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「私の身に起きたこと」を読みました。

 昨日も定期検診で病院に行きました。
 今回も、検査の結果が出るまで時間があるので、薄い本を1冊持っていきました。相当前に買ったか、貰ったかの本で、薄いマンガ本なのに、今まで読まないでいたものです。 

 少し前に、本箱を整理して、「えっ、これって、こんなに薄いマンガの本だったのか、近いうちに目を通してみよう」と、その時に、手の届きやすい所にポンと置いていたものです。
 だから、昨日、出かける前にポイとバッグに入れました。

ただ、病院ではやっぱり読まずに、早い昼軽食をして帰ってきました。


 流石に、せっかく読もうと思って持っていったのだからと、帰ってきてから「私の身に起きたこと」に目を通してみて、その内容に衝撃を受けました。なぜ早く読まなかったのか、手に入れてから数年は経っています。
 (出版日は、2019年8月31日です)

 もちろん、この内容は、部分、部分は、NHKのドキュメンタリーやyoutubeや 旧ツイッターなどで、何回か見たことのある内容です。
 けれど、簡潔で、マンガで、分かりやすく描かれているのは、簡潔ゆえに、読む人に強烈な印象を与える力があると思いました。

 私は、この本をもっと早く読まなかったことに申し訳なさを感じ、世界の価値観が混乱する今だからこそ、他人事でなく一人一人の心に訴えてくる力があると思いました。
それで、今回、この本を紹介したいと思いました。

 既に読んでいる人も多いと思いますが、まだの人、もう一度内容を確認したい人、そして、今の日本周辺のことに関心のある人に読んでいただきたい。だから、ここに、絵と文章を載せることにしました。

(著作権問題は大丈夫と思うけれど、ダメだったら、あとで、大幅に削除したいと思います。)

 以下は、その内容です。

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2017年以降よりまだ、少しはましだった頃の話です。

私は29歳、ウイグル人です。
5年前エジプトで結婚し三つ子を授かり幸せでした。

2015年祖父母に孫を見せ、子育てを手伝ってもらうため
ウルムチの空港に到着した時、当局に拘束されました。

生後45日の赤ん坊も連れていかれました。
犯罪を犯した覚えなどもちろんありません。

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執拗な尋問
電気棒などで拷問を受け続け
ある日
子どもが病気だからと釈放され、ガラス越しで会うことができたものの
翌日
息子の亡骸を渡されました。
三人の中で一番大きく生まれ、一番元気だった男の子でした。

何故か三人とも首の右側に手術の跡があり、聞くと栄養を取るためチューブを入れたとか、詳しくはよく教えてくれませんでした。

実家に戻り働いていたら当局から電話があり。
「出頭しなければおまを指名手配する」
仕方なく出向くとまた拘束されました。

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「なぜ外国に行った!?」
「外国で誰と会ったか言え!」

三日三晩寝ることも許されず尋問され、
十数人の警官から暴力を振るわれ
拷問がつらくてつい「・・神よ・・」と言ってしまいました。
すると、
「おまえの神が我々より強いのなら、今のこのおまえを救ってみろ!」

もう・・わたしを・・殺して・・

「そう簡単に死なせるわけにいかない。」

私はどうすれば自殺できるのか考え続けました。
ずっと、見張られていて方法がなかった。

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部屋は4時間、電気がついていて、四隅に監視カメラがありました。
そこに50人以上が入れられ、寝る場所もないほどなので、
二時間おきに、交代で横になっていました。

昼間は皆で当局の主席の長生きを祈り
共産党体制を賛美する歌を歌いました。

毎日、人によっては種類の違う正体不明の薬を飲まされ
注射を打たれました。
注射をした後は赤く腫れて、一週間くらいは身体がとてもだるく
記憶が断片的になっていきました。

部屋からは常に数人が呼び出されいなくなり
また新たに補充されます。
隣の部屋からは、
悲鳴、殴られる音、
足から引きずられる音が聞こえていました。

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三か月、出血が続き、亡くなった女性もいました。

私は気づいたら精神病院にいて、
実家に帰ることができましたが、
当局の職員が二名、ぴったりと付いてきて
自宅に寝泊まりし、私たちの出す食事をして
外出する時も常についてきました。
だから本当のことはなにひとつ
両親にすら伝えられなかったのです。

間もなく三度目の逮捕をされました。
今度はオレンジの服を着せられ
「おまえは無期懲役か死刑だから、覚悟しておけ」

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警察から
「もうおまえは死ぬのだから、旦那と子供にメッセージを残せ。
届けてやるから、旦那と子供の住所を教えろ」と言われました。

ところが子供たちの国籍がエジプトだったので、
エジプト政府から、なぜ子供が親と一緒にいないのかと問い合わせされ
私は子供をエジプトまで送り届けることが許されました。

しかし、当局は私の親族26人を拘束してこう言いました。
「二か月以内に戻って来い、そしたら、親族を解放してやる」

「この三年間、どうして私はこんな酷い目にあったのか」
「理由は何ですか?」

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「それは、お前が、ウイグル人だからだ」

エジプトに着いたら、夫が行方不明になっていました。
夫は私がいなくなったので、探しに帰って、
同じように空港で拘束され、懲役16年の刑になったと
人づてに聞きました。

当局は、エジプトに何度も電話を電話をかけてきて、
「あなたのことは、拘束しません、キャリアに見合った仕事も与えますから、帰ってきなさい」

・・・親族とは縁を切りました・・・

エジプトでも嫌がらせに合い
そのうち、ウイグル人の強制送還がされるようになったので、
私は、アメリカに助けを求めました。

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アメリカは、「あなたたちのことは、アメリカが守る」と言ってくれ、
とても良くしてくれました。
おかげで今は、アメリカで暮らすことができています。

でも、
アメリカにいても、夜中にインターホンを鳴らされたり、
チャイニーズに車で追いかけられたり、
スーパーで尾行されたり、
アメリカでも、三度、引っ越しをせざるを得ませんでした。

病院で診察を受けた時、
「あなたは90%子供の産めない身体になっています」と
言われました。
収容所で飲まされた薬や注射は、妊娠しないための薬だったようです。

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何をしても、もう死んだ息子は生き返りません。
だから、私は証言します。
私の名は、ミフリグル・トゥルソン。

お願いします。

どうか、私たち、ウイグル人について知ってください。
そして、この話を
あなたのまわりの誰かに、
伝えてくださいませんか。

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 小冊子を手に取って
ご覧いただきありがとうございます。
このお話は中国の新疆ウイグル自治区で
今も起きていることのほんの一部です。
貴重な彼女らの命がけの証言を
ひとりでも多くの方に伝えたいと思い描きました。
   清水ともみ

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こういう現実があることをまず知って、
私たちは考えなければいけないと思いました。


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