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小説:四つ葉みたいにならない恋 第三章(後編) 破られた約束

 明日に向けてそろえていた足並みは、一人だけズレて外れてしまった。

 文化祭を2週間後に控えて、劇の練習も、朝から夜まで、少しでも時間があれば、主演や脇役を中心に稽古を続けていた。一方で、誰がやるか決まっていないキャストもあり、脚本を書き直そうという意見が出て揉めたりして、毎日のように何か問題が起きていた。
 文化祭の成功を目指している3年4組は、文化祭の1週間後に行われる体育祭のメイン競技の、クラス対抗ムカデ競争の優勝も本気で目指していた。そのため、毎朝1時限目の1時間前に集まって朝練が始まった。
「1、2、ピッ、ピッ、1、2、ピッ、ピッ」
 毎年、1年生は、2年生や3年生の朝練の光景を初めて見て度肝を抜かれる。1クラス47人中41人の男女が混合で縦一列に並んで、全員の右足だけと、全員の左足だけを、それぞれ1本の縄で結んでいる。正確には、1本の縄に作った41の輪に各自の足を入れている。タイミングを合わせるために、全員が1、2と言って右足、左足を横に上げ、外にいる指示役の笛の合図の3、4に合わせて右足、左足を上げる。朝練は、足上げの練習だけだが、足上げが揃っていないと走れない。そう、歩くのではなく、走るのだ。しかも、男女全員が完全に密着して、1つの塊になって走る。1年生は、最初は、男女で密着することに、ためらったり、恥ずかしがったりするが、密着しないと到底走れないし勝てない。走力は明らかに男子が高いので、男子だけ、女子だけを前後に固めると均一の速さにならないので、男女交互に前後で並ぶ。そして、女子は前後の男子に挟まれて、浮いているかのように足を上げるとスピードが出せる。さらに、41人の後ろには、足を固定しない押し担当が一人いて、塊がバラけないように、最後尾の背中を押して走る。
 スタートラインから、50メートル走ってコーンを曲がりながら折り返し、さらに50メートルを41人で走る。全員が密着して左右の足を同じタイミングで上げなければ、走れないしケガにつながる。特に難しいのが、スタートと折り返し。スタートで全員が同じタイミングで同じスピードで走り始めないと、すぐに誰かが倒れてしまう。なので外の指示役の掛け声が重要になる。さらに、折り返しのカーブでは、少しスピードを落としてコーンを周り、最後尾の押し担当が曲がり切ったら、一気にトップスピードで走って、最後尾がゴールラインを越えるまで走り抜ける。
 この競技は、全員が本気で全力で1つになれるかが試されるのだ。朝練に遅れたり来なかった者は、みんなから非難される。毎年、どのクラスでも、多少のケガ人が出ていた。3年4組でも軽いケガ人は続出していた。
 ムカデ競争のオーダー(並び方)は、身長差や体力、走力のバランスを見ながら、リーダーが少し変えていく。モトタツは、一度ノンノンの真後ろになったが、そんなことで気持ちが左右されているようでは勝てないと思って、必死に練習に集中しようとした。
 モトタツが去年いた伝説のクラスの2年4組も、ムカデ競争は優勝候補と言われながら、当日に人数不足となり急な編成で挑んで、倒れに倒れて惨敗した。3年4組では、今度こそ優勝しなければ、この苦労を今度こそ実らせなければ、去年の、あの悔しさを繰り返すわけにはいかない。モトタツは、ラストスパートをかけようと心に誓った。
 文化祭の1週間前の放課後に、中庭の石舞台で、劇のリハーサルを行った。これまでの個別練習とは違い、通しでやってみると、あちこちでほころびが出て、こんな状態で当日できるのか?と、みんな不安になってしまった。文化祭の教室展示やムカデ競争などの練習が重なって、心身の疲労が溜まって、誰もがみな、平常心ではなくなっていた。
「私が、みんなの足を引っ張ってしまっているせいだ」
 ユンモは、涙があふれてとまらなくなった。それぞれに反省点があったけれど、ユンモは一人で責任を背負い込んでしまった。ユンモを、こんな状態で家に帰して大丈夫かと、みんなが心配していると、マサミが言った。
