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【ファンタジー小説部門】ぜんぶ、佐野くんのせい(第5話)#創作大賞2024


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「とにかく、確実に犬の心の声が聞こえたのが昨日のおじいちゃんちでのできごと。でも、俺的にはあのミニピンの子犬を保護したときに、すでに異変は感じてたんだよ」
丈太郎が深刻ぶって表情をかげらせると、佐野はカップに残っていた氷を口の中でバリバリ砕きながら「それで?」と続きを促した。

「まあ、ミニピンのときはさ、SNSの迷子情報がうちの近所だってことが分かってたからそれとなく気は巡らしてたけど……」
「うんうん」
「まさか人ん家の敷地内に繋がれているなんて思わないだろ。でも、俺は導かれるようにあの家の前に立ってた」
「うん、あの家ね」
「おかしな感覚ってのは特になかったな……。まあ強いて言えば、あの家に近づくにつれて頭ン中が空っぽになっていくような、感情がスーッと消えていくような、そんな感じはあったかも。でも、これだってあとから思い返して無理やりそういうもんに仕立て上げているだけかもしれないし、なんとも言えない」
「で、俺を呼び出したのね」
「そう」
丈太郎は敷地内に繋がれているミニチュアピンシャーに気づいたとき、ミニチュアピンシャーのほうでも丈太郎に気づいたのが分かった。

 あっ! と思って身を乗り出すと、ミニチュアピンシャーはその場で落ち付きなく足踏みし、不安そうに眉間にシワを寄せた。

 まばたきをするたびに、不穏ななにかが身体の中に流れ込んでくるような気がした。けれど、このときの丈太郎はそれを不思議とは思わなかった。というより、自分でもよく分からない心のざわめきを、なにかしらの動物的な感覚器官で察知しているのだろうと思っていた。

 他人の家を盗撮するわけにもいかないし、一人で訪問する度胸もなく、丈太郎はスマホで佐野を呼び出した。
「あのおばあさんが良識のある人でよかったよ」
丈太郎は四日前の出来事を思い出しながら、しみじみと言った。

そうでなくても、見慣れぬ男子高生二人組が訪問してくるなんて、一人暮らしの老人には不安しかなかっただろう。なのに、丈太郎が誤解を与えないようにと発する言葉を選んでいる横で、佐野がストレートに言葉を投げた。

「この犬、あなたの犬ですか?」違うだろ佐野君! ここは丁寧に、お忙しいところ申し訳ありません。不躾なことをお聞きしますが、先日この犬と同じ犬種が迷子になりまして。この近くで似たような犬をみかけませんでしたか? って遠回しに尋ねるんだよ!

 普段から表情も語彙力も乏しい佐野は案の定誤解を与え、老婆の顔が見る見る引きつっていった。どういう意味? と言葉を投げ捨てる老婆に、丈太郎が一から事の顛末を説明した。

 なんとか老婆は話を理解し、リードを付けたミニチュアピンシャーをゲートボール場で保護したこと、見つけたのは自分だけじゃなく、ゲートボール仲間数人も一緒だったこと、自分が代表で面倒を見ることになったが、迷子犬預かってますのチラシは仲間みんなで作っていることを教えてくれた。

 丈太郎は佐野の失態の埋め合わせをしようと、大げさなくらい叙情的に感謝の言葉を連ねたが、佐野が「じゃあ盗んだわけじゃないんだね」と薄ら笑みを浮かべたせいで、すべてが台無しになった。

 怒り狂う老婆をどうにかなだめ、ミニチュアピンシャーの飼い主にSNSのDМで事情を説明し、老婆とつなげるまでに一時間は要したと思う。

 ドッと疲れが増して、なんで佐野くんなんて呼んたんだろうと数時間前の自分へのダメだしが止まらなかったが、一方で、傍らに佐野が当たり前にいないと落ち着かない自分にも気づいて、丈太郎は苦笑いしたのだった。

「あのミニピン、まだ赤ちゃんあがりって感じだっただろ? もう少し大きかったら、もしかしたら声として聞こえたのかもしれない。なんかさ、穏やかじゃない感情のようなものが、俺の身体に流れ込んでくるような変な感じがしたんだよ」
「じゃあ、おまえはあの子犬に変な魔力みたいなのを身体に流し込まれたってことか」
「う、うん……」
ちょっと違うような気もしたが、丈太郎はそれ以外に思いつかなくて、ためらいながらうなずいた。

 すっかり氷まで食べつくしたハーブティーのカップをクシャッと握り潰し、佐野は鼻で笑った。
「笑うな!」
「だって、あんなちいちゃな赤ちゃん犬に呪いをかけられたんだろ? あ・か・ちゃ・ん・イ・ヌ・に」
うるさい! と丈太郎はほとんど飲んでいないハーブティーの中身を佐野にかけた。
「ああっ! もったいねー」
濡れたズボンの裾を手で払いながら、佐野は丈太郎からハーブティーを奪い取る。

「俺、それあんまり好きじゃないから別にいらねえよ!」
 本当に、なにがおいしいんだか分からないハーブティーを手放せて心からホッとしていたが、いざ口に出して言うと負け惜しみみたいに聞こえて気分が悪かった。

 動物の声が聞こえるようになった発端が子犬の保護にあると思っている丈太郎が、実際はその一ヵ月前、市民公園のトイレで額を強打し、そのあととどめとばかりに佐野に指の腹で叩かれたことがきっかけだと知ったら、きっと「いつだって問題を運んでくるのはお前だな!」と突っ込まずにはいられなかっただろう。

 しかし、子犬を保護するまでの間、丈太郎には動物との接触が一度もなかった。よって、自分に開花した能力に気づくタイミングはこの日まで皆無だった。

 人生はなにが起こるか分からない。特殊能力が花開くきっかけなど、案外しょうもない理由だったりする。精神を極限まで鍛えて己の内面と向き合い、血のにじむような努力の果てに能力を手に入れる場合もあれば、自分たちのことしか見えていない小学生のくだらない口論に巻き込まれて図らずも頭に衝撃を受け、蜘蛛の糸一つで繋がっていた平凡な生活を、幼馴染の配慮のない暴力で切ってしまうこともある。

 だが、二人の中では、サードアイが開いたきっかけは最初から最後まであのミニチュアピンシャーの意図ということになり、あんな赤ちゃん犬がどうしてそんな能力を丈太郎に伝授したかについては別にどうでもよかった。

 ただ単に「優しくて心が大海原だったから選ばれた」もしくはミニチュアピンシャー自体がこの世界の形而上的ななんらかのスポットであり、丈太郎の性質とタイミングよく符合したくらいの認識だった。


#創作大賞2024
#ファンタジー小説部門


★第6話


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