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「太る原因は、油か? 砂糖か?」の生物学

はじめに

 長年にわたり、栄養学の主流は「脂肪の取りすぎ」を肥満の主犯として扱ってきました。しかし近年では、真の犯人は「糖分」、とくに「果糖(フルクトース)」の取りすぎという認識が広がっています。砂糖は、果糖とブドウ糖(グルコース)が結合したもので、体内で果糖とブドウ糖に分離します。果糖は、果物や蜂蜜に含まれる天然の糖分です。清涼飲料水や加工食品には、値段が高い砂糖ではなく、安価に入手できる「高果糖液糖(果糖ブドウ糖液糖)」が使用されています。この果糖が、人体に毒性を示すという考えが「果糖悪玉論」の核心です。「脂肪より、砂糖のほうが太るなんて、おかしい!」と思う方も多いでしょう。なぜそのようになったのでしょうか。

第1章 「脂肪原因説」のどこが間違いなのか

 「肥満の原因は、摂取カロリーが消費カロリーより多いことにある」という、いわゆるエネルギー収支バランスの考え方は、長らくダイエットの常識とされてきました。これは反面の真実ではありますが、残りの反面は、この単純な算数が、肥満問題を深刻にしたのです。
1.1 「9キロカロリー」の罠とホルモンの無視
 数学的に見れば、脂肪は1gあたり9kcalあり、1gあたり4kcalの糖質やタンパク質の2倍以上のエネルギーを持っています。そのため、「同じ食べすぎなら、糖質やタンパク質より脂肪のほうが影響が大きい」「効率よく痩せるには、最も高カロリーな脂肪を減らすのが当然だ」という脂質制限の考え方が生まれました。
 しかし、この理論が決定的に見落としていたのは「ホルモンの反応」です。糖質を摂取するとインスリンが大量に分泌されます。インスリンは血液中の糖を細胞に取り込ませるだけでなく、脂肪分解を完全に止めてしまい、脂肪の蓄積を促進するホルモンです。一方、脂質を摂取してもインスリンはほとんど分泌されません。
 糖質を摂取し続けて、インスリンが高い状態が続くと、細胞がインスリンに反応しなくなる「インスリン抵抗性」が生じます。こうなると、体はエネルギーをうまく燃焼できず、食べたものをどんどん脂肪として溜め込む「太りやすい体質」に固定されてしまいます。
 つまり、肥満の決定要因は「どれだけカロリーを食べたか」だけではなく、「ホルモンがどう反応したか」にもあるのです。
2.2 「低脂肪」が招いた砂糖の氾濫
 脂質制限が推奨された結果、皮肉なことに食品業界には「低脂肪」の商品が溢れました。しかし、食品から脂肪を抜くと、スカスカで美味しくなくなってしまいます。そこでメーカーが味を補うために大量に添加したのが、糖質、とくに「砂糖」や「高果糖液糖」だったのです。消費者は「ヘルシーな低脂肪食品」を食べているつもりで、実際にはインスリンを暴走させる糖質を大量に摂取することになりました。これこそが、1980年代以降に世界中で肥満が爆発的に増えた「低脂肪のパラドックス」の正体です 。
 なぜ、これほどまでに脂質が悪者にされ続けたのでしょうか? 砂糖研究財団が、世論操作していたことを示す内部文書が2016年に発見され、栄養学関係の研究者は衝撃を受けました。半世紀前の1965年、砂糖業界はハーバード大学の研究者たちに5万ドルの報酬を支払い、砂糖の害を過小評価し、代わりに脂肪やコレステロールを心臓病の主犯とする論文を書かせたのです。この研究は世界で最も権威ある医学誌の一つに掲載されましたが、業界からの資金提供があった事実は隠されていました。この「歪められた科学」が、マクガバン・レポートなどの米国の食事指針の基礎となり、世界中の人々を、「脂肪を控え、糖質を摂る」という誤った方向に導いた、一つの要因と言われています。

第2章 果糖がなぜ悪玉なのか?

