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【ファンタジー小説部門】ぜんぶ、佐野くんのせい(第6話)#創作大賞2024

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第二章 写真部部長片桐紘也

 写真部部長の片桐紘也は思い悩んでいた。写真部期待の星、小芝井丈太郎と、毎日部室に顔を出すのに写真部でもなんでもない佐野悠利が、わざわざ言葉にして伝えるべきではないことをなんのためらいもなく公言して回っていた。

 いや、正確には小芝井のほうには躊躇があったと思う。ただ、佐野の声が強すぎて完全に飲み込まれてしまっている。

 二人が言っていることは、ほとんどの生徒には受け入れられていない。バカな二年生男子が思春期特有の自己顕示欲を誇示して調子に乗っている、くらいの冷ややかな捉えられかただった。しかし、一部の生徒、とくに女子には熱狂的に受け入れられた。

 なんでも、小芝井が動物の心の声が聞こえるようになったらしい。たしかに、小芝井を取り巻いていたキラキラと明るい光の膜のようなものが以前にも増して分厚くなったことを考えると、そのくらいの特殊能力が芽生えてもおかしくはない。

 あれはおよそ二ヶ月ほど前、小芝井が公園のトイレで額を負傷した直後のことだった。腫れ上がった部分からあまりにも滔々と光の膜が外側に漏れ出しているので、片桐は気が気ではなかった。

 H高の山本さんの話で興奮している小芝井をどうにか落ち着かせ、佐野に家まで送らせた。

 翌日には、額から溢れた光は半径三メートルにまで膨張していた。このままいったら、やがて小芝井は身体がしぼんでこの世界から消失してしまうんじゃないかと、片桐は本気で心配した。

 だが、後輩にそれを知らせる勇気はなかった。こういうこと───身体を覆っている光が見えるとか、幽霊が見えるとか、不調な部分が淀んで見えるとか───は、あまり他人におおやけにすべきではないと思っている。

 イタいヤツと思われるのが関の山だし、自分に起こる様々な現象に意味付けをして思考が固まってしまうことを恐れていた。つまり、自分にしか分からない現象を断定的な物言いで他人にも信じ込ませるようなことをだ。

 幸いにも、小芝井の光の膜はある程度のところで安定した。普段から人を惹きつける不思議な魅力のある後輩ではあったが、光の膜が以前にも増して大きく分厚くなったことで、歩くパワースポットと化していた。

 自分の家で飼っているペットの気持ちを聞いてほしい! と依頼する女子生徒は、交流後───と言っていいのかどうかは分からないけれど───確実に小芝井の心酔者になる。

 だからこそ心配だった。今は動物との交流をおそらく「チヤホヤされたい」だけの理由で引き受けているが、小芝井の横には悪知恵の働く佐野悠利がいる。小芝井の特殊能力に金銭を絡めるようになったら? 欲が絡んできたら、あの常人離れした光の膜はどうなるのだろう?

「先輩、一番乗りですね」
部室に入ってきたのは、珍しく小芝井一人だった。片桐が背後を気にしていると、
「『腰巾着佐野』は歯医者があるらしいです」
そう言って背負っていたリュックをテーブルに置くと、ソファにドカッと腰を下ろした。年季の入ったおんぼろソファがギシギシと鈍い音を立てる。

「先輩はいつも一人ですね」
昇降口の自販機で買ったと思われる紙パックの牛乳にストローを差し込みながら、小芝井は言った。
「え?」
「あ、いや……。変な意味じゃなくて。なんか、いいなぁと思って」
小芝井は慌てたように尻をムズムズと動かす。

「なにものにも縛られない自由な感じ、真似したくてもできませんよ」
「うん……。単純に友達を作るのが億劫っていうか、ね」
「でも、先輩と友達になりたいっていう人はいっぱいいると思いますよ」
 分かっている。高校に入学したての頃もクラス替えのときも、自分に興味を持ってくれたクラスメートが何人もいた。

 パブリックイメージとセルフイメージの間にそれほど大きな開きはないと思っている。品行方正でそれなりに容姿も整っていて、頭脳も明晰。多分、性格もかなりいい。

 だが、片桐には好意的に近づいてきてくれるクラスメートを受け入れるだけのキャパがなかった。どうしても背後にあるものを気にしてしまう。彼ら彼女らの背後にある、言ってみれば「記録」のようなものだ。

普段は頭の中に切り替えスイッチのようなものがあって、見ようとしなければ完全にシャットアウトすることができる。

 だが、幼少期から人間と「それ以外」のものも見えてしまう片桐は、対人関係を結ぶときに警戒心が最大限になってしまう。初対面の相手を測る基準として切り替えスイッチをオンにしてしまう自分がたまらなく嫌だった。だから、極力誰とも深い間柄にならないことで罪悪感から逃れていた。