「モトタツ、ユンモを送ってあげーな」
 他のみんなも、そうする方がいいとモトタツを促した。
 モトタツは、ユンモが通学に使っている関鉄の最寄駅の谷本町ではなく、ゆっくり歩いて話しながら三瀬駅まで送ることにした。
「心配させてごめんなさい」
 ユンモは、自転車を押して歩くモトタツの隣でそう言った。
「湯本だけのせいとちゃうよ。みんな限界を超えてるんやから」
 秋の夕暮れが二人を包んでいた。モトタツは、ユンモの歩幅に合わせて、ゆっくり歩いた。
「私、自分のことで精一杯で。みんな他の人のことを考えたり、クラス全体のことを考えたり、すごいなぁって」
「そんなことないと思うよ。そう見えてるだけやって」
 ユンモは首を振りながら続けた。
「ノンノンなんて、陽子にセリフや演技はこうしてほしいとか言ってるし、サトシもサボってる子らに、ちゃんとやれよって怒ってる。なのに、私なんもできてへんから」
「あいつらも、劇が迫ってて焦ってるんやと思う。いつもは、人になんか言ったり、怒ったりせえへんから」
 モトタツはユンモをかばうように話した。
「モトタツなんか、応援団もやってて、運動部のみんなに、劇も頑張ってって声をかけてて偉いわ」
「応援団はユンモも頑張ってるやん。俺も焦ってて、めっちゃ不安や。この前なんか、劇の本番でボロボロに失敗して、みんなが泣いてる夢まで見た」
 ユンモはハッとして、モトタツの顔を見ると、モトタツは、真っ直ぐ前を見ていた。いつも元気に、みんなを盛り上げようとしてるモトタツが、自分と同じように、焦りや不安でいっぱいだと思っていなかった。
「そんな夢を見たん?やっぱり、モトタツはみんなのこと考えてるからやなぁ」
 モトタツは、ユンモをデートに誘う時に使った、電話ボックスの横を通り過ぎた。真夏の暑い日に、汗を拭きながら受話器を握りしめていた自分を思い出し、ふとユンモの顔を見た。そして、ひと呼吸おいて、きっぱり言った。
「偉そうなことばっかり言ってるけど、俺も自分のことばっかり考えてる」
「そんなことないよ!」
 ユンモはモトタツをじっと見て、少し強く否定した。
「俺らマジメ過ぎるんやろなぁ。受験前に劇を一生懸命やってるなんか」
 モトタツはそう言うと、何だか馬鹿馬鹿しくなってきて笑えてきた。
「ホンマやわ。私ら受験生やもんね。夏休みから、勉強ぜんぜんしてへんし」
「俺なんか、この頃の授業は、ほとんど寝てるし、今から勉強やっても、もう無理やわ」
 そう言ってユンモの方を見た。
「めっちゃ落ち込んでたけど、モトタツと話してたら元気出てきた。ありがとう」
 二人は、いつのまにか、いつもの楽しい感じに戻って、笑いながら話していると三施駅に到着した。
 モトタツが、ユンモを改札口まで送ろうとした時、あの電話ボックスが目に入った。ユンモとのデートがバレた3日後に、ユンモにちゃんと想いを伝えようとして、もう一度会いたいと誘ったが、断られた時の電話ボックスだった。
 どちらが言い出すでもなく、二人は、その電話ボックスのそばにあるベンチに座った。
 ユンモは、二人で長電話をしていて、最後に、どちらが切ろうかとしても、なかなか切れなかった時のことを思い出していた。
 日が暮れて、あたりは暗くなっていた。月明かりが二人を照らしていた。
「この3、4ヶ月は、いろいろあったなぁ。でも、あと1週間で文化祭も終わる」
 モトタツがそう話すと、ユンモはふと寂しくなった。
「もう終わってしまうんやね、劇も。すごい長かったのに、なんかあっという間やった気がする」
「まぁ、ええ思い出になったよ、高校最後の夏は」
 モトタツは感慨深そうに言った。
 少し会話が途切れて、静かな時間が流れた。
 ユンモは、モトタツに伝えたかったけれど、ずっと言えてなかったことが、今なら言えると思った。
「映画に行った時、私、あんなこと言ってごめんね」
「そんなことないよ。ちゃんと言ってくれて良かったよ」
 ユンモは何も悪くない。モトタツは、デートの日に、楽しい時間を一緒に過ごしてくれたユンモに、お礼を言いたいくらいの気持ちだった。
