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【ファンタジー小説部門】ぜんぶ、佐野くんのせい(第26話)#創作大賞2024


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 夏休みに入って四日が経った。片桐たちの通う県立S高等学校は、課外補習は希望者のみとなっているが、よほどの理由がない限り全員参加だ。夏休みの前半はいつもの通学風景が広がる。

 片桐、丈太郎、佐野は課外後に食堂に集まるのが日課になった。ほとんどの生徒が速やかに帰宅する中で、少数だがそのまま学校に残って自主学習に励むものや、コンビニやファストフード店で買うより昼食代を節約できるという理由で食堂を利用するものもいる。

 ノエルの意識に誤って入り込んでからというもの、丈太郎はどうにか心の整理を付けようと頑張っていた。運よく戻ってこれたが、それがノエルの意識がお魚ピューレに反れたからなのか、丈太郎の防衛本能が働いたからなのかは曖昧な部分もある。分からない尽くしの状態で無理やり先に進もうとしている丈太郎に、片桐は不安を覚える。

「山本さんが県内の訃報者情報を全部調べたらしいんですけど、アンナっていう名前は過去三ヵ月遡ってもなかったみたいです」
右手にスマホ、左手にクラブハウスサンドを掴みながら丈太郎が言った。人気のカツカレーは夏季休暇中はなぜか販売停止になっている。

「あれって希望しなかったら載らないんだよな?」
佐野は山菜うどんだ。
「うん、そのことは山本さんも言ってる。でも、知り合いとか友人に葬式に