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何もない一日を、記録し続けた男の話(第19話|伝えるということ)

彼は、
何かを伝えようとして、
言葉を選ぶことがあります。

仕事の場面。
誰かとの会話。
誤解を避けたいとき。

できるだけ正確に、
できるだけ分かりやすく。



けれど、
うまく伝えたはずの言葉が、
うまく届かないことがあります。

逆に、
何気なくこぼした一言が、
なぜか残ることもあります。



伝えることと、
伝わることは、
同じではありません。



彼は、
それを何度も経験してきました。

説明したことが、
誤解されることがあります。

説明していないことが、
なぜか理解されることもあります。



どこで差が生まれるのか。

言葉の選び方なのか。
タイミングなのか。
相手との関係なのか。

考えても、
はっきりとした答えは出ません。



ただ一つ、
感じていることがあります。

無理に伝えようとした言葉ほど、
遠くで止まってしまうのです。



ノートを開きます。

今日も、
一行だけ書きます。

「伝えなくても、
 残るものがある」



彼は思います。

記録は、
伝えるためのものではありません。

それでも、
そこに置かれた言葉は、
どこかで誰かに触れることがあります。



それは、
狙って起きるものではありません。

説明して起きるものでもありません。



水が、
石の形を
少しずつ変えるように。

気づかないうちに、
何かが動いていきます。



彼は、
言葉を軽く扱いません。

けれど、
重くしすぎることもしません。



伝える責任はあります。
けれど、
伝わるかどうかは手放します。



夜、
ノートを閉じます。

今日も、
すべてが伝わったわけではありません。

それでも、
何も残らなかったわけでもありません。



水は、
触れたものすべてを
変えるわけではありません。

ただ、
触れたところから
少しずつ形を変えていきます。



彼は、
その流れを信じています。

無理に広げません。
無理に届けようともしません。



それでも、
水は流れています。


それで、いいのだと思います。


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