「俺って、ライバルがいる方が燃えるタイプやから」
 モトタツは、そう言って笑った。
 ユンモは、あの日、モトタツに気になる人がいると言ったことをずっと責めてきた。けれど、モトタツが、そう言って、自分をかばってくれることが嬉しかった。
「あの後、もう一回誘ってくれたのに断っちゃったし、ほんとに」
 ユンモが、もう一度謝ろうとした時、その言葉をさえぎるように、モトタツは言った。
「あれは、俺が喫茶店で言えんかったことを、ちゃんと話そうと思っただけやし、そんなん電話でも言えたんやから」
 あの時、ユンモは、モトタツが話そうとしていたことを感じとっていた。だから、喫茶店で、モトタツが話す前に、他に本気になりそうな人がいると切り出した。もう一度、誘われた時にも、もし会えば、モトタツが、何を話すかもわかっていた。なので、誘いを断った。
 でも、今、モトタツが、自分のことをどう思っているのか、知りたいと思った。ただ、知りたかった。
「なんて言おうと思ってくれてたん?」
 そう言って、ユンモはモトタツを見た。
 ずっと伝えたかった想いだった。ずっと伝えられなかった言葉だった。もし伝えるなら、今しかない、そう思った。モトタツもユンモを見て答えた。
「好きやって言おうと思ってた」
 二人を包んでいた張り詰めた空気は、静かな夜に溶け込んでいった。
「ありがとう」
 ユンモはそう言うと照れくさくなって、モトタツを見れなくなった。
 伝えたかった言葉を話せたモトタツも、ユンモから視線を外した。関鉄の電車が通る音が聞こえて、モトタツは我に返った。
「明日も朝練やけど、何時に家を出なあかんの?」
「この頃は7時前の電車に乗ってる。また遅刻かって言われへんように」
 そう言ってユンモは笑った。
「ごめん、遅くなってもたね、もう帰らな」
 モトタツは、もう少し、このまま一緒にいたかった気持ちを振り払うように立ち上がって、ユンモと一緒に改札口がある階段の下まで歩いた。
「じゃあここで、また明日ね」
「気をつけてね、また明日」
 二人は手を振り合って別れた。家までの自転車は軽やかだった。けれど、家に帰ったモトタツは、夢から覚めたかのように現実に引き戻された。四人で交わした大切な約束を破ってしまった事実が大きくのしかかってきた。
 ユンモも、三施駅で電車に乗ってから家に着くまでに、モトタツに言わせてしまった自分を責めていた。まだ聞くんじゃなかった。文化祭まで二人に話さず、内緒にしておくこともできるかもしれない。でも、モトタツなら自分が悪かったんだと言うはずだ。そう思ったユンモは、帰ってすぐに電話した。
「あのね、私、」
「ユンモどうしたん?なんかあったん?」
 ノンノンは、モトタツがユンモを送っていく姿を見ながら、もしかしたら、という不安がよぎっていた。ユンモの電話の声を聞いて、その不安が的中したと思った。でも、ユンモが映画に行った時に話してくれた時のように、ユンモの話を最後まで聞いた。
「どうしようもないよ。話してくれてありがとう」
 モトタツだけが悪いわけじゃないと、ノンノンに伝えられたことで、ユンモは少し落ち着いた。
 ノンノンは、受話器を置いてから、モトタツはどうして言っちゃったんだろうとため息をついた。ユンモから事情は聞いたけれど「今じゃないよね」と肩を落とした。
 翌日のムカデ競走の朝練に、ユンモは遅れずに参加した。ノンノンを見つけると、駆け寄って、昨日はごめんねと謝った。ノンノンは、大丈夫と笑顔で答えた。
 そんな二人の姿を見て、モトタツは、ユンモがノンノンに伝えたんだろうと思った。一時限目の授業中に、メモを書いて、隣の席のリンちゃんから、前の席のノンノンに渡してもらった。「ゴメン、ユンモに告白してしまった」と書いていた。
 ノンノンは、メモにさっと目を通すと、表情一つ変えずにメモを書いた。リンちゃんを通して渡されたメモには「ホントにね。劇がんばろ」と書かれていた。

 信じていた明日は遠ざかった。四人で交わした約束は風の中に消えた

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