「俺は、先輩は親友を作るべきだと思います」
牛乳をストローから一気に飲み干しながら、小芝井は言う。どこか照れくさそうだ。
「じゃあ、小芝井が親友になってよ」
「えー!」
「それどういう意味のえー! なわけ?」
「だって、親友になったら先輩にタメ口で話さなきゃならないでしょ? なんか、照れるし違和感半端ない」
それに、先輩と親友になったら佐野くんが焼きもち焼いて面倒なことになる、と小芝井は加えた。

「冗談だよ。僕は必要なときに必要な人と話すっていうスタイルが性に合ってる。今さら親友とかちょっと重い」
「そうなんですか? なんかもったいない」
そう思うなら、本当に僕と親友になってくれればいいのに……と、出かかった言葉を飲み込む。

 常人離れした膨大なエネルギーを放っている小芝井。その光の膜が厚すぎて、片桐の切り替えスイッチが唯一意味を成さない男。オンにしようがオフにしようが、小芝井はただの光だった。

 なんの情報も読み取れない小芝井のような男が親友になってくれたら、きっと、ずっと心穏やかに過ごせるはずだ。

「そうそう、先輩にはちゃんと言ってなかったんですが、俺──」
 小芝井はソファから立ち上がると、片桐が座っているパイプ椅子の横に丸椅子を運んできた。肩が触れ合うほど近いところに小芝井の顔がある。

「僕もちゃんと言ってなかったんだけど……」
「ん? なんですか?」
「小芝井って、すごく眩しいんだよね。だからあんまり近くに寄ってこられると、なんにも見えなくなるの。もう少し離れて」
そのままの意味だったが、小芝井は片桐を潔癖とか軽めの対人恐怖と思っているのか、やや哀れみの表情を浮かべ、すんません、と言いながら丸椅子を離した。

「で? 僕に言ってなかったことって?」
小芝井は軽く咳払いをしてから、
「実は俺、超能力が開花してしまったみたいなんです」
とかしこまって言った。

「ああ。結構話広まってるよね。小芝井と佐野がアニマルコミュニケーターのまねごとをしてるって」
「アニマルコミュニケーター?」
「言葉で意思疎通のできないペットの心の声を聞いて、飼い主に教えるってやつ。聞いたことない?」
「初耳です」
「最近流行ってきている職業だよ。中には亡くなったペットの声を飼い主に伝えるコミュニケーターもいるらしい」

「へえ~。死んだペットの声も分かるんですか。それは俺にはできないな……」
っていうか、俺が動物の声が聞こえるようになったっていう話、もう先輩の耳にも届いてたんですね、と言って小芝井は照れ笑いした。

「だって、君の腰巾着くんが自分のことのように自慢げに話してたよ。あれ、よくないと思うな」
「よくないですか……」
「うちのクラスに超おしゃべりな小森さんっていう女子がいるんだけど、彼女のペットの代弁もやっただろ?」
「ああ。小森さん。はい、確かに」
小芝井は記憶を巡らすように天井に視線を彷徨わせた。

「彼女、だいぶ感動したみたいでさ、それを色んな子に教えて回ってるの。そのうち、学校だけじゃ済まなくなるよ。町じゅうのペットの気持ちが知りたい人たちが君を訪ねてくるだろう。そこから瞬く間にうわさが広がって、日本全国から求められたらどうする?」
「うん……。求められるなら、まあ、交通費払ってくれるならどこにでも行きますけど」

「君はそういうところがあるから、きっと苦痛じゃないんだろうね。だけど、佐野はどうかな? わざわざ出向いてやってるんだから仕事した分の見返りはほしいと思うんじゃないかな」
「金銭を要求するってことですか?」
「自分の時間を削って他人に奉仕するんだから、対価が欲しいと思うのは自然の流れだと思うな」

「そう言えば、そんな感じのことを言ってたような気もします」
やっぱり。片桐は肩を大きく上げて深呼吸をする。

 大事な写真部のホープが写真以外に興味を示すなんてことがあってはいけない。それに、いくら動物の心の声が分かるというのが真実であっても、一般常識の中で生きている人間にとっては、ペットの声を代弁して対価を得るというのは霊感商法と大差ないだろう。

 学校に知れたら大問題になるかもしれない。これだから能力に目覚めたばかりの人間というのは……。片桐はここでしっかりと特殊能力者としてのあり方を示しておこうと思った。たぶんそれが、種類は違えど同じ特殊能力者としての自分に課された責務だ。



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