2.1 ラスティグ博士と「砂糖:苦い真実」の衝撃
 果糖悪玉論を論争の最前線に押し上げたのは、カリフォルニア大学のロバート・ラスティグ博士です。彼が2009年に行った講義「砂糖:苦い真実」は、YouTubeを通じて世界に広がり、それまでの「カロリーの過剰だけを問題にする」という栄養学の黄金律に疑問を呈しました。
 ラスティグ博士は、果糖がブドウ糖とは全く異なる経路で代謝されることを指摘し、果糖を「酔わないアルコール」と定義しました。ブドウ糖は体内のあらゆる細胞でエネルギーとして利用され、インスリンによって血中濃度が厳密に管理されます。他方、果糖の血中濃度を管理する仕組みはなく、そのほぼすべてが肝臓で直接処理されるため、過剰摂取が肝臓に深刻な負担をかけるのです。ブドウ糖の場合、摂取された量の80%は全身の組織で消費され、肝臓に到達するのは20%程度です。しかし、果糖はほぼ100%が肝臓に流れ込みます。
 また、細胞内のエネルギー(ATP)が満たされると、肝臓でのブドウ糖の代謝が抑制されますが、果糖はエネルギー状態に関わらず、肝臓に無制限に取り込まれ、分解され続けます。この過剰な流入が、三つの深刻な問題を引き起こします。
 処理しきれなくなった果糖は、肝臓内で直接「中性脂肪」へと作り替えられます。脂肪が蓄積することで、お酒を飲まない人でも肝硬変のような状態になる「非アルコール性脂肪性肝疾患」になります。果糖を処理する過程で、細胞内のATPが急激に消費され、その副産物として尿酸が生成されます。これが高血圧を誘発し、痛風のリスクを高めるだけでなく、血管内皮の機能を損なわせます。肝臓に脂肪が蓄積することで、肝臓のインスリン感受性が低下します。すると膵臓はさらに多くのインスリンを分泌せざるを得なくなり、全身のインスリン抵抗性と高インスリン血症を招き、最終的に2型糖尿病へと繋がります。
 以下の表は、ブドウ糖、果糖、およびアルコールの代謝特性を比較したものです。果糖がなぜ「アルコールから精神作用を除いたもの」と言われるのか、お分かりになるでしょう。

ブドウ糖、果糖、アルコール、どれが有害か?

2.2 脳の報酬系と砂糖依存症
 砂糖の有害性は代謝面だけではありません。実は、強力な「依存性」があるのです。甘いものを摂取すると、快感をもたらす神経伝達物質「ドーパミン」が放出されます。本来、この報酬系は、高エネルギー食材を見つけた際にそれを摂取するよう促すための生存戦略でした。しかし、現代では高濃度の砂糖が簡単に入手できます。そして砂糖は、この報酬系をコカインやヘロインと同様の強さで刺激します。慢性的な刺激に慣れてしまうと、以前と同じ快感を得るためにより多くの砂糖を欲するようになります。これが「砂糖依存症」の実態です。
 さらに、砂糖は満腹ホルモンである「レプチン」の働きを妨害し、空腹を知らせる「グレリン」が働いたままにします。つまり、砂糖を摂取しても脳は「お腹がいっぱいだ」という信号を受け取れず、「もっと食べたい」という欲求だけが残るという、生物学的な罠が仕掛けられているのです。
2.3 ユドキンとキーズの論争
 砂糖悪玉論の歴史を振り返ると、そこには科学的探究と政治、そして巨大産業が絡み合ったドラマが存在します。1972年、イギリスの栄養学者ジョン・ユドキンは著書『純粋で、白く、致命的』の中で、砂糖こそが心臓病や肥満の真犯人であると主張しました。
 しかし、当時アメリカの栄養学界で絶大な権力を誇っていたアンセル・キーズは、脂質こそが悪であるとする「脂質仮説」を提唱していました。キーズは自説を補強するために、脂肪摂取量と心疾患率が相関する特定の国のデータだけを抽出する「チェリー・ピッキング」を行ったと後に批判されていますが、当時は彼の意見が主流派となりました。
 キーズは世論をつかむ術が巧みで、ユドキンの研究を「粗悪な科学」と公に嘲笑し、ユドキンの科学者としてのキャリアを事実上破壊しました。食品業界も脂質仮説を歓迎しました。脂肪を減らした加工食品の味を補うために、安価な砂糖や高果糖液糖を添加することが可能になったからです。この歴史的転換が、その後の数十年にわたる世界的な肥満と糖尿病の蔓延を決定づけたと考えられています。
 これは「砂糖の話」ですが、砂糖は体内でブドウ糖と果糖に分解されるので、「果糖の話」でもあるのです。

