【ファンタジー小説部門】ぜんぶ、佐野くんのせい(第28話)#創作大賞2024
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引き戸が開いて、冨次が人数分のお茶のペットボトルと里芋の煮物を持ってきた。
「ジョウくんが友達連れてくるって言ったから、煮物いっぱい作ったんだ。年寄りの食べ物なんて口に合うか分からないけど、良かったら食べて」
大きなお盆を座卓に置くと、腰を曲げて割り箸や取り皿をみんなの目の前に並べ始める。
「ありがとうございます」
「美味しそう!」
片桐と山本さんが目を輝かせる。ベルが身体を動かしたのを見て、佐野がビクッとしながら小声で言う。
「丈太郎のじいちゃん、犬も腹空いたって」
「今から作りますよっと」
冨次は陽気に言うと、お盆を小脇に挟んで立ち去った。
「なんか、おじいちゃん雰囲気変わったかも」
素直にそう思った。今まで会話をしても一言二言で、頑なに受け身の姿勢を崩さなかったのに。この変化はベルのおかげか。
「優しそうなおじいちゃんね」
「はい。優しいのは優しいと思います。ただ、ちょと恥ずかしがり屋っていうか。喋るのが苦手なんです。それで損してるっていうか。まあ、本人の意に反して誤解を受けやすいってやつですね」
祖父を分析している自分に可笑しくなる。常々、喋るのが得意ではない冨次が、孫である丈太郎の気を惹こうと努力しているのは分かっていた。けれど、タイミングがうまく噛み合わなかったり、話が続かないことに煩わしさを感じて、次第に距離を置くようになってしまった。これからはもう少しここに来るようにしようと丈太郎は心の底から思った。
冨次が持ってきたドッグフードはドライフードにウエットタイプのものが乗せてあった。犬の食べ物だが豪華に見える。食欲がないときはこうやって食べさせるようにって女の先生のほうに教えてもらった、と冨次は言った。
ベルはゆっくりと味わうように食べていた。
「犬ってもっとがっつくもんじゃねえの?」
佐野が誰に対して言っているのか分からなかったが、そう言われてるぞと伝えると、
───放浪生活のせいでお腹にあまり食べ物が入らなくなったんだよ。おじいさんは僕と一緒には食べてくれないから、一人で食べていても全然楽しくないしね
とベルは答えた後で、
今日は丈太郎やみんなが一緒だからすごく嬉しいよ! と尻尾をパタパタさせた。片桐が箸の間から滑り落とした里芋を、美味しそう! と拾い食いし、その後も山本さんの横に鎮座して甘えた声を出す。自分たちの存在がベルの安心になっていると思うと、ますます顔を出さなきゃな、と思えてくる。
里芋煮を食べ終わると、丈太郎は早速ベルに聞きたかったことを尋ねた。
「アンナを傷つけた男の名前、分かる?」
───知ってるよ。しつこく何度も訪ねてきてたから。レイトって言うんだ
「レイト……。ほかにその男の特徴とか、ベルの分かる範囲で教えて」
───特徴? 僕を嫌ってたってことしか分からない。いつも僕を睨みつけてた
「顔の雰囲気とか、背の高さとか、よくやる癖とか……」
───顔は嫌な感じ。痩せてた。笑い方が変だった
「それじゃ、ちょっと分からないな」
ベルにはレベルの高い質問だったらしい。分かったのは男の名前がレイトということと痩せ型ということだけ。
「じゃあ、なんでレイトはしつこく訪ねてきてたんだ?」
───アンナが好きだったんだよ。でも、アンナはあんな奴好きじゃなかった。ずっと怒ったり泣いたりしてた。あいつ、僕によく唾を吐きかけてきた。信じられないよね!
その時のことを思い出したのか、ベルは低く唸り声を上げた。
「なるほどね……。ちょっとプライド高い系の神経質男って感じだな。ところで、ニナもレイトのことは知ってるのか?」
───もちろん知ってる。ニナもあんなやつ大嫌いだって言ってた
「……アンナが傷つけられたとき、ニナもその光景を見てた?」
───うん。ニナは寂しがり屋だから、いつもアンナや僕のそばを離れなかった。あの日もお気に入りの椅子の上にいた
「分かった。ありがとうベル」
頭を撫でると、ベルは嬉しそうに前脚を丈太郎の腕にかけてきた。
じっと息を詰めてやり取りを見ていた三人の目が、丈太郎に注がれる。丈太郎はベルから得た情報を伝える。
「男の名前はレイト。痩せ型でプライドが高い。アンナが好きで何度も訪問してきていた。ニナも男の存在を知っている……」
山本さんがスマホのボイスレコーダーに記録した。
「丈太郎くん、ベルにアンナさんの家の特徴を聞いてみて。家を見つけることができたらもっと有力な情報を得ることができるかもしれないわ」
「わかりました」
再びベルと向き合う。
───僕たちの家はオンボロ。雨の日はいつも天井から水が落ちてきて大変だった。アンナはランプが好きで、夜になると部屋中たくさんのランプでオレンジ色になってたよ。お花もいっぱいあった。テレビの部屋にあるソファは僕のお気に入り。小さい頃にかじって穴を開けちゃったから、アンナが青い布を被せたんだけど、いつも僕とニナでグチャグチャにしちゃってアンナを困らせてた……
何気ない日常の記憶を懐かしそうに語るベルの声のトーンが途中から疾速し、寂しそうに途切れる。
「つらいかもしれないけど、もうちょっと情報がほしいわ。アンナさんの家の近辺にある建物とか、看板とか……」
───家の近くにはお弁当屋さんがあるよ。アンナは料理が苦手だから、いつもそこでお弁当とかおにぎりを買ってた。それから、ニナに似た猫のいる美容室。上はピアノ教室になってて、猫は下と上を行ったり来たりしてたよ。散歩していると、昨日はあっち、今日はこっちってガラス窓のところで眠っている猫が見えて面白かった
「あっ、その美容室知ってる」
と片桐が言うと、
「俺も分かるかも。◯◯町の大通りから西側に三本行ったところだろ? 何回かテレビに出てる」
佐野が確認を取るようにみんなを見る。
「窓の揺り椅子に眠っている猫が名物になってるんだよね。確か茶トラ猫だったと思うよ」
「私は見たことないけど、◯◯町大通りの近くならバスで通るわ」
山本さんは、帰りにちょっと確認して行くわね、と付け加えた。
「山本さん一人で行かせるわけにはいきませんよ」
男三人が同時に反対するも、山本さんは爽やかに笑って誤魔化す。
「大通りまではいいけど、三本奥に入ると街灯も少ないし道も細いし物騒ですよ」
丈太郎は真剣な眼差しを向けるが、なぜか山本さんははぐらかすような態度を取る。
「じゃあ、俺たちも付いていきます」
「本当に大丈夫よ! 危険なことは何もないから」
「時間帯的に危険です」
泣き出しそうになっている丈太郎の横で佐野が、
「山本さんって結構頑固なんだね」
と冷ややかな視線を送る。
「だって、みんな私とは家が反対方向でしょ? 大通りを通るのは私だけだし、ただ周りを確認するだけよ。美容室とお弁当屋さんと、たくさんのランプにたくさんの植物、それから青いカバーのかかったソファ……」
「絶対山本さん、アンナの家探そうとしてる!」
丈太郎は前のめりに声を荒らげる。
山本さんは驚いたように耳を塞ぐ。
やがて諦めたように大きく息を吐くと、
「ごめんなさい」
と俯いた。
「分かってくれればいいんですけど……」
「違うの。私、みんなに言ってなかったことがあって……」
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