小説:四つ葉みたいにならない恋 第四章 明日への扉
1つにつながっていた四人は、それぞれの明日を見つめていた。
幕が上がった。
前日まで、セリフ合わせ、音合わせ、照明などのチェックや修正を繰り返した。大道具や衣装もギリギリで完成した。
3年4組の総力を結集した劇をひと目見ようと講堂は満員になった。他のクラスや、部活の後輩たちの生徒、多くの先生や保護者たちも集まっていた。
40分間にわたる劇は、途中のコミカルな場面は大ウケし、終盤の夫婦の会話などの演技に引き込まれ、拍手喝采を浴びながら幕が降りた。教員や保護者たちからも絶賛されて、成功裏に終わった。
舞台に上がったキャストだけでなく、脚本を書いた者や、演出を担当した者、音響や照明の者、そして大道具や衣装の者も、みんな握手し合ったり、抱き合ったりして、感激していた。
この日まで、あらゆるものを犠牲にしてきたみんなの努力が報われた瞬間だった。モトタツは、文化祭前に見た悪夢のような結果にならなくて、本当に良かったと胸をなでおろした。
「次は体育祭のムカデ競走で優勝だ!」
3年4組のみんなは、1週間後の体育祭に向けて、朝練にも力が入っていった。
モトタツたちが2年4組だった時は、ケガ人が続出したり、練習についていけないメンバーが脱落して、当日に人数不足となって、急きょ数合わせしたものの惨敗に終わった。
今回こそ優勝したい。そのためには、まず脱落者を出さずに、当日、全員でスタートすること。それが何より重要だと、モトタツは思っていた。
体育祭当日、3年4組は、誰一人欠けることなく、全員がスタートラインに立っていた。あとは、いつもの練習通りに、掛け声を合わせて走り抜くだけだ。
「3年4組ムカデ隊、絶対優勝するぞー!」「オーッ!」
スターターが鳴った。スタートは一瞬遅れたが、4組のムカデ隊は、どんどんと加速していく。折り返し点を回る頃にトップのクラスと並んだ。焦るな、焦るな、全員が曲がり切ってからが勝負だ。最後尾の押し役がコーンを曲がり終えた瞬間、「行けー!」という叫び声と共に、一丸となったムカデ隊が猛然と突っ走った。全員が声を合わせ、足を合わせて駆け抜けて、最後尾がゴールラインを越えた瞬間、4組の優勝が決定した。女子は全員泣いていた。ユンモとノンノンも抱き合って喜んだ。男子たちも、興奮が冷めやらず、雄叫びを上げて、両手を突き上げた。
「4組優勝バンザーイ!」
こうして、3年4組は、最大の行事である、文化祭と体育祭を合わせた記念祭で、有終の美を飾った。
体育祭の代休の月曜日を挟んだ火曜日、モトタツはサトシに声をかけた。
「帰りに、ちょっと話したいことがあるんやけど」
「ええよ」
モトタツが、こんな真剣な顔で話したいと言ってきたことはなかった。
放課後に、二人は自転車で校門に続く坂道を下りた。会話のないまま、三施駅まで走って、駅の北側にある、あのベンチに座った。
「どうしたんや」
サトシがモトタツに声をかけた。
モトタツはひと呼吸おいてから重い口を開いた。
「俺は約束を破った」
「そうか」
サトシの表情に驚きは感じられなかった。モトタツは詳しくは話さず、文化祭の前にユンモに好きだと伝えたと話した。サトシは責めるでもなく、かばうでもなく、ただただ聞いていた。
サトシは、モトタツがノンノンのことをどう思っているかも聞きたいと思った。けれども、それは思いとどまって、ひと言だけ話した。
「あとは受験だけやな」
記念祭が終わり、やっと進学校の受験前のムードになってきた。そして、四人の時計は、再び明日に向けて刻み始めるはずだった。
しかし、モトタツは、受験勉強を何一つやってこなかったので、今から何をどう頑張っても、大学受験までに志望校に合格できる学力をつけることは不可能だと自覚していた。モトタツだけが、受験という明日に向かう列車に乗り遅れて、ホームにたたずんでいた。