第3章 脂肪代謝のメカニズム

3.1 脂肪の消化と吸収
 脂肪は単なる「余ったエネルギーの塊」ではなく、ホルモンによって厳密に管理されている動的な組織です。私たちが食べた油(中性脂肪)は、そのままでは大きすぎて吸収できません。まず小腸で、膵臓から出る「リパーゼ」という酵素の働きにより、脂肪酸とグリセリンという小さな形に分解されます。その後、小腸の壁から吸収された脂肪は、再び中性脂肪へと組み立て直され、血液に乗って全身へと運ばれます。最終的には、エネルギーとして使われるか、あるいは脂肪細胞の中に貯蔵されます。
3.2 インスリンという「強力なブレーキ」
 脂肪が燃焼するためには、脂肪細胞に蓄えられた中性脂肪が再び「遊離脂肪酸」に分解されて、血液中に放出される必要があります。この分解スイッチを握っているのが、「ホルモン感受性リパーゼ」という分解酵素です。ここで重要なのが、インスリンの存在で、インスリンが分泌されている間、この分解酵素の働きは強力に抑制されます。つまり、「インスリンが出ている間は、脂肪は絶対に燃えない」というルールがあるのです。糖質を頻繁に摂取して常にインスリンが高い状態にあると、どれだけカロリーを控えても、体は脂肪を燃焼させることができません。
3.3 溢れ出す脂肪の恐怖
 脂肪細胞は本来、余ったエネルギーを安全に保管する「倉庫」の役割を果たします。しかし、これにも限界があります。肥満やインスリン抵抗性になると、脂肪組織では脂肪分解が亢進して、血液中に溢れ出します。溢れ出した脂肪は、本来脂肪がつくべきではない肝臓や筋肉に溜まってしまいます。これが「脂肪肝」や「脂肪筋」の正体であり、これらが細胞を攻撃することで「インスリン抵抗性」がさらに悪化するという、最悪のループに陥ります。つまり脂肪肝は「脂肪組織から脂肪があふれ出す病態」なのです。

第4章 アトキンス・ダイエットの炭水化物制限

 ユドキンの警告が忘れ去られていた時代、臨床の現場から糖質制限の有効性を再発見し、一世を風靡したのがアメリカの心臓病専門医、ロバート・アトキンス博士でした。
4.1 1972年のアトキンス革命
 アトキンス博士は、1972年に出版した『アトキンス博士のダイエット革命』で、当時の「低脂肪・高炭水化物」という定説に真っ向から反論しました。彼は、肥満の根本的な原因は摂取カロリーの過剰ではなく、炭水化物の摂取に伴う「インスリンの過剰分泌」にあると考えました。
 インスリンは「肥満ホルモン」とも呼ばれ、血液中の糖分を脂肪細胞に取り込ませるだけでなく、蓄えられた脂肪の分解を強力に抑制する働きがあります。アトキンスは、炭水化物の摂取を極限まで減らすことで、このインスリンの「縛り」を解き、体が脂肪を主燃料として燃焼させる代謝状態である「ケトーシス」へ導くことを提唱しました。
4.2 マクガバン・レポートの激しい批判
 アトキンス・ダイエットが登場した当初、医学界からの反応は極めて冷ややかなものでした。特に「ステーキや卵、バターを好きなだけ食べて良い」というアドバイスは、キーズの脂質仮説が信奉されていた時代には正気の沙汰とは思われませんでした。
 1977年、米国上院の特別委員会が発表した合衆国の栄養目標である「マクガバン・レポート」は、低脂質・高炭水化物の食事を国家の公式目標として掲げました。このレポートは、炭水化物の摂取量を総カロリーの48%からさらに増やすよう推奨し、アトキンスの理論とは真逆の方向へ舵を切りました。それが皮肉にもその後の肥満爆発の引き金となったのです。
4.3 劇的な復活と科学的検証
 アトキンス・ダイエットは、2000年代に入ると「ローカーボ(低炭水化物)」ブームとして再び脚光を浴びます。この時期、以前とは異なり、権威ある医学誌において、アトキンス・ダイエットが低脂肪ダイエットよりも減量効果が高く、心血管リスク指標であるHDLコレステロールや中性脂肪値も改善させることが証明されました。
 このような研究により、2003年にはアメリカのパスタや米の売り上げが5〜8%も落ち込むほどの社会的影響を与えましたが、同年、アトキンス博士が氷の上での転倒事故により急逝したことで、ブームは一時沈静化しました。しかし、彼の遺した「炭水化物制限」の概念は、現在の「ケトン体健康法」や「糖質制限」の基礎として確固たる地位を築いています。
 余談ですが、私は1970年代後半から80年代前半までテキサス大学ダラス医学研究所で働いていたのですが、その間、米国心臓協会年次総会などで、アトキンス博士と反対者の激しい論争を聞いたことを、懐かしく思い出します。
4.4 アトキンス・ダイエットの四つの段階
 アトキンス・ダイエットは、単なる食事制限ではなく、代謝を再構築するための段階的なプログラムです。特に第1段階の「導入期」は、2週間にわたって厳格な制限を行うことで、体内の糖の貯蔵庫であるグリコーゲンを使い切り、脂肪をエネルギー源とするシステムのスイッチを強制的に入れます。

