【ファンタジー小説部門】ぜんぶ、佐野くんのせい(第22話)#創作大賞2024
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第七章 諍い
「佐野くん、俺は近々……死ぬのかもしれない」
丈太郎は、廊下の窓に寄りかかっていた佐野の横に立つと、興奮を隠しきれない様子で言った。
「小森のお嬢様さまに告白でもされた?」
そう言いながら佐野は上体を傾けて、まだ廊下の向こうで友人とキャッキャッとお喋りに興じている三年生の小森絵菜を見る。
「もちろん断ったんだろ?」
俺たちの本業は恋愛じゃない、勉強だぜ! とわざと大きな声を出す。
「まったく困ったもんだよ。自分のペットの気持ちが分かった途端、お前を尊師みたいな目で見る女が多すぎる! 勘違い女どもにお灸を据えてやらなきゃな」
言いながら歩き出そうとする佐野の腕を思いっきり掴む。
「そんなんじゃないって!」
「じゃあどんなだよ」
「小森先輩は関係ない」
「お嬢様を庇うのか?」
佐野は大袈裟に言うと、小森先輩、話があります!と叫びながら丈太郎を引きずって歩く。
騒ぎに気づいた小森絵菜とその友人は、小さく悲鳴を上げた後「ヤダ、怖い!」と言いながら走り去った。
「おい、佐野くん! 勘違いしているのはお前のほう!」
丈太郎は佐野の首にぶら下がり、ようやく動きを封じる。
「俺がなにを勘違いしてるって?」
丈太郎の腕を振り払い、佐野は少し拗ねたように言う。
「小森先輩は代弁の依頼主を紹介してくれただけ。よくそこまで飛躍できるな」
「じゃあ、近々死ぬかもしれないってなんだよ。よほどのことが起きたんだと思うだろうが」
「だから、その依頼主がまさかまさかの……」
言葉にして出すのももったいない。
「まさかまさかの?」
佐野がじれったそうに体を動かす。
「H高の女神様と言ったら?」
「はぁー?! 嘘だ」
「嘘じゃない。現実だ。これは現実に起こっていることだ!」
途中から、本当は夢なんじゃないかと不安になり、丈太郎は自分に言い聞かせるように言った。
「山本さん?!」
佐野が疑いの眼差しを向けてくる。丈太郎は感極まり、うんうんと首を上下に動かすだけで精一杯だ。
「お前ってすごいな」
丈太郎の様子に話が本当だと確信した佐野は、感心したようにため息を漏らした。
「で、いつ?」
「今度の土曜日、午前十時半に〇〇町の山本動物クリニックで待ち合わせ。代弁は猫」
「山本動物クリニックってことは、山本さんは獣医師の娘なわけ?」
「そうみたいだな。なんか、実家が動物病院って、山本さんって感じがする」
丈太郎は頬を緩める。
「お前、猫苦手だよな。大丈夫なの?」
佐野は心配そうに眉を顰めた。言葉で意思表示をしてくる犬とは違い、猫は映像で伝えてくることが多いので、そこには丈太郎の解釈が必要になる。ユキネちゃんのときのように繊細な猫だと、まったく心を開いてくれないこともある。
佐野の懸念は丈太郎の懸念でもあったが、山本さんの気持ちに応えたいという一途な思いは、そんな苦手意識を束の間忘れさせる。大丈夫大丈夫と軽く笑うと、丈太郎は「早く土曜日になってほしい〜」と浮かれながら教室に戻った。佐野も後に続く。
教室には弁当持参組が数人残っているだけだ。参考書を見たり、スマホをスクロールしたりしながら黙々と食べている。丈太郎と佐野はそれぞれリュックから財布を取り出した。
入学当初からお昼は学食を利用している。人気メニューのカツカレーが狙いだったが、それにも増して、授業の緊張感から解放された生徒たちの放つ気だるい空気感が好きだった。
「もうカツカレー売り切れてるな、きっと」
「だな」
丈太郎は廊下を学食へと急ぎながら、同意する。
「片桐先輩に食券買っといてもらえばよかった」
親友宣言して以降、片桐とは学食で一緒に食べることが多くなった。それ以前は一度も見かけたことがなかったので、弁当持参組だったんですか? と訊いたら、カフェで野菜スムージーだけ買って体育館裏のベンチで一人で飲んでいたという返事が返ってきた。
