【ファンタジー小説部門】ぜんぶ、佐野くんのせい(第27話)#創作大賞2024
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第九章 好きになってよかった
引き戸が空いてベルの姿が見えるまでの一刹那、前回ここに来たときのことが蘇ってきた。アンナはお前の後ろにいるよ。頑なに心を開こうとしないベルに、丈太郎はそう切り出したのだった。
半分透明になっていて、もうこの世には存在していない。俺の横にいるの片桐先輩って言うんだけど、そういうのが視える人なんだ。つまり、お前がどんなに呼んでも、アンナは二度と応えることはできない。死んでしまったから。
ベルは信じようとしなかった。嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! とこちらに飛びかかってきそうな勢いで捲し立てた。
しかし、しばらくすると、本当は分かってたんだと力なく言って項垂れた。その後に続いた深い悔悟は、丈太郎を息苦しくさせた。
───もしあのとき威嚇なんてしなかったら、僕は男に蹴られずに済んだかもしれない。そうしたら、アンナも僕を庇って男に掴み掛かる必要はなかった。──もしあのとき、ちゃんと威嚇していたら、アンナは連れて行かれずに済んだかもしれない。叩かれても、蹴られても、命を取られても、僕はそうすべきだった……
ベルとアンナの身に何があったのか、詳しく聞いて衝撃を受けた。暴力を振るった男の存在。倒れるアンナ。連れ去られるアンナ。平穏な日常をある日突然奪われ、固く心を閉ざしたベル……。
気がつくと力いっぱいベルを抱きしめていた。戻りたい、戻りたい……とうわ言のように繰り返すその声が、丈太郎の頭の中でずっと反響していた。
「ベル、来たよ」
極力元気を装って声を張る。
───丈太郎!
ベルが立ち上がり、尻尾を大きく振った。古い畳に落ちていた綿埃がフワフワと舞い上がる。
───ずっと会いたかった! なんで来てくれなかったの?
「ごめんな、なかなか時間作るの難しくて」
なに言い訳してんだろう、と自分の発した言葉に嫌気が差す。なんとなく気が重かった。今までとは違う扉を開けなければならない軽い緊張感。ベルに会いに来るたびに、自分はその穏やかじゃない感情と一々向き合わなければならない。
「こんにちは、ベル」
山本さんが膝を折ってベルの頭を撫でた。
「わ! デカッ。俺、ちょっと無理かも……」
想像とだいぶ違っていたのだろう。佐野は怯んだように後退りする。
拒絶されたと思ったのか、ベルが佐野に向かって吠えた。
「ベル、どうした? こいつ俺の友達だからあまりびっくりさせるなよ」
───なんか、嫌だ……!
犬にも直感で分かる好き嫌いがあるのか。丈太郎は同情した。
「俺、しばらく空気になってる」
思考も感情も失ったように、佐野は宣言する。
「ベル、前に会ったときと雰囲気が違う」
片桐が山本さんの横で膝を付く。
「すごく、生き生きしてるね」
「お前、ニナと再会できたんだろ?」
丈太郎は尋ねた。
───そうなんだ! それを伝えたくてずっと待ってた!
「ベル、なんて言ってる?」
と山本さん。
「ニナと会えたって言ってます。ずっと伝えたくて待ってたって」
「良かったわね、ベル」
山本さんはそう言ってベルに抱きついた。
───ニナは病院の子になってたんだ。身体が傷だらけなのを心配したら、今は古傷よって笑ってた。僕が何度でも何度でも具合を悪くして、ここに来れるようにするよって言ったら、怒られた。だから、お願い。丈太郎。僕とニナをいつだって自由に会えるようにしてほしい!
興奮で早口になっているベルの言葉を、丈太郎は同時通訳の形でみんなに伝える。
「できることならそうしてあげたいわね。でも……」
山本さんは真新しいベルの寝床やおもちゃに視線を向ける。
「丈太郎くんのおじいさん、ベルのために色々揃えてくれたのね」
「前来た時は年季の入った籐籠の寝床だったんですけど……。わざわざ買い換えたみたいですね」
丈太郎は、まだ値札が付きっぱなしになっている大型犬用のベッドを見る。ひんやり仕様で結構いいお値段だ。
「ベル、いつだって自由にってのは少し難しいかもしれないよ。お前はうちのおじいちゃんの犬になったし、ノエル……じゃなくて、ニナはこの山本さんの病院の子になってる」
しょんぼりするベルに、山本さんは慰めるように言う。
「でも、私たちはベルとニナが会えるように時間を調整することができるわ。ニナをここに連れてくることもできるし、丈太郎くんのおじいさんの都合が良ければ、ベルがうちの病院に来ることもできるわよ」
丈太郎は山本さんの言葉をベルに伝える。
───そうだね……。
どこかガッカリしたような調子だったが、ベル自身すべてが以前のように元通りとはいかないことを心得ているようだった。
「今日は、ベルに伝えたいことがあったんだ」
丈太郎は気を取り直す。
「俺たち、アンナを探そうと思う」
───えっ?
「アンナの霊はずっとお前の後ろにべったりくっ付いてる。きっと色々なことが突然断たれて、彼女自身心の整理がついていないんだと思う。おそらく、誰にも見つからない場所で今も眠っている。こんなこと、許されることじゃない。アンナを死に追いやり、お前やニナの幸せな生活を壊した奴を放っておくわけにはいかない」
アンナが未成仏霊の状態でいる、ということをベルに説明するのは難しかった。一瞬、生身の飼い主を探し出して連れてきてもらえると思ったベルを落ち着かせ、もう一度最初から分かるように説明を試みる。
「アンナが死んでしまったのは変えようのない事実なんだ。俺が言ってるのは……」
「丈太郎、ベルを混乱させるだけだから、やめよう」
片桐に制止される。
「ベルやニナがここから先幸せになるために、色々協力してって言うだけでいいんじゃない?」
「そうですね」
丈太郎は、片桐に言われたままをベルに伝える。ベルは納得してくれたようだった。
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