ベトナムと韓国 ローマ字化
第3章 ローマ字化
第2章で見たのは、
国家の正統言語が漢文であるかぎり、
自国語表記がどれほど工夫されても、
その工夫が“周縁の技術”に
押し込められてしまう、という構造だった。
しかし、近代国家が必要としたのは、
大量に・速く・均一に
読み書きできる仕組みだった。
3-1 字喃の「限界」
字喃は、ベトナム語のために
新しい字(喃字)を大量に作った。
それは
自分たちの言語を、自分たちの文字で書きたい
という願いが根底にある。
字喃が抱えた難しさは、
創造性の不足ではなく、
むしろ創造性が強すぎた点にあった。
字が増えれば学習負荷が増え、
標準化が遅れれば地域差が残る。
そして上部の正統言語として
漢文が残り続けるなら、
字喃は“主戦場”以外の場所で
ひっそりと使われるしかない。
近代に入ると、国家の時は迅速に回り出す。
学校、徴税、徴兵、法律、統計、新聞。
この速度の前では、
「一部の知識層にしか回らない表記」は、
行政技術として負荷に耐えきれない。
3-2 外来技術
そこで近代に入って
国家が最終的に採用した解は、
字喃の改良ではなく、ローマ字化だった。
ラテン文字表記
(クオックグー:chữ Quốc ngữ)は、
17世紀に宣教師たちによって整備され、
綴りの慣習にはポルトガル語などの
影響がある、と説明される。
フランシスコ・デ・ピナは、ベトナム語を
漢字の意味ではなく、音と声調の体系として
捉え、ラテン文字で写すための正書法
(綴りと記号)の骨組みを先に作り、
後のアレクサンドル・ド・ロードらが、
その骨組みを辞書や教理書として固定し、
クオックグーが成立する道筋をつけた。
このように、クオックグーは、
ベトナム人が発明した文字ではない。
元々は外部者が布教のために必要とした
表記の道具に過ぎない。
つまり、出自はきわめて実務的で、
そして植民地主義的な外来でさえある。
だが、外来であることは、
そのまま弱点になるわけではない。
近代国家の要求と噛み合った瞬間、
外来の道具は国家の骨格に
すっぽりと収まった。
3-3 コストの異常な安さ
ここで発想を変えて、
文字を文化や誇りの問題としてではなく、
国家運営のコストとして見てみよう。
漢字系表記(漢文・字喃)は、
読めるようになるまでに時間がかかる。
そして、読めても書けるとは限らない。
書けても、均一にはならない。
一方で、アルファベットは、
覚える部品数が極端に少ない。
印刷や活字の運用にも適応しやすい。
学校教育のカリキュラム設計が軽い。
役所の帳簿も、軍の名簿も、新聞も、
作りやすい。
クオックグーは、
「国民を急いで国民化する」
近代国家にとっては、
恐ろしく都合が良い代物だった。
それはつまり、
読み書きの普及が速い、というだけではない。
国家が必要とする
“均一な国民”
“均一な標準語”
“均一な書式”
を、最短距離で作れる、
ということに他ならない。
3-4 自国の顔
クオックグーが外来起源だからといって、
「植民地の押し付け」だけで一方的に
広がった、とするのは単純化しすぎている。
外来の道具は、
国家が採用した瞬間に
国家の内部の道具へ変質したのだ。
学校で教えられ、
役所で使われ、
新聞で回り、
商取引の帳簿に載り、
人が恋文を書くようになる。
このとき、文字はもう
「誰が作ったか」より
「誰の生活を回すのか」で
所属が決まってしまう。
外来技術で始まったものが、
国民生活の血管になる。
この逆説こそが、
クオックグーの正体だ。
その過程で、外来の文字は
「自国の顔」になっていく。
3-5 ハングルとの対比
ここで韓国のハングル(訓民正音)と
比べてみよう。
ハングルは、表音文字、より正確には子音と
母音を分解して記す音素文字として、
15世紀に王権の下で創製され、1443年に考案、
1446年に公表されたとされている。
つまり、ハングルは王権が「内側」で設計し、
公布した文字であり、クオックグーは
外来の表記技術が「外側」から入り、
のちに国家が回収した文字である。
また、ハングルは1446年に公布された後も
長い間、周縁でのみ用いられ、
正統の文書言語としての座をすぐには
占めることが出来なかった。
両者はともに、漢字を「意味の器」としてでは
なく、「読みの体系」として回収する道を
開いた。
漢字語彙は、漢字そのものではなく、その音、韓国では漢字音、ベトナムでは漢越音として、
表音文字の列へ写し替えられていく。
クオックグーとハングルは、出自は逆向きでも、近代国家の速度がこの写し替えを一気に国民規模へ押し広げたという意味では、
よく似ている。
どちらの文字も結局は、近代の教育と行政の
回路に乗ったところではじめて、国民の文字に
なったのである。
3-6 漢字の地層
ベトナムは字喃ではなくクオックグーへ、
という大転換を行った。
だけど、文字が変わっても、
語彙は変わらない。
むしろ、文字が変わったからこそ、
語彙の由来が見えにくくなることが
多く生じる。
ベトナム語には、
漢越語という巨大な漢字語彙の層がある。
同じく、韓国語にも、漢字語彙の厚い層がある。
クオックグーは、漢字を書かない。
だが、漢字で作られた概念語の音を
アルファベットで表す。
これはハングルも同じ仕組みだ。
つまり、表面上は漢字は消えた。
しかし、語彙を深く理解するためには、
漢字が強力な補助線になる。
漢字で作られた概念語、
政治・制度・学術などの抽象語彙は、
ローマ字の衣を着て、そのまま流通していく。
韓国でも同様だ。ハングルは漢字を隠すが、
漢字語彙は消えない。
次章では、この“見えなくなった漢字”、
漢字語彙という意味のインフラについて
考えていくことにする。
次稿:
第4章 漢字語彙
