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30代の私は、少し無理をしていた。

「癒されたい〜。」

30代の頃、私はよくそんなことを言っていました。

友達と話しているときも。
仕事が終わったときも。

たぶん、深い意味はありませんでした。

「疲れた〜」くらいの、ちょっとした口癖だったのだと思います。

でも45歳になった今、あの頃の自分を振り返ってみると、少し違って見えます。

あれはもしかすると、自分でも気づいていなかった心の声だったのかもしれません。

30代の私は、少し無理をしていました。

正確には、無理をしていることにさえ、気づいていませんでした。


頑張ることが、普通だった

28歳から30代前半にかけて、仕事では店長をしていました。

転勤も二度経験しました。

残業するのは当たり前。

休みの日にも、仕事の連絡が来る。

店舗の数字を追いながら、スタッフ同士の人間関係にも気を配る。

シフトを作るときには、休み希望が重ならないように調整する。

誰かが休めば、どうやって店舗を回すかを考える。

自分自身の体調管理も、仕事の一部だと思っていました。

だから、休むことには罪悪感がありました。

今なら、

「いや、よくやっていたな。」

と思います。笑

でも当時の私は、それを特別なことだとは思っていませんでした。

むしろ、

「できないことを、どうしたらできるようになるんだろう。」

そんなことばかり考えていました。

目の前に課題があれば、克服したい。

働いている時間を充実させたい。

そのためには、結果を出したい。

そして何より、任された仕事は、きちんとやりたかった。

もともと完璧主義なところもあったので、任されたからには中途半端にしたくない。

店舗の予算は、絶対にクリアしたい。

数字が届いていなければ、何ができるのかを考える。

目の前に課題が現れるたび、それを一つずつクリアすることに、全力を注いでいました。


休日まで、自分に喝を入れていた

もちろん、仕事だけをしていたわけではありません。

休日は遅くまで寝たり、友達と飲みに行ったり。

夕方頃から本屋へ行って、そのあとカフェで買ったばかりの本を読むのも好きでした。

ただ、手に取るのは、自己啓発や仕事に関する本が多かったように思います。

本を読みながら、

「明日から、これをやってみよう。」

「ここを変えれば、もっと良くなるかもしれない。」

そんなふうに考える。

休日なのに、結局また仕事のことを考えて、自分に喝を入れていました。

今思えば、なかなか熱量があります。笑

出張があれば、空いた時間にその土地を観光することもありました。

知らない街を歩く時間は、いい息抜きになっていました。

恋愛はというと、特に好きな人もできず。

振り返ってみても、30代前半の記憶は、圧倒的に仕事のことが多いのです。

店のこと。

スタッフのこと。

数字のこと。

次にどうしたら、もっと良くなるのか。

あの頃の私は、仕事と自分の人生を、ほとんど分けていなかったのかもしれません。

それでも、「仕事ばかりの人生だ」とは思っていませんでした。

それが、私にとっての普通だったからです。


28歳で、初めて自分の限界を知った

そんな私が28歳のとき、1か月半ほど入院することになりました。

転勤先で働いていた頃でした。

それまでの私は、どこかで自分のことを「頑張れる人」だと思っていたのだと思います。

多少しんどくても大丈夫。

大変なことがあっても乗り越えられる。

仕事は簡単に休むものではない。

そう思っていました。

でも、入院したら当然、仕事には行けません。

私がいなくても、お店は開きます。

仕事は進んでいきます。

会社も、ちゃんと回っていきます。

当たり前のことなのですが、それを初めて身をもって知りました。

私がいなくても、会社は回るんだ。

そしてもう一つ。

私は、自分が思っているほど強くないのかもしれない。

そのことにも、初めて気づきました。

でも当時の私にとって、それを認めることは意外と難しいことでした。

私はずっと、自立した女性に憧れていました。

自分で働いて。

自分で稼いで。

自分のことは、自分でなんとかできる。

そんな強い女性になりたいと思っていました。

だから、「私はそんなに強くない」と認めることは、どこか負けたような気がしたのかもしれません。

