辺野古転覆事故究明への想い/原点(過去記事の改編版)
このnoteは辺野古転覆事故を追っています。
2026年3月16日発生の本件について、自分の感じたことや考えをnoteを起こすことにしましたが、書くにあたっての原点のようなものを残してきたいという考えでこれをPOSTします。
最初にこれを書いたのは、2026年6月ですが、他記事で書き直した部分などもあるため、更新を一部かけています。
noteを書こうと思った理由
事故直後からの経緯をあらためて書き直したので、そちらを参照いただきたいです。(他記事誘導?)
論理的に展開して考える
自分に向いているのは、事故の原因分析を、スキームに沿って進め、自分が関われるところを明確にすることだと思いました。
具体的には以下のようなアプローチです。
原因究明・対策の鉄則
(1) 絡まった事象等を分解し、(2) 相互の関係性を整理する、から始めるその上での、障害・事故・事件への解決アプローチ
(a) 直接対応(原状復帰まで)と、(b) 根本対応(再発防止)に分ける優先されるべきは、背景ではなく二次被害防止+直接対応
特に事故・事件の場合には、被害者に寄り添うことを大事にする事象を分解し、その"責任"が明確、かつ、"組織"の場合…
組織は、「組織内の人間を守る」「組織自体の責任を認める」ことが大事責任を踏まえた処分・対応で、「組織防衛ありき」ではいけない
※ これは、団体であれ・学校(教員側)であれ、同じだと思います。
※ 企業の不祥事でも本質は同じ。組織が担える責任には、範囲・限度がある。
組織や一定レベル以上の責務を担う人には、善管注意義務がある。
この事故は、役割をはき違えて起きたもの
そもそもの構図
直接的な船長の運航中事故という観点はもちろん刑事事件として立件・処分させるべきですが、それと同じくらい「なぜこの船に乗らなければいけなかったのか」を解明する必要があります。すなわち、
平和教育等教育活動 >> 安全管理
という、平和教育が暴走したことによって、比べてはいけない安全管理が置き去りになり、この事故を引き起こした…という大きな背景があります。
そこで、未然防止観点で、あらためて、冷静になってから浮かんだ言葉は以下のものです。
餅は餅屋(学校・団体・旅行催行責任)
この言葉、事故を紐解いて、責任の所在、対応方針等を考えると、非常に大きいと思います。結局、安全を度外視して、その責を負えないスキームを組んじゃったことが問題ですから。
特定の政治思想のみと教育が結びつくことはNGでしょう。
法律通り。ただ、高校生ともなれば、その取捨選択は自分でできます。偏ってるな・胡散臭いな・まぁいい、やり過ごそう… 等々含め、そこは、いくら洗脳したがる大人たちがいようと、大抵は取捨選択できる
→ 事故・事件の背景にはなるが、直接原因ではないでしょう。政治思想を語る人は、そこだけやってればいい。
変な団体を持ち、変な船を動かし、あろうことか一般人を乗せて沈没させたことが根本的な問題。ゆえに、変な船を動かした団体は、団体の監督責任あるものを含め、安全管理面で全面的に協力すればいいだけだ。
→ 口だけは全面協力と言ってる。やってないけど。教育者は、教育しかできない人たちだ。
ならば、子供たちを預け、何かを体験させる場合、その領域で安全性を担保できるプロに預けるべきだその体験イベントが、仮にダイビングなら、絶対にプロがついただろう。
チケット手配・宿泊手配ではない、"旅行"を売るのであれば、その組織は、その"旅程"に対してプロとしての対応をすべきだ。
もちろん、実際の責任範囲は法律に定められた範囲だろうし、報酬の範囲に限定はされるだろうけど。
でも、普段"チケット手配じゃなくて体験を"、などと言って付加価値を持っていることを強みに… とか言うのなら、踏み入れてはいけない世界を旅程に含めないことは絶対にできたはず。現地支店がいるならなおさら。
→ 本件の安全管理のプロは、旅行会社が担うべきだったのではないか?