サトシから聞いた「能見はお前のことが好きなんや」という言葉が、頭の中から離れなくなっていた。その言葉を聞いた日から、ノンノンが誰よりも気になる存在になっていた。
それなのに、みんなとの約束を破って、ユンモに想いを伝えてしまった。その瞬間から、モトタツは、サトシが伝えた言葉に、再び引き戻されていた。
しかし、その言葉が本当かを確かめることは、もうできない。できるような立場ではない。モトタツは、そう思っていた。結局、俺は自分のことしか見えていなかった。そして、こんなわがままな自分を、ずっと見守ってくれている存在に、ようやく気がついた。それからは、授業にも身が入らず、ボーッと窓の外を見つめることが多くなっていた。
ノンノンの視界には、そんなモトタツの姿が否応なしに入った。でも、そんな自分に気がつくと、視線を黒板やノートへ戻して、自分の明日を見つめようとした。
モトタツは負けん気が強いので、ユンモがカズオのことを好きだとわかった時、恋のライバルの存在のおかげで、かえって燃えた。でも、恋の駆け引きは嫌いなので、恋のライバルの評判を下げたりして、自分を有利にしたいと思わなかった。
サトシが、ノンノンのことをどう思っているかわからない。でも、モトタツは、気がつくとスタートラインに立っていて、スターターが鳴っていた。スタートで一瞬遅れたが、すでに折り返し地点まで走っていることに気がついた。そして、隣でサトシも並んで走っているように感じていた。
街にクリスマスのイルミネーションが輝き始めた頃、ノンノンの誕生日が近づいていた。モトタツは、ノンノンの誕生日をお祝いしたかった。でも、ノンノンの受験勉強の足を引っ張りたくないと思っていた。迷った末に、モトタツはバースデーカードを書いた。でも、学校で渡すのは良くない。リンちゃんに頼んで渡してもらうのも迷惑をかけてしまう。そう思ったモトタツは、ノンノンの誕生日の前日の帰りに、ノンノンの家のポストに、バースデーカードを入れることにした。
翌朝、ノンノンは、最近あまり見られなかったような笑顔で、リンちゃんに話していた。モトタツは、そんなノンノンの姿が目に入らないフリをしていた。サトシも今日がノンノンの誕生日だと知っているはずだけれど、どうしたかわからなかった。
授業中にノンノンから人づたいにメモが届いた。モトタツがメモを開くと「カード、ありがとう」と書かれていた。ノンノンを見ると、表情を変えずに黒板を見ていた。
バースデーカードには、誕生日のお祝いの言葉だけを書いていた。ノンノンに受け取ってもらえるだけ充分だと思っていた。でも、本当に伝えたい想いは書けなかった。約束を破った自分が、書いてはいけないと思っていた。
このまま卒業すれば、この想いは二度と伝えることはできない。そう思ったモトタツは、想いをクリスマスカードに込めて渡そうと思った。ペンを取っては置くことを何度も繰り返した。やっぱり俺は自分のことばかり考えている。気がついた時には、クリスマスカードをノンノンの家のポストに入れていた。今回も本当の想いは書けなかった。でも、ノンノンと一度ゆっくり話をしたいと思っていると書いた。
翌日のノンノンも、笑顔でリンちゃんと話していた。そして、授業中にノンノンから届いたメモには「卒業したらね」と書かれていた。その返事を見たモトタツは、ようやく形だけの受験勉強に取りかかった。
受験も山場を超えて、卒業式を間近に控えていたある日、モトタツは、久しぶりにサトシと話していた。大した話ではなかったけれど、サトシの言葉を聞いて、モトタツは膝から崩れ落ちそうになった。
「この頃、日曜とかに、学校に来て、能見とバドミントンをしてるんだよ、俺はぜんぜん下手なんやけど」
時が止まったと感じた。モトタツは、頭の中に何かが思い浮かんでは破り捨てる、ということを繰り返した。
モトタツ以外の三人は、受験を終えて進路も決まっていたが、モトタツは、どの大学にも合格できず、1年後の再受験に向けて、予備校に行くことになった。