今なら、強さと無理をすることは、まったく別のものだと分かります。

でも、あの頃はまだ分かりませんでした。


それでも、すぐには変われなかった

入院をきっかけに、地元へ戻ることにしました。

ただ、会社を辞めたわけではありません。

同じ会社で、また働き始めました。

一度限界を知ったのだから、そこから働き方を大きく変えた――。

……と言えたら、とてもきれいな話なのですが。

実際は、そんなに簡単ではありませんでした。笑

また仕事を頑張りました。

目の前に課題があれば、どうしたら解決できるのかを考える。

数字が悪ければ、次はどうするか。

うまくいかなければ、振り返る。

そして、また試す。

それを何度も繰り返していました。

たぶん私は、立ち止まってしまったら、

「本当は、もうこんなに頑張りたくない。」

という気持ちに気づいてしまうのが、少し怖かったのかもしれません。

だから、目の前の課題を解決することに集中していた。

その方が、考えなくて済んだから。

今になって、そんなふうにも思います。


自分が何をしたいかは、心の底に置いたままだった

今振り返ると、私は仕事そのものが嫌だったわけではないのだと思います。

むしろ、仕事にはかなり真剣でした。

任されたからには、きちんとやりたい。

予算は達成したい。

できなかったことは、次にはできるようになりたい。

昨日より今日。

今日より明日。

少しでも成長していたい。

だからこそ、長く続けられたのだと思います。

ただ、その頃の私には、一つだけ後回しにしていたものがありました。

「私は、本当は何をしたいんだろう。」

ということです。

考えていなかったわけではありません。

もっと自由に働けたらいいな。

好きなことを仕事にできたらいいな。

自分の時間を、もっと自由に使えたらいいな。

そんな気持ちは、ずっと心のどこかにありました。

でも、それは「いつか考えること」。

今すぐ向き合うことではありませんでした。

まずは目の前の仕事をちゃんとやる。

任されたことを完璧にする。

予算を達成する。

次の課題を克服する。

自分が本当にやりたいことは、心の底にそっと置いておく。

そんな感じだったのだと思います。

もしかすると、そこをあまり深く考えないようにしていたのかもしれません。

本当に向き合ってしまったら、今までと同じようには働けなくなる気がしていたから。


半年ごとに「辞めたい」と思っていた

30代になってからも、何度も「会社を辞めたい」と思いました。

感覚としては、半年に一度くらい。笑

でも、そのたびに何かが変わりました。

上司が変わる。

環境が少し変わる。

仕事が少し面白くなる。

すると、

「もう少し頑張ってみようかな。」

と思う。

そして、しばらくするとまた、

「やっぱり辞めたい。」

と思う。

その繰り返しでした。

今振り返ると、辞めたいと思うたびに、私は「まだ頑張れる理由」を探していたのかもしれません。

そして35歳の頃。

仕事で理不尽なことを言われて、悔しくて泣いたことがありました。

数字を追い続けることにも、疲れていました。

いろいろなことが重なって、

「もう、いいかな。」

と思うようになりました。


35歳の私に刺さった、一枚のポスター


35歳の頃、この言葉がなぜか強く心に残りました。

ちょうど会社を辞めることになる年、この一枚のポスターに強く惹かれたことを覚えています。

そこには、人生や仕事、自分の好きなことについて、たくさんの言葉が並んでいました。

その言葉を見たとき、なぜかものすごく心に響きました。

今なら、その理由が少し分かる気がします。

そこに書かれていたことが、新しかったからではありません。

たぶん、自分の中にずっとあった気持ちを、代わりに言葉にしてもらったからだったのだと思います。

仕事では毎日、

「どうしたら予算を達成できるだろう。」

と考えていました。

「どうしたら、この店舗をもっと良くできるだろう。」

「どうしたら、自分はもっと成長できるだろう。」

そんな問いには、一生懸命答えようとしていました。

でも、

「私は、どう生きたいんだろう。」

という問いだけは、ずっと後回しにしていました。

35歳になった頃、その問いがようやく、心の底から浮かび上がってきたのかもしれません。

目の前の仕事を完璧にすることも大切。

期待に応えることも、結果を出すことも大切。

でも、それだけで人生が終わってしまったら。

