辺野古転覆事件関連: noteを再開した動機について(ただの私的投稿)
このnoteは辺野古転覆事件を追っています。
さて...noteの煽り(!?)にのって、本日が50日連続投稿となります。まぁ、そろそろ一度途切れさせますが...
今日は、ずっと書いてこなかった、note再開経緯に関わる自分の内面の感情を書きます。
予備知識
何を書くか、なぜ書くか系の最新版(?)については、フッタ代わりにつけているREADME記事を参照ください。
同一テーマで60記事とか書くと、読み返した時に同じようなことをあちこちに書いているなぁ...と少し恥ずかしくなりますが、一応、以下の辺りとかは、動機に関わることもちりばめてはあります。
時系列的な心の動き - note書く前
後付けな「なぜ書くか」を展開する前に、心の動きを書きます。
事故発生直後
「抗議船に乗っていた修学旅行生が海難事故に遭い、多数の死傷者が出た」
このインパクトはすごかったです。ご遺族も書かれていましたが...
「抗議船」
「修学旅行(研修旅行)」
どう考えても、絶対に紐づかないものですよね。絶対に....ましてや、関西屈指の名門校、同志社グループの高校においてなんて。
情報収集段階
事故発生直後に思ったことは、まぁ、以下のようなことになりますね。
(1) そもそも情報が断片的にしか報道されない
これは、当時の京都の某事件報道に辟易していたところも含めて、他の皆さん同様にイライラしましたね。
この偏向報道の闇は... 教育界の闇と大差ないくらい「闇」ですね。
(2) 旅行会社への疑問
これは、今でもまだ何も解消していないですが、「受注型企画旅行」の意味わかってんのか?ということを未だに思っています。まぁ分かってるくせに何を有耶無耶しているんだ。という感情ですね。
「重要事項説明」「安全確保の努力」「特別旅程補償」範囲に含まれることがほぼ確実なこと。
学校側手配内容の危険性を「全く知らない」とシラを切ることはほぼ不可能であること。
同志社国際高校 及び 沖縄県事情によく精通した人間が旅行企画・手配・管理に関わって旅行を催行していること。
≪第6章 旅程管理≫
(旅程管理)
第24条 当社は、旅行者の安全かつ円滑な旅行の実施を確保することに努力し、旅行者に対し次に掲げる
業務を行います。ただし、当社が旅行者とこれと異なる特約を結んだ場合には、この限りではありません。
1)旅行者が旅行中旅行サービスを受けることができないおそれがあると認められるときは、受注型企画
旅行契約に従った旅行サービスの提供を確実に受けられるために必要な措置を講ずること。
(3) 学校ガバナンス
校長の記者会見が論外... というのは、正直、企業不祥事でもあるあるです。なので、そこはあまり驚きはありませんでした。
ただ、被害に遭われた生徒さん達 及び 被害を受けた人たちをひっくるめた「同志社国際を廃校にせよ」「学校法人同志社 解散」のような極端な誹謗中傷に近い殴り書きには、憤りを常に感じていました。
これは、別途書きますが、過去に「上場廃止だ」「倒産してしまえ」「免許はく奪だ」と言われた会社で取締役をしていた経験に突き刺さったのだと思います。
当時も、そんな状況下でマジメに働いている社員たちに本当に申し訳なかったので。
(4) キリスト教と左翼思想の連携
すいません。これは全く知らずに、キリスト教をかじっていた自分がいます。まぁ、厳密には、日本基督教団となるのでしょうが、こんな、統一教会の野党バージョンみたいな関係性でいらっしゃるとは全く無知でした。
とはいえ、宗教の中では、もっとも自分が親しみを覚えているところがあるため、この関係性は正直なところ衝撃を受けてしまいました。(イスラエルが好戦的であることへの何だかなぁ…より、はるかに大きい衝撃です。)
(5) 沖縄県問題や左翼思想とは距離を置きたい
教育現場に左翼思想が強いのも薄ら知ってはいますが、いずれにせよ、自分と相容れない部分が多いので、ここは距離は置きたい。
なのに、事故にねっとり絡んでくるし、彼らに関わるニュース・画像を見るだけで、無責任感が分かるので。
一点だけ、「反基地無罪」だけは、どうしても許しがたいないう感情はありました。法治国家がこれを認めると、統制が取れなくなるので。
ただ、感情は中途半端だった
本来の気質としては、私はこの手の「世間一般の事件」に対しては、距離を置きます。あまり感情移入しないというかできないというか。外見的には「関心がない」のくくりの方が近いのかもしれません。
ただし、本件に関しては、上記の(2)(3)(4)あたりが影響していたせいで、「強い関心」を持ちつつ、(1)に苦労していて、という期間が続いてました。
この頃は、自分が世の中に意見を発表するのはFacebookがメインだったのですが(noteは数年前に少し書いたきり放置していたため)、Facebook自体の過疎化進行と合わせて、何か、あまり事故自体に言及したり賛同する人もおらず、というところで...
