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【ファンタジー小説部門】ぜんぶ、佐野くんのせい(第24話)#創作大賞2024


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 どれだけの時間が経ったのか。目を覚ました丈太郎は、自分を取り囲む片桐、佐野、山本さんの顔が脱力したように緩むのを見た。
「あれ、俺……」
「目を覚ましたね」
と片桐。
「よかった」
上体を起こした丈太郎の肩に、佐野が手をかけてくる。
「体調どうですか?」
心配そうに顔を近づけてくる山本さんに、丈太郎はドキッとする。

「あの……。はい、大丈夫です」
「一時間も気失ってたぞ」
佐野が二人の間に顔を割り込ませる。
「俺がビンタしたせいじゃないよな?」
「ハハ……。まあそれもあるかな」
冗談のつもりだったが、佐野が泣きそうに顔を歪めたので、すぐに訂正した。
「なんて言ったらいいのか分からないけど……。このまま行ったらヤバいことになるって思ったら、急に気が遠くなった」

「僕が見たままを言っていい?」
神妙な面持ちで片桐が口を開く。六つの目が同時に片桐に集中する。軽く咳払いをして、
「その前に山本さんに言っておかなければならないことが……。僕、霊視能力があるんです。これから話すことはもしかしたら馬鹿げているように感じるかもしれませんが───」
「先輩、そういうの端折って」
佐野が遮る。

「片桐先輩、霊能力持ってそうな顔してるから大丈夫だよ。きっと山本さんも先輩を変人扱いしないって。ね、山本さん」
かなり雑にまとめられたことに、片桐は目をピク付かせた。山本さんが柔和な笑みを浮かべ、静かに頷いている。丈太郎は気が気でない。

「丈太郎が動物と意思疎通を図るとき、丈太郎の体からは光の触手のようなものが伸びてくる。これまでならそれが、動物から発せられる灰色の煙みたいなものをキャッチして融合するんだけど、今日は……。触手が鋭利なナイフのようになってて、一瞬の間にノエルの煙を引き裂いて中に吸い込まれていった」
いや、吸い込まれていったというより、自らダイブしたと言ったほうが正確かもしれない、と片桐は続ける。

「そうなのか?」
佐野が心配げに丈太郎を見る。
「自分ではよく分からない」
丈太郎はさっきの出来事を思い出してブルッと身震いした。

「急に自分が……。小芝井丈太郎という一人の人間が消えていくような感じがして。初めての感覚だったから俺、怖くなって。先輩が苦しんでいるのも分かったんだけど、なんか、溺れてるみたいな感じになって……。背中、痛かったですよね」
「まあ、痛くなかったと言ったら嘘になるけど、多分大丈夫」
「あれ?」
丈太郎はまじまじと片桐を見つめる。
「先輩、今日Tシャツでしたっけ?」

「あ、これは……」
「それ私のです。オーバーサイズのはそれしかなくて」
山本さんが慌てたように言う。
「え、なんで?!」
丈太郎は目を大きく見開き、片桐の顔と片桐が身につけた黒いTシャツとを交互に見る。
「さっきの一連で血が滲んじゃって。今山本さんに洗濯してもらってるんだ」
片桐は申し訳なさそうに言う。

「嘘だ……」
丈太郎は泣き出しそうになる。俺が気絶している間に──。
「ちなみに傷の介抱もしてもらってたぞ」
佐野が横から余計なことを言う。

「だってそれは......! 佐野が不器用で絆創膏一つろくに貼れないからだろ!」
片桐の顔は見る見る蒼白になっていった。
「あの……。私、なんか余計なことしちゃいましたか?」
「山本さんはなにも悪くないです」
なぜか佐野が答える。
「この状況を端的に言うと、丈太郎は山本さんに恋愛感情を持ってて──」
「佐野くん!」
丈太郎は慌てて遮る。

「だって、ちゃんと説明しないと山本さんが可哀想だろうが。なにも悪いことしてないのに」
「頼むからやめてくれ!」
佐野のタガの外れたような性格には散々振り回されてきたが、こればかりは許せない。物事には順序というものがある。

 察しの良い山本さんは状況を理解してしまったらしく、急に立ち上がると慌てたように言った。
「片桐さんのシャツ、もう乾いたかもしれない。ちょっと見てきますね」

 山本さんがいなくなると、丈太郎は佐野に飛びかかった。
「苦し……。離れろ! またビンタするぞ!」
「うるさい! 馬鹿野郎」
「二人ともやめろよ。人様の家でなにやってるんだよ!」
「先輩もだ! なんで山本さんの服着てるんだ!」
丈太郎は興奮を隠しきれない。
「じゃあ裸のままでいろっての?! 僕のシャツは血だらけだったし、あんなんで外なんて歩けない」

「だったらこの馬鹿野郎の服を剥ぎ取って着ればいいじゃないか! こんなやつ裸のまま放っておけばいいんだ!」
丈太郎は目に涙を滲ませた。
「お前、俺のことをなんだと思ってんだよ!」
佐野が丈太郎を押し倒し、馬乗りになる。

振り上げた拳を片桐が掴む。
「暴力はダメだ!」
「殴るなら殴れ! 佐野の馬鹿!」
丈太郎の挑発にカッとなった佐野が片桐を振り払い、拳を振り下ろした。眼鏡が吹き飛び、頬や頭を容赦なく殴られる。
「やめろよ!」
片桐が佐野の背中にしがみつき、引き離そうとする。その時だった。

