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何もない一日を、記録し続けた男の話(第20話|書いているということ)

彼は、
書くという行為を、
特別なものだとは思っていませんでした。

文章を書く。
言葉を並べる。
一日を残す。

ただ、それだけのことです。



それでも、
書いているときだけ、
少し違う感覚がありました。

外の出来事ではなく、
内側の位置を
確かめているような感覚です。



何が起きたかではなく、
どう流れていたのか。

それを、
あとからなぞっていきます。



彼は、
うまく書こうとはしません。

分かりやすくしようとも、
心に残そうとも思いません。

整えすぎると、
流れが止まってしまう気がするからです。



ただ、
その日の水位を
そのまま置いていきます。



あるとき、
ふと考えました。

これは、
誰のための記録なのだろうかと。

過去の自分なのか。
未来の自分なのか。

それとも、
どこかの誰かなのか。



答えは、
すぐに出ました。

どれでもなく、
どれでもある。



書くということは、
誰かに向ける前に、
自分の位置を
確かめることなのかもしれません。



ノートを開きます。

今日は、
少しだけ迷いながら書きます。

「書くことで、
 流れが見える」

それだけです。



彼は気づきます。

書いているのは、
言葉ではありません。

自分の現在地なのだと。



ページを閉じると、
一日が終わります。

きちんと終わります。



外の世界は、
相変わらず動いています。

変化も、
期待も、
評価もあります。



それでも、
ノートの中だけは
静かです。



彼は、
その静けさを
大切にしています。



水は、
記録されなくても
流れています。

それでも、
記録することで、
自分の流れが見えてきます。



彼は今日も、
書きました。

それだけで、
十分でした。

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