そのとき佐野が「ぼっちは寂しいですよ」と挑発しかけたので、丈太郎はすかさず間に入って「受験生は一分一秒も無駄にできないんだよ。学食で呑気にカレー食ってられるのは二年生まで!」と熱を込めたのだが、片桐はそんな丈太郎の弁護などお構いなしに、ほぼ毎日のように「学食で一緒に食べよう」とメッセージを送ってきた。完全に佐野への当てつけだ。
佐野は佐野で、挑発で返されると急に熱が冷めたように引き下がる。相手が片桐なので別段気まずい空気になることもなく、モヤモヤッとしたままお昼は三人で食べるようになった。
学食に行くと、窓際の小さな丸テーブルで片桐がワイヤレスイヤフォンを付けながら参考書をめくっていた。学食にいても昼食は相変わらず隣のカフェで買った野菜スムージー一つだ。
周囲のテーブル席は偶然か必然か、女子生徒のグループで占められていた。みんなで写真を撮るふりをしながらさりげなく片桐を盗撮しているものもいる。なるほど、これじゃゆっくりカツカレーとはいかないな、と丈太郎は同情する。
「先輩遅くなりました」
丈太郎は片桐の向かい側に腰掛けた。
「食券買っといたよ」
片桐はスマホとワイヤレスイヤフォンをズボンのポケットにしまうと、
「いつものでいいんだよね」と言いながら、テーブルに置いてあった食券を二枚指差す。
「二枚ある!」
丈太郎は感動して思わず佐野を見る。
「ほう……。俺の分も」
佐野は右手で顎を撫でながら、やられたわと小声で言った。
「ありがとうございますって言うんだよ」
片桐が満面の笑みで佐野を見る。佐野は一瞬イラッとしたようだったが、すぐに平静を取り戻し、嬉しゅうございます先輩、と演技じみた声で言った。
「とりあえず、買ってきます」
丈太郎は二人のバチバチが始まる前に佐野を引っ張って、受け取り口に向かった。
「なあ、そろそろ楽しくやろうぜ」
学食のおばちゃんから受け取ったカツカレーをトレーに乗せながら、丈太郎はため息まじりに言った。三人で昼食を食べるようになってから一週間が経つが、正直面倒くささしかない。どうして佐野くんはこう誰にでも突っかかっていくのか。動じない性格は昔からだが、最近はやけに圧が強い。ヒヤヒヤさせられるシーンが多くなってきた。
「十和子さんちのにゃんこの件、俺は正直納得できないんだよ」
佐野には、片桐の霊能力のことは一通り説明してある。あの日、公園で片桐の負ってきた苦しみも知らずに必要以上に責めてしまったことや、仲直りしたらちょっと絆が深まって親友になったことも。
「いつも上から目線なんだよな、あの先輩は」
「そんなことない」
「そうやってお前が庇うのも納得いかない」
佐野はカツカレーのトレーを持つと、チッと舌を鳴らした。
「なあ、山本さんの代弁にも連れてくのか?」
「だって、誘わない理由はない」
「やめとけ。後悔するぞ」
丈太郎がきょとんとしていると、佐野は耳元に顔を近づけてきて小声で言った。
「山本さん、取られるぞ」
「あ……。それはまずい」
顔も知性も片桐には敵わない。世の中の女がみんなああいうタイプが好きなのも知っている。
だがなんとなく、山本さんは違うんじゃないかという気がしていた。それはフォトグラフィーという限られた情報から読み取れるものでしかないが、美意識の観点が一般人とはずれているように思えた。
彼女の作品はとことん肉体にこだわっている。人物の仕草一つ一つを瞬間的に切り取ることで現れる微細な筋肉の動き。全体像ではなく、パーツそのものを愛でているようなある種の偏愛性。こういう作品を撮る人って、多分次元が違うんだ。そう思うと、不安は不思議と消えてゆく。
カツカレーを貪るように食べながら、丈太郎は山本さんの件を片桐に話した。片桐は驚いたように目を見開いていたが、やがて頬を緩めて「よかったじゃん!」と我がことのように喜んでくれた。
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