「ちょっと、どうしたんですか!」
戻ってきた山本さんが驚いたような声を上げた。
それでも佐野は丈太郎に振り落とす拳を止めない。
「ねえ、やめて!」
山本さんが丈太郎と佐野の間に身体をねじ込む。我に返った佐野の力が一瞬弱まる。その隙に片桐がグイッと佐野の肩を払い除けた。

 引き離された二人は興奮冷めやらず、お互いに睨みを利かせている。しばらくすると、丈太郎は目尻に溜まった涙を拭いながら眼鏡を拾った。

「いったいどうしてこんなことになったんですか?」
山本さんが片桐に目を向ける。片桐は一度大きく息を吐いてから話し出した。
「丈太郎が大事にしていた気持ちを、佐野が……。あ、いや。僕も十分悪くて。その……。丈太郎への配慮が足りなかったというか」

「先輩が山本さんの前で裸になったり傷に触らせたりしたのがいけなかったんだよ! おまけに山本さんの服着てるし!」
騒ぎを蒸し返す佐野に、片桐は心底辟易したように視線を逸らした。

 その態度が気に食わなかったのか、佐野はさらに白熱する。
「普通丈太郎の気持ちが分かってたら断るだろ! 丈太郎がどんなに山本さんが好きなのか……」
途中でまたやらかしたことに気づいた佐野だったが、時すでに遅しだった。

 丈太郎は力なく泣き出す。今すぐこの場から消えてなくなりたい気分だった。膝を抱え、顔を埋めて嗚咽を止めようとするも、上手くいかない。

 興奮で震えだした肩に、フワッとなにかが乗った。わずかに顔を上げて見ると、それは山本さんの手だった。体温を感じられるほど近い場所に、山本さんがいた。

「泣かないで、丈太郎くん。大丈夫だから」
穏やかで包み込むような優しい声。
「大きく深呼吸してみて。横隔膜を意識して、特に吐く息をゆっくりと。ここよ」
山本さんの指が左の肋骨の下あたりに触れたかと思うと、次の瞬間クイッと内側に入ってきた。

 丈太郎は思わず「うっ」と声を漏らす。
「ちょっとずつ楽になってくるから」
もう一方の手で背中を撫でられ、別の意味で息苦しくなる。ふと顔を上げると、片桐と佐野がポカンとした顔でこちらを見ていた。顔から火が吹き出すほど恥ずかしい。

 やがて、制御できなくなっていた嗚咽は徐々に鎮まっていった。
「私が悪かったの。ごめんなさい、丈太郎くん」
山本さんはいつの間にか敬語をやめていた。
「私、こういうことに疎くて」
鎮痛な面持ちになる山本さんに、丈太郎は申し訳ない気持ちになる。

「ほら、うちって動物病院じゃない。私、たまに検査のお手伝いとかしてるから、その感覚で体が勝手に動いちゃったの。今は止血できてるけど、片桐くんの傷、結構深くいっちゃってるから、ちゃんと手当しないと跡が残ると思って……」
「つまり、片桐先輩は山本さんにとっては動物と一緒ってことですか?」
突飛な佐野の質問に、山本さんは硬直した。

「ここ大事なところなんで答えてください」
「えっと……」
「山本さん、大丈夫です。佐野の言うことは無視してください」
片桐がイライラしながら間に入る。

「動物とは違うと思うけど……。なんて言ったらいいのかしら」
「わかりました。なら率直に聞きます。山本さんは丈太郎のことどう思ってますか? フォト垢で何度もやり取りしてるでしょ? こいつの人となりはなんとなく把握できてるはずです」
困惑している山本さんをいたぶるように、佐野は瞬き一つせずに見つめる。丈太郎はやめさせたかったが、ここで山本さんの本心を知ったほうが、一思いに楽になれるような気がした。

「私は……。丈太郎くんの世界観が好き。それは紛れもない事実。でも、それが恋愛感情なのかどうかは───分からない」
終わった。丈太郎は深く項垂れる。
「あ、でも! ノエルの心の声を教えてくれるのが丈太郎くんだと知ったときは、すごく胸がドキドキして苦しかった」
え?! 丈太郎は思わず山本さんを見る。

「私の今の悩み───ノエルを幸せにしてあげたいけど、どうしたらいいのか分からないこの心のモヤモヤ───それを解決してくれる人がいて、どんなイタズラなのかそれが大好きなフォトグラファーのジョウくんだった。もしかしたら運命なのかなとか、そういうことはたくさん考えたかも……」
山本さんの顔がみるみる紅潮していく。それを見て、丈太郎も体が熱くなる。

「って、それ多分恋愛感情なんじゃないですか?」
佐野が投げ捨てるように言う。
「え、そうかな。でも、私はジョウくんは知ってるけど丈太郎くんのことはなにも分かってないし……」
混乱している山本さんを見て、佐野はじれったそうに言い放つ。
「山本さん、ジョウも丈太郎も同一人物ですよ。つまり、山本さんも丈太郎が好きってことで!」

「おい、適当に山本さんの気持ちをまとめるなよ!」
丈太郎は佐野の肩を小突く。
「よかったな、丈太郎!」
丈太郎の肩を小突き返し、佐野は晴々と言い放った。


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