(本件の法的責任がないことは知っています。
が、それは犠牲者を出さないための最善策とイコールではありません。)
事故の直接責任
繰り返しですが、海難事故自体の直接責任は船側にあります。そして、この船を選定した学校側の責任がどこまで問えるのか、も重要なポイントになります。
事故を起こした船長及びその所属団体。所属団体の上流組織
船に一般人を乗せたこと、その行為が法律違反であることもほぼ明白そんな団体(個人)の言いなりで、保険も危機管理も有事対策もせず、ましてや教員乗り込まない・何なら生徒に動画を消せとか…色んなあり得ない対応をする学校組織・教員
※ まぁ、個人を責めるのは違うと思いますけど…
※ 被害者に寄り添ってないことも明白
恐らく、法律上は、この2つの責任問題の決着が何より優先されるのだとと思います。これより先に背景の話が先行するから、思想やら萎縮やらの変なことがおき、被害者から見て「誰も信じられない」状況を助長している。
本件は監督省庁からみて、教育基本法違反,,,なんだと思いますけど、教育基本法違反だから事故が起きたわけではない。。。ので、そこじゃない。
まぁ、教育基本法にふれることは、ダンマリ勢力や報道しない自由を解き放つ、事故への「燃料投下」効果ありですが。。
未然防止を考えるなら…と個人的に思うこと
今回の件は、発注者側が全体旅程を旅行会社に任せたにもかかわらず、その責任を抜いた旅程補償外の範囲で発生した事故。となります。
この字面だけなら、旅行会社の免責事項になる。
なのですが… それでも、被害者に寄り添って考えると「旅行会社って何なんですかね。」ということになる。私はどうしてもそこに行き着いてしまいますね。
考えにまとまりはないですが。
もちろん、理想的に「旅行会社が全旅程を管理」…ともっていくにしても、色々なしがらみ等々があります。。
予算を十分に頂いて、全旅程を保証しなさいと言われるならばいいですが、現実には予算制約が大きく、修学旅行は儲からない…
=限定した受注&責任所在になる。受注型企画旅行として、旅行会社の責任範囲を明確するとともに、旅程全体の安全性を高くすることに最善を尽くす… べきなのに…
=責任範囲と切ってしまえば、法的には問題ない対応したことになる。あきらかに「危険」とされるところには、十分な注意を促す… べき….
=結局、長年の慣習その他で、リスク説明を回避しているのだろう一歩でも間違えば(何の過失もない交通事故があったとしても、高校生が現地で万引きを起こしても同じこと)、旅行自体の思い出が最悪のものになるリスクを抱えていること… をもっとしっかり発信すべきなのに…
= (これは、まぁ、学校法人側との共同の責務でしょうね)何より、旅行のプロであること。現地のプロであること。を誇りにすべき…なのに…
= あんなのに近寄ってはいけません。が、本当になぜできないのか…法律違反の船に一般人を乗せる行為を容認し、旅程に組み込むことを黙認してしまうなんて…
= (これは、責任範囲かと言われればきっとNOでしょうけど)
まぁ、、、結局、餅は餅屋かつ、責任の持ち方の話の中で、自分が長く所属する業界の残念な対応が一番引っかかったのだと思います。
政治思想その他のこと
現状コッチの方がはるかに盛り上がっていますが…
法治国家が法律違反を容認するというのだけはどうにも信じがたいですが、まぁ、そんな国なんでしょう。
きっと、それそのものは、今後も色々起きていくんでしょう。
高校生たちも、周囲も、自分自身も、ここはそれぞれで考えて行動すればいいのだと思います。(というか、どっちにしろ正解はない)
最後に
この事件・事故の一丁目一番地は、政治思想の是非でも、教育内容の左右でも、法解釈を不必要に広げたいということでもない。
未成年の生徒たちの一生の思い出になるはずの団体旅行中に、誰の責任かもわからないリスク満載の旅程が組み込まれ、悲惨な事故が起きた。その責任所在も対策も全く進んでない。
なのだという思いを改めて強くしました。
忘れたくても忘れられない傷を負って、今後の人生を歩む試練をなぜか与えられ、何なら、アイデンティティの1つになり得る所属する学校まで全否定されかねない風潮。誰を信じればいいの?という声。
この若者たちを真っ先に救わなければならない。
(このnoteについて)
以下の想いで連載?しています。よかったらご一読ください