アトキンスダイエットの4段階

第5章 ケトン体健康法

 ケトン体健康法は、アトキンス・ダイエットを進化させたもので、ダイエットのみならず、脳機能の改善や疾患治療としても注目されています。
5.1 てんかん治療としての100年の歴史
 ケトン体健康法のルーツは、1920年代に開発された「小児難治性てんかん」の食事療法にあります。古くから「絶食」がてんかんの発作を抑えることは経験的に知られていました。これは、絶食時に体内で生成される「ケトン体」が脳の異常な興奮を鎮めるためです。しかし、子供を絶食させ続けることは不可能です。そこで、食事をしながら絶食時と同じ代謝状態を作り出すために、総摂取エネルギーの約90%を脂質から摂取する「ケトン食」が考案されました。
 1990年代にハリウッドの映画監督が、自身の息子の難治性てんかんがケトン食で完治したことをきっかけに「チャーリー財団」を設立したことで、この治療法は再び注目を集めるようになりました。現在では、薬が効かない難治性てんかん患者の約5割で、発作を50%以上減少させる効果が認められています。
5.2 ケトン体は脳の「スーパー燃料」
 ケトン体(アセト酢酸、ベータヒドロキシ酪酸、アセトン)は、肝臓で脂肪酸が分解される過程で生成される分子です。通常、私たちの脳は「ブドウ糖」しかエネルギーとして利用できないと考えられがちですが、糖質が枯渇すると脳はケトン体を第二のエネルギー源として効率的に利用し始めます。
 ケトン体は、単なる代替エネルギーにとどまらない優れた特性を持っています。ブドウ糖に比べて、酸素1分子あたりからより多くのATP(エネルギー)を生成でき、かつ副産物としての活性酸素の排出が少ない「クリーンな燃料」です。脳内の興奮性神経伝達物質であるグルタミン酸を抑制し、リラックスや鎮静に関わる抑制性神経伝達物質であるGABAします。体内の慢性炎症を引き起こすスイッチである「NLRP3インフラマソーム」をオフにする働きがあり、アルツハイマー病などの神経変性疾患への応用が研究されています。
5.3 ケトン体健康法の注意点
 アトキンス・ダイエットやケトン体健康法は、長年の高糖質食によって錆びついてしまった「脂肪燃焼システム」を再起動させるためのプロセスと捉えることができます。一度ケトーシスを経験し、体がケトン体を使いこなせるようになると、たとえ時折炭水化物を摂取したとしても、体はすぐに元の代謝の健康状態に戻れるようになります。
 このような食事療法の問題点は、副作用や禁忌が存在することです。てんかん治療としてのケトン食では、長期的な副作用として結石や成長障害、電解質異常などが挙げられており、医師の指導下での導入が必須です。一般の人がダイエット目的で行う場合でも、極端な糖質制限が甲状腺機能や腸内細菌叢にどのような影響を与えるかについては、まだ研究の余地が残されています。
 また、アトキンス博士が指摘したように、炭水化物の「耐性」には大きな個人差があります。少量の果糖で脂肪肝になる人もいれば、高い炭水化物摂取量でも健康を維持できる人もいます。今後の栄養学は、遺伝子、腸内フローラ、そして活動量に基づいた「個別化された糖質制限」へと向かっていくでしょう。

おわりに

 「果糖は毒である」というラスティグ博士の過激なメッセージや、「脂肪こそが救いである」というアトキンス博士の驚きの主張は、当初は異端視されましたが、今や科学の世界で受け入れられています。私たちは、キーズとユドキンの論争から半世紀を経て、ようやく「砂糖の問題」に向き合い始めています。脂肪を敵視し、その代わりに砂糖を受け入れた結果が、現在の肥満パンデミックであるという可能性です。
 とはいえ、砂糖をゼロにすることは、私たちのささやかな楽しみを奪い、「生活の質」を下げます。人生を楽しみながら、健康を保つ。その一つの方法が、「代謝の柔軟性」という概念です。これは、糖を食べたらこれを素早くエネルギーに変え、糖を食べない空腹時や運動時は脂肪を燃やして活動するというように、状況に応じて燃料を切り替えることです。そのために、食べない時間を作ることも重要です。間食をやめ、夕食から翌日の朝食までの時間を空けることで、インスリンが下がり、自然と脂肪燃焼が始まります。
 糖分も脂肪分も、カロリーとともに「情報」を含んでいるのです。その情報が、私たちの細胞に「蓄積せよ」と命じるのか、それとも「燃焼し、再生せよ」と命じるのか。その選択は、一人ひとりの知識と決断に委ねられています。

念のため付け加えます

 お分かりのこととは思いますが、私は砂糖が悪いとか、果糖ブドウ糖液糖が悪いなどと言っているのではありません。私たちは「甘いもの」が大好きです。だからこれらの製品は必需品なのですが、問題は「食べ過ぎ」です。脂肪も食べ過ぎれば害があります。日本には「甘さひかえめ」文化があるので、砂糖の食べ過ぎはそれほど心配しなくてもいいかもしれないですね。


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