モトタツは3年4組が好きだった。この1年間にやってきたことには何も悔いはない。でも、自分はこれで良かったんだろうか、もっとうまくできたのではないか、そんな気持ちが湧いては、心の中に降り積もっていった。
四人は卒業式を終えた。
正門の坂道に桜の花びらが舞い散る中、四人は坂を下って、それぞれ違う道を歩き始めた。
モトタツは、ノンノンに電話をした。ノンノンに送ったクリスマスカードに「ゆっくり話したい」と書いた時、ノンノンから届いたメモの「卒業したらね」という返事を、ノンノンは覚えていないかもしれない。もし、覚えていたとしても、電話で話すだけで終わるかもしれない。それでも構わないと思った。
ノンノンは、メモのことを覚えていた。モトタツが会って話したいというと、ノンノンは「いいよ」と応じてくれた。
ノンノンの家の近くの三施駅の階段下で待ち合わせした。そこは、ユンモに気持ちを伝えて別れた場所だった。二人は近くにある喫茶店に入った。
モトタツは、ノンノンに話したいことや聞きたいことは、いっぱいあったけれど、大切な内容だけにとどめておこうと思っていた。そして、ノンノンが体育館で、モトタツが怖いと言ってこもった日のことを話した。
「サトシが俺に『能見はお前のことが好きなんや』と言ったんやけど」
「山本くん、元田くんにそんなことを言ったん?」
そう答えたノンノンは、少しため息をついた。でも、それで謎が解けたようだった。モトタツは、さらに続けた。
「サトシに聞いたんだけど、日曜日とかに一緒に体育館でバドミントンしてたんやろ?」
「山本くん、そんなことも話してたんや、ホントに」
ノンノンは、少しあきれたような顔をしながら、それ以上は話さなかった。
モトタツは、サトシから聞いたことで、この半年間に抱えてきたモヤモヤが、剥がれ落ちていった。
ノンノンの黒い大きな澄んだ瞳が、モトタツを真っ直ぐに見つめて、モトタツの心を温かく包み込んでいた。
モトタツは、ノンノンの瞳を見て、深く息を吸い、自分の想いを伝えた。
「ノンノンのことが好きやねん。俺と付き合ってくれへん?」
静かな時間が、二人の間に流れた。
「ありがとう。でも、ごめんなさい」
モトタツは、その答えを予想していた。そして、それ以上のことを知っても、自分がもっと苦しくなるように思えて、何も聞かなかった。聞けなかった。
ノンノンは、モトタツの心から、「また、もう一度、会ってほしい」という声が聞こえたような気がした。そして、モトタツの心に「合格したらね」とそっと伝えた。
モトタツは、自分の想いをちゃんと伝えることができた。それで十分だった。ノンノンが自分の想いを受け止めてくれたことで、心が満たされていくのを感じていた。
「看護学校に行くんやね。俺は予備校に行くけど」
「うん、何とか入れた」
「頑張ってね」
「元田くんもね」
二人は店を出て一緒に歩いた。四人でノンノンの家まで二人乗りで向かった時に、通った道との交差点に差し掛かったところで、二人の足は止まった。
モトタツは、ノンノンに心からお礼を言いたい気持ちでいっぱいだった。
「会ってくれて、ありがとう」
ノンノンも、心の中で涙を拭っていた。これで良かったんだよねと、自分自身に必死に言い聞かせていた。モトタツに出会えて、本当に良かったと思った。
「電話してくれて、ありがとう」
青信号になった。モトタツは、自転車に乗り「またね」と言って手を振り、信号を渡った。「バイバイ」と言って手を振ってくれたノンノンを振り返らなかった。
これで良かったんだ。これで。モトタツは、明日への扉を開けて走り出した。
四つ葉のクローバーみたいに、四人の想いは、一つにつながっていくはずだった。
本当の想いがわからないまま
本当の想いに気づけないまま
本当の想いに気づいても伝えないまま
四つ葉のクローバーは見つからなかった。でも、足元で芽吹き始めていた。
これは、人を想うことや、人から想われることを通じて、大人への坂道を登っていく、四人の切ない成長物語。
終わり