報道もそうですが、世間全般の「有識者」クラスの方の無関心に対して、結構「何で話題にならないものなんだろ」と思うことが多かったです。
逆に、私が何でこれにこだわっているんでしょうね。と自分で不思議に思う、という状態でした。
ここまでのまとめ
(1) 事件に関心を持つ要素は揃っていた
(2) 報道及び自身の周囲の層の関心の低さとのギャップを感じていた
(3) 沖縄や左右対立的要素とは距離を置きたかった(→今でも変わらず)
結果:
自分の行動に移すまでの「想い」は持てていなかった。
余談:
Xアカウントについては、ずっと放置していました。
ただ、(2)に関連して、ネットニュースベースでの情報収集の限界ともうちょっと踏み込んだ収集の必要性を感じたため、再開することにしました。
結果的に、これが、次のアクション上の重要な伏線になっています。
時系列的な心の動き - カクヨム手記との遭遇
知った経緯
Xのシェア投稿を見たからです。
以下を見て、すぐ開いたのですが、本当に衝撃でした。
【速報】
— きーこ (@hirose_kiKO) June 7, 2026
同志社国際高校の平和研修旅行に参加した生徒さん(当時2年生、現3年生)が、あの時見たもの、感じたもの、そして旅行から帰ってきてからの異様な体験、思い、メディアや教員らへのメッセージを書いてくれました。https://t.co/2h1WzJy2D5
※私は当日記について不関与です。
手記への第一インパクト
書き出すと、本当にきりがないのですが...
すごく大きなインパクトでした。正直なところ、読み終えた直後は、「この人にかけられる言葉が思い浮かばない」でした。
感情表現が圧倒的である。
論理的な記述や展開を損なってないが、それを上回る感情発露が、手記として読み手に伝わるように盛り込まれている。
ありとあらゆることに対して、感情表現や言い分に納得ができる。
全てに対して批判することしかできない。という感情・心境は、周囲には動かすことができない。
かける言葉は見つからないのだけど、何か声をかけずにいられない。
どうすると、こんなに傷ついた生徒さん達を、こんなひどい状況から脱するようにできるのだろう。
そんな気持ちでした。
行動への転換
周囲にできることなんて、限られます。
「少しはまともな人たちがいるよ」と分かってもらえるようにすることだけです。自分の直接の人間関係でも、同じ状況になったら、常に同じように考えて来た。それを、今回もやるしかない。
自分が起こした事件ではない(※某社の時もそうでした…)けど…
2026年を生きる17,18歳の子にこんな感情を抱かせる日本にしたのは、それより長く生きている、少なくとも戦後2世・この年代の親世代がやらかしたことだから。
こんなことが浮かびました。それで、行動への想いが湧きつつあったところに、翌日の手記で、以下のように言ってくれたことも大きかったですね。
そんな思いから書いた手記に対して思った以上にたくさんの反響をいただきました。
ありがとうございます。
非難の声が多いかなと思っていたのですが、そんなことはなく、手記に対して真剣に考えてくれたり、アドバイスや応援のメッセージをくれたり、Xの方でさまざまな方からDMをいただいたり、心優しい方が多くて安心しました。
これを読んで、自分も何かを発しよう、発しなければならないという心が決まりました。
なので、手記の影響として最も大きいのは、
「この手記を見たこと」と「自分も発信しなければならない」
が直結したことです。
もちろん、それ以外にも、
最初に何を思ったか
心を動かされたのはどういうことか
行動に移した理由は何か
誓ったことは何か
等々、の細部としては、本当に色々なことが出てきました。思うままに話し出したら、3時間でも4時間でも話せる自信があります。笑
noteでの発信
とりあえず、何かを発しすることは決まりました。ではどこで、、、 Facebook賛同者は少なそうだし、あちらはどうしても刹那的になる。ご遺族もnoteで発信されている。そういえば、自分もnote持ってたなぁ。
そう思って、数年ぶりにnoteを開きました。そして、書くことに決めた。。から、今に続いているわけです。
行動は始まりましたが…
ただ、まだ「行動に移した」だけであり、この手記に「応えている」感覚は全くありません。もちろん、書かれた「誰か。」さんも、読んだ誰にも見返りは求めていないのですが。笑
最初にXで手記を広めていただいた『きーこ』さん、ありがとうございます。
あなたの拡散がなければこの手記は埋もれていたと思います。
他に拡散していただいたり、メッセージや反応をくれたみなさん、ありがとうございます。
感謝しかありません。
ここまで読んでくださったみなさんもありがとうございます。
誰かの心に何かしら届いてくれたら嬉しいです。
同志社国際高等学校3年◯組◯番、誰か。
このあと
もう書き出した後のことは、流れに任せるしかありません。
ご遺族の立場とは全く異なりますが、ご遺族が最も求心力を持ち、最も想いを持って動かれている。
なのであれば、意見に関する大小の差は一部あれど、行動としては、ご遺族の動きを主として、少しでもそこにお役に立ったり、違う観点を加えつつ、同時に、生徒さん達にも多少でも役立つことを発信し続けたいと思っています。
直接の被害者ケアが未だ全く終わっていないのは、ご遺族も生徒も同様である。小さいな声・苦しみを可視化する。
そんな感じで、私も少しでも貢献したいと思っています。
(このnoteについて)
以下の想いで連載?しています。よかったらご一読ください
