【ファンタジー小説部門】ぜんぶ、佐野くんのせい(第23話)#創作大賞2024
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フォトコンで見かけたりSNSのDMでやり取りをしていても、リアルな山本さんを間近で見てしまうと、胸の高鳴りを抑えるなんて不可能だった。
小顔で目鼻立ちがくっきりしていて、スタイル抜群。彼女が少し動くだけで、長い黒髪がキラキラサラサラと音を立てるのが聞こえてくるかのようだった。あの目が今は自分だけを見ている。あの口が今は自分のために動いている。あの耳が今は自分の声だけを……。
だが夢のような時間は束の間だった。次の瞬間には気分がズドンッと降下し、自分の軽率さを心の底から呪いたくなった。なぜあのとき、山本さんは普通の女子とは違うなんて思ってしまったんだろう。一緒じゃねえか!
丈太郎や佐野との挨拶は形式的なのに、片桐のときはやたら長髪を耳にかけたり、照れたような笑みを浮かべたり、明らかに態度が違う。はいはい、そうですか。所詮顔ですか。丈太郎は地味に落ち込む。
通されたのは動物クリニックだったが、受付の裏手にある階段から二階に案内された。広いLDKを通り過ぎ、ガラス張りのドアから中に入る。そこは十二畳ほどの広さで、西側の壁いっぱいに専門書らしき本がびっしりと詰まっていた。中央には黒革のソファとビンテージ調のローテーブル。東側の壁にはアンティーク机と椅子が置いてある。
「名前はノエルって言います」
山本さんはソファの背後からペットキャリーを持ってくると、ローテーブルの上に置いた。
「ちょっと臆病な子なので、このままでも大丈夫ですか?」
「は、はい……」
丈太郎は緊張でうまく話せない。ちょっと座って待っててください、と言うと、山本さんは颯爽と部屋を出て行った。戻ってきた時には人数分の飲み物を乗せたトレーを持っていた。
「冷たい緑茶です。よかったらどうぞ」
所作がいちいち美しい。
「ありがとうございます」
男三人は同時に言う。普段は淡白な佐野でさえ、やや緊張しているのが見て取れた。
どう話を進めていいのか分からず、出された緑茶をちびちびと飲みながら気まずい沈黙に身を置く。最初に口を開いたのは山本さんだった。
「DMでお話しした通り、ノエルはひどい怪我を負っていました。避妊手術をしているのでおそらく飼い猫だったと思うんです。まずは、どうして飼い主と離れ離れになってしまったのかが知りたいです。それから、もし可能であればその飼い主はどこにいるのか。あとは……。私のことをどう思っているのかとか……」
「分かりました」
丈太郎は声が裏返る。隣で佐野がクスクス笑っている。脇腹をつねってやる。
ソファから降りて床に膝を付くと、丈太郎はペットキャリーに顔を近づけた。間髪入れずにシャーッと威嚇される。
ノエル、大丈夫だよノエル……
丈太郎は心の中でノエルに話しかける。ノエルがびっくりしたように瞳孔を丸くして、ペットキャリーの中で後退りした。丈太郎はさらに語りかけた。
君に何があったのか教えてくれないか? 力になりたいんだ。
警戒心が強いのか、なかなか映像を送ってきてくれない。丈太郎は焦りを感じる。やばい。このままノエルに心を開いてもらえなかったら、山本さんを失望させてしまうかもしれない。それだけは絶対に避けたい。
ノエル、ノエル! 頼む。なんでもいいから応えてくれ!
無反応。嫌な汗が吹き出してくる。こんな具合が悪くなるような時間、今まで経験したことがない。丈太郎はたまらず片桐に目だけで助けを乞う。それに気づいた片桐は口を開いたものの、丈太郎の焦りが伝染してしまったのか、油の切れたような声で「少々お時間いただきます」と当たり障りのないセリフを言うだけだった。
「ノエルは警戒心が強いから。もし丈太郎くんたちが大丈夫なら、今日一日ここで打ち解けるまで待っててもらってもいいし、何度か通っていただいて徐々に心を開いてもらうってのもありだと思うんですが、どうですか?」
山本さんは、こちらの状況を一瞬で理解したらしい。ちょっとこの部屋暑いですね。クーラーの温度下げますね、と、汗まみれの丈太郎を気遣う言葉までかけてくれる。
丈太郎は情けない気持ちになるのと同時に、ノエルに対して苛立ちがこみ上げてきた。なんで猫ってこうなんだろう。犬みたいに喋ってくれればいいのに! 思わず、ペットキャリーの中のノエルに対して眉をしかめてしまう。その時だった。突然自分では制御できないような不可解な感情が込み上げてきて、気がつくと涙が頬を伝っていた。
「あ……」
拭っても拭っても止まらない。自我が侵食されていくような、今まで感じたことのない感覚に恐怖を覚える。これはいったい、なんだろう……。
片桐が異変に気づいたようだった。
「丈太郎、その方法はあまりやらないほうが……」
その方法? なんですかそれ……。苦しくて胸が張り裂けそうだ。たまらず、片桐に抱きついた。
嫌だ、怖い。助けて!
「丈太郎……!」
片桐の顔が苦痛に歪む。
「おい、どういうことだよ!」
突然隣で二人が抱き合ったかと思うと、見る見る片桐のシャツの背中に血が滲み始めて、佐野は悲鳴のような声を上げた。
「丈太郎、離れろ!」
引き離そうとするもうまくいかない。
「先輩、助けて!」
自分が自分でなくなっていく感覚に耐えられず、丈太郎は泣き叫ぶ。
「山本さん! なにか……ノエルの気を紛らせるようなもの、ないですか?!」
片桐は声を張り上げた。
「え?! どうしましょう。あの……お魚ピューレとかでいいですか?」
「なんでもいいです!」
山本さんは慌てたように部屋を出ていく。
「嫌だ……。もういい!」
丈太郎の中に、まるで同期するかのようにノエルの持つ映像記録が次から次へと飛び込んでくる。
「先輩、これどういうことだよ!」
片桐に食い込んだ丈太郎の爪を一本ずつ引き剥がしながら、佐野は叫んだ。
「多分、丈太郎……。間違って中に入っちゃったんだ」
片桐は苦痛に顔を歪めながら言った。
「は?!」
どういうことだよ、と佐野が叫ぶのと同時に山本さんが戻ってきた。
「持ってきました!」
「それで、ノエルの気を……逸らしてください!」
佐野のおかげで丈太郎から解放された片桐は、咳き込みながら言った。丈太郎は突然命綱を切られたような恐怖に耐えられず、今度は佐野にしがみつこうともがく。
「おい、正気に戻れ!」
佐野が思いっきり丈太郎の頬を打った。その様子に驚きながら、山本さんはノエルにキャリー越しにピューレを与える。
「ノエル! 美味しいでしょ。ほら……今日は特別あと一本あげる!」
キャリーの中にいるという安心感からか、ノエルは外の騒ぎにビクつきながらもピューレはしっかりと食べている。
しばらくすると、丈太郎はフワッと気が遠くなった。
「丈太郎が……死んじまった!」
「大丈夫、多分疲れて気を失っただけだと思う。しばらくそのままにしておこう」
「私、お布団用意してきます!」
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