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外部環境への適応力ではなく、自己変革能力でレジリエンスを高める


 私は以前、
 
レジリエンスとは
 
「嫌なことがあっても折れない力」
 
だと思っていた。
 
上司が変わっても。
 
組織変更があっても。
 
理不尽な顧客が現れても。
 
何が起きても耐える力。
 
それがレジリエンスなのだと。
 
だから若い頃は、
 
ひたすら我慢した。
 
耐えた。
 
飲み込んだ。
 
空気を読んだ。
 
相手に合わせた。
 
しかし今振り返ると、
 
私はレジリエンスを勘違いしていたのだと思う。
 
本当に必要だったのは、
 
環境への適応能力ではなかった。
 
自己変革能力だった。
 
数年前のことだ。
 
私はあるプロジェクトで新しい上司の下についた。
 
その上司は非常に優秀だった。
 
判断も速い。
 
仕事もできる。
 
成果も出す。
 
会社からの評価も高かった。
 
ただ一つだけ問題があった。
 
コミュニケーションが厳しかった。
 
会議で質問をすると、
 
「それは資料を見れば分かるよね」
 
と言われる。
 
進捗が遅れると、
 
「なぜもっと早く相談しなかったの?」
 
と言われる。
 
もちろん人格否定ではない。
 
今なら理解できる。
 
ただ業務品質を高めたかっただけなのだ。
 
しかし当時の私は違った。
 
毎回傷ついた。
 
ある日の帰り道、
 
私は駅のホームで深いため息をついた。
 
「なぜあの人はあんな言い方をするのだろう」
 
「もっと優しく言えないのだろうか」
 
「上司が変われば楽になるのに」
 
そう考えていた。
 
だが数か月たっても何も変わらない。
 
当然だ。
 
相手は変わらないからだ。
 
その頃、
 
ある本を読んで衝撃を受けた。
 
そこにはこう書かれていた。
 
「あなたの苦しみは出来事から生まれているのではない。出来事の解釈から生まれている」
 
私は反発した。
 
そんなはずはない。
 
現に嫌なことを言われている。
 
苦しいものは苦しい。
 
しかし同時に思った。
 
もしそれが本当なら、
 
私は何を変えられるのだろう。
 
そこで私は実験を始めた。
 
上司を観察したのである。
 
すると意外なことに気づいた。
 
厳しく指摘された次の日、
 
別の部下には笑顔で話している。
 
若手の相談には時間をかけている。
 
顧客には驚くほど丁寧だ。
 
つまり、
 
私だけを攻撃していたわけではなかった。
 
私は、
 
「嫌われている」
 
と思い込んでいたのである。
 
ここで初めて分かった。
 
ストレスの半分は、
 
事実ではなく解釈だった。
 
上司は
 
「改善要求」
 
をしていた。
 
私は
 
「人格否定」
 
として受け取っていた。
 
もちろん上司の言い方に問題がなかったとは言わない。
 
しかし私の側にも、
 
解釈を変える余地があったのだ。
 
レジリエンスが高い人は、
 
環境に耐える人ではない。
 
解釈を更新できる人だと思う。
 
職場の人間関係で悩む人の多くは、
 
無意識に相手の変化を期待している。
 
もっと優しくなってほしい。
 
もっと話を聞いてほしい。
 
もっと理解してほしい。
 
しかし現実には、
 
他人を変えるのは難しい。
 
だから苦しくなる。
 
ある調査では、
 
ホワイト企業で働く人でさえ、
 
職場ストレスの最大要因は
 
人間関係だったという。
 
この結果は興味深い。
 
労働時間が短くても。
 
給与が高くても。
 
福利厚生が充実していても。
 
人間関係の悩みは消えない。
 
つまり、
 
職場環境を良くするだけでは
 
限界があるということだ。
 
私は思う。
 
レジリエンスとは、
 
環境適応能力ではない。
 
環境再解釈能力である。
 
例えば、
 
「相談できる人がいない」
 
ならどうするか。
 
以前の私は、
 
「相談できる人が現れるのを待つ」
 
だった。
 
今は違う。
 
自分から一人に声をかける。
 
ランチに誘う。
 
雑談する。
 
小さな接点を作る。
 
つまり環境を待たない。
 
自分が先に変わる。
 
「コミュニケーションが不足している」
 
も同じだ。
 
以前は
 
「話しかけにくい雰囲気だ」
 
と思っていた。
 
今は、
 
「私は何回話しかけただろう」
 
と考える。
 
相手の問題ではなく、
 
自分の行動に焦点を当てる。
 
すると不思議なことに、
 
状況が少しずつ変わり始める。
 
レジリエンスが低い人は、
 
コントロールできないものに意識を向ける。
 
上司。
 
組織。
 
景気。
 
会社。
 
評価制度。
 
他人の感情。
 
しかし、
 
それらはほとんど変えられない。
 
一方、
 
レジリエンスが高い人は、
 
コントロールできるものに集中する。
 
自分の行動。
 
自分の解釈。
 
自分の学習。
 
自分の反応。
 
自分の選択。
 
私は五十代になって思う。
 
人生後半になるほど、
 
環境は変えにくくなる。
 
会社も。
 
上司も。
 
制度も。
 
簡単には変わらない。
 
だからこそ必要なのは、
 
環境への適応力ではなく、
 
自己変革能力なのだ。
 
もちろん、
 
我慢し続けろと言いたいのではない。
 
人事へ相談する。
 
異動を願い出る。
 
転職を考える。
 
それも立派な選択だ。
 
しかしそれらを選ぶ時ですら、
 
自分自身の見方や考え方が変わっていなければ、
 
次の環境でも同じ問題に出会う可能性がある。
 
だから私は最近、
 
嫌なことが起きたとき、
 
こう自問するようにしている。
 
「相手を変える前に、自分は何を変えられるだろう」
 
すると少しだけ心が軽くなる。
 
職場のレジリエンスとは、
 
折れない心ではない。
 
何度でも自分をアップデートできる心だ。
 
環境に合わせて無理やり自分を曲げることではない。
 
目の前の出来事から学び、
 
自分自身の考え方や行動を進化させ続けることである。
 
他人は変わらない。
 
環境も簡単には変わらない。
 
だからこそ、
 
変えられる唯一の存在である自分を育て続ける。
 
それが私のたどり着いたレジリエンスの正体だ。
 
そして人生で起こる多くのストレスに対する、最も現実的で強い戦い方なのだと思う。
 
 
― 完 ―

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