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【ファンタジー小説部門】ぜんぶ、佐野くんのせい(第17話)#創作大賞2024


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第五章 ベルとアンナ

 総合図書館前の停留所でバスを降りると、道を挟んだ向かい側の自販機の前に、丈太郎が立っていた。いつもの黒縁眼鏡に伸び切った癖っ毛。白のTシャツにスポーツブランドの黒いスウェットパンツ。

 浅黒い肌のせいなのか、一本軸が通ったような姿勢のせいなのか、どこか日本人離れして見える。もしかしたら遠い祖先に南国の血が入っているのかもしれない。

 片桐が「丈太郎!」と呼ぶと、丈太郎はスマホから顔を上げて手を振ってきた。
「先輩、バスあと一分で来ます!」
「本当に?」
片桐は慌てて歩道橋を渡る。丈太郎が早く早く! と急き立てる。階段を降りて程なくしてバスがやってきた。

「間に合いましたね」
息を切らしている片桐に近づいてきて、丈太郎はイタズラっぽい笑みを浮かべた。
「うん」
言いながら、開いた扉からバスに乗る。少しだけ今来た道を戻る形になるが、途中から左に折れ、バスは古い住宅街の広がるエリアに進んでいく。

 乗っているのは二人の他に、年配の客数人だけだった。なんとなく会話をするのが憚られ、二人はワイヤレスイヤフォンで各々音楽を聴いてやり過ごす。最終地点の営業所まで行き、そこで降りる。
「ここから歩いて十分くらいです」
「すぐだね」
向かうのは丈太郎の祖父、冨次の家だ。

 一週間前、公園で自分の特殊能力のことや、それによって被った人間不信のことを告白してから、二人の距離は急速に縮まった。

 最初のうちは丈太郎の照れがひどく、ことあるごとに「先輩は繊細だから」とか「すぐ泣いちゃうからな〜」と、こちらをからかうようなことばかり言っていたが、片桐が相手にしていないと分かるとすぐにやめた。

 祖父の家に心を閉ざしている犬がいるから、先輩にも協力してほしいと言われたとき、片桐は二つ返事でオーケーした。丈太郎はユキネちゃんのときのような展開を期待しているようだが、正直に言うと、協力と言っても何をどうしたらよいのか分からなかった。

 人間に憑いている霊や死神の類なら分かる。だが、その犬は冨次に保護されて間もないらしい。冨次の背後や家自体というより、どちらかと言ったら保護以前のなんらかのトラウマが心を閉ざしている理由かもしれない。

 不安はあったが、丈太郎に自分の霊視能力を頼られていると思うと、なんだか嬉しかった。

「ここです」
丈太郎が指差した家は赤い屋根の古い二階建て木造家屋だった。今は冨次が迷い犬と二人で暮らしているらしい。昔はおばあちゃんもいて、正月には外国に住んでいる叔父さんも戻ってきたりして結構賑やかだったんですけどね。俺も高校生になってからほとんど来なくなったし、ちょっと反省してます、とここに来るまでの道中で丈太郎は言っていた。

 インターフォンも押さずに、丈太郎は玄関ドアを開けた。施錠されていない。田舎ではよくある光景だが、やや不用心な気もする。

「おじいちゃん。来たよ!」
丈太郎が声を上げると、やや間を置いて「おう! ジョウくん来たか」と声が返ってきた。
「うん、来たよ。上がるね!」
丈太郎は冨次が現れるのを待たずに靴を脱ぎ始めた。
「先輩も上がってください」
言われるがまま、片桐も靴を脱いで玄関に揃える。その様子をなぜか丈太郎は満足げに見ている。少し居心地悪い。

「ねえ、ジンはどこ?」
手拭いで手を拭きながら現れた冨次に、丈太郎は尋ねる。片桐は「こんにちは」と言って頭を下げた。
「そこにいるよ」
ちょこんと頭を下げ返しながら、冨次は玄関を入ってすぐ横にある小部屋を指差した。

 引き戸を開けてそっと中を覗くと、大きな白い犬が横たわり、首だけこちらに向けていた。近くにレトロなデザインの籐編みのカゴが置いてある。中には年季の入った座布団が敷いてあった。どうやら犬用に寝床を作ってやったらしい。しかし、犬はそこには入らず、畳の上にいた。

「この犬です」
丈太郎はなぜか声を潜める。
「すごい迫力だね」
片桐は思ったままに言った。大型犬を見ること自体が初めてというのもあるが、それ以上に、賢そうな瞳と純白の被毛の美しさに圧倒された。

「で、ちょっとプライドが高そう」
「ですよね。俺をバカ認定してるのか知らないけど、少しも相手にしてくれないんですよ」
丈太郎が拗ねたように言うと、冨次が横でハハハと笑った。

 片桐は思わずのけ反った。冨次を改めてよく見てみると、丈太郎以上に光の膜が大きく分厚い。なるほど、家系的なものなのか。っていうか、こういうエネルギーみたいなものも遺伝するんだ? 初めて知った。

「あ、おじいちゃん。団子買ってきたよ。あとで食べて」
言いながら、丈太郎はリュックから紙包みを取り出す。
「おう、ありがとう」冨次は団子を受け取ると「今きゅうりの漬物を切ってみたんだ。よく漬かってるからジョウくんとお友達もちょっと食べてみてくれないか?」と言った。

 うん、食べる食べる! と丈太郎は小学生のようにはしゃぐ。二人の織りなす光のハーモニーは見ていて楽しい。もちろんそれを知っているのは自分だけだが。

 居間で冨次の漬けたきゅうりのパリパリ漬けと、ペットボトルのお茶をいただく。座卓の上には飲み物を常備しているらしく、二人に渡したペットボトルの空いた場所に、冨次は後ろの茶箪笥から取りだした缶入りのスポーツドリンクを補充した。

「おじいちゃん、すっかりジンを手懐けてるね」
口の中をパリポリさせながら丈太郎が言った。
「もう一ヶ月半も一緒にいるからなぁ」
冨次は困ったように笑う。
「でも、せっかく寝床作ってやったのに全然あそこでは寝てくれない」
「さっきのカゴ?」
「うん。ジョウくんの母さんや富雄叔父さんが赤ん坊の頃に使ってたやつなんだがなぁ。まだ倉庫に取ってあったんだよ。古い匂いでも付いてて嫌なのかもしれんな」
ちょっと寂しそうにへへッと笑う。

「そう言えば、またジンのこと洗った?」
片桐が一切れ二切れ食べているうちに、残りのパリパリ漬けは瞬く間に丈太郎の口の奥に消えてゆく。
「洗ってない。恒子さんがトリがなんとかっていうところに連れて行かなきゃダメだって言うもんだから、そこには何回か行ってる」
「トリマーね。っていうか、そんなに頻繁に行かなくてもいいんじゃない? ジンのストレスになっちゃうよ」

「そうなのか?」
「ですよね? 先輩」
「いや、僕はよく分からないけど……」
 座卓の下で太ももをつねられる。
「......! そ、そうですね。犬はストレスかも」
こいつ、本気でつねった! あとでやり返す! 絶対に。


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