をどこへ配置するかは、皆様ではございません。南庭には三領分の宿営区画が空いております。騎獣と荷車をまとめ、移っていただきます。」

「命じられれば、我々が黙って従うと思っているのか。」
 三人目の領主がノブルバリアへ歩み寄った。
「上級領主の都合で区画を奪い、我らを追い出すつもりか。」

「私も納得しておりませんが、それが国政でございます。」
 ノブルバリアの背後で、ガンタプ騎士団の騎士たちが一列に並んだ。ノブルバリアは領主との間を一歩詰めた。
「御不満は私ではなく、タリッペヌア公爵とエルリルマーグ公爵へお向けください。ここで移動を止めるのであれば、我が騎士団が荷を運び、騎獣の綱を外します。皆様の伴徒に扱わせるか、我々に触れさせるかをお決めください。」

 三領主はノブルバリアの背後へ並ぶ騎士たちを見た。最初の領主が外衣の裾を払って自領の騎士団長へ向いた。
「……荷をまとめさせろ。だが、この扱いは忘れぬ。」

「我が領も移る。伴徒を急がせよ。」

 三人目の領主はノブルバリアから目を離さず、騎獣を繋ぐ者たちへ腕を振った。
「全て南庭へ運べ。置き忘れるな。」

 ノブルバリアは城内道を空けるよう騎士たちへ指を動かした。三領の伴徒が寝具と飼い葉を荷車へ戻し、騎士たちは領旗を抜いて南庭へ向かった。

 まだ到着していない二領の予定区画も改められ、案内役が宿営区画の紙へ新たな行き先を書き加えた。マヨナリルレンの従者たちが各領を回り、タリッペヌアの指示を受けた副執事も配置換えへ加わる。やがて十一本の領旗は、北庭と西庭の境を跨いで並んだ。新たなわだかまりを生みながら、離されかけた十一領が、ガンタプの庭で再び一つの列を成した。

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