私は、本当にそれでいいんだろうか。

35歳。

自分の中では、一つの区切りの年齢でもありました。

そして私は、ようやく転職することを決めました。


それでも、あの頃を否定したくはない

ここまで書くと、

「あんなに無理をしなければよかった。」

と思っているように見えるかもしれません。

でも、不思議とそうではありません。

むしろ今は、

あの頃の私、本当によく頑張ったな。

と思っています。

あれほど仕事に没頭した時間は、今の私にはもうできない気がします。笑

そして、あの時間があったから身についたものも、たくさんあります。

仕事ではいつも、計画を立てて、実行して、振り返る。

うまくいかなければ、何が原因だったのかを考える。

そして、次はどうするかを決める。

Plan・Do・See

それを何度も繰り返しました。

目の前だけではなく、少し先を見て動くこと。

問題が起きてから慌てるのではなく、起きそうなことを考えて準備しておくこと。

引き継ぎをきちんとしておくこと。

自分が休みの日に連絡が来ないように、必要なことを先回りして伝えておくこと。

人をまとめることも、決して得意ではありませんでした。

それでも、苦手だったリーダーという立場を経験したことで、人を支えることや、全体を見ることも覚えました。

あの頃の私は、仕事をしながら、ずいぶんたくさんのことを身につけていたのだと思います。

ただ、もう一度同じことをやりたいかと聞かれたら、

たぶん、やりません。笑


「癒されたい」の意味が、今なら分かる

30代の私がよく言っていた、

「癒されたい〜。」

という言葉。

当時は、ただの口癖だと思っていました。

でも今なら、少し分かります。

たぶん私は、疲れていたのだと思います。

仕事を辞めたいほど疲れている。

休まなければいけないほど無理をしている。

そんなふうには、まだ認められなかった。

だから、「癒されたい」という柔らかい言葉にして、自分の外へ出していたのかもしれません。

本当の気持ちに気づいてしまったら、もう同じようには頑張れなかった気もします。

だから、気づかないように蓋をしていたのかもしれません。笑

そのときの自分が生きていくために、まだ見なくていいものには、そっと蓋をしていることがある。

そして少し余裕ができた頃に、

「あの頃、本当はしんどかったんだな。」

と気づく。

私にとって30代は、そんな時間だったように思います。


45歳の私から、あの頃の私へ

もし今、30代の私に会えるなら。

働き方を変えなさい、とも。

もっと休みなさい、とも。

会社を辞めなさい、とも言わない気がします。

たぶん、ただ一言。

「ほんとによく頑張ったよ。」

と言ってあげたいです。

あの頃の私は、そのときの自分なりに、本気で生きていました。

できないことを、できるようになりたかった。

任された仕事を、ちゃんとやりたかった。

自分なりに結果を出したかった。

その熱量があったから、今の私があります。

30代の私は、目の前の仕事をどうすればもっと良くできるのかを、ずっと考えていました。

45歳になった今は、それと同じくらい、

「私は、どう生きたいんだろう。」

と考えるようになりました。

あの頃、心の底にそっと置いていたものを、今はちゃんと自分の目の前に置いて考えています。

できないことを全部克服するより、自分が得意なことを深めたい。

限界まで頑張ってから休むのではなく、限界になる前に休みたい。

仕事を充実させることと同じくらい、仕事以外の時間も大切にしたい。

そして、自分がやってみたいと思ったことに、少しずつ時間を使ってみたい。

昔の自分を否定するのではなく、

あの頃の頑張り方は、もう卒業してもいい。

今は、そんなふうに思っています。

30代の私は、少し無理をしていました。

でも、そのことに気づけたのは、ずっと後になってからでした。

だから今は、

「疲れた。」

「一人になりたい。」

「今日は休みたい。」

「本当は、こっちが好き。」

そんな小さな声が聞こえたとき、まずは、

「そうなんだね。」

と認めてあげられる自分でいたい。

30代の私が、あれだけ頑張ってくれたのだから。

これからは、その経験を持ったまま、もう少し自分に合った歩き方を選んでもいい。

45歳の今は、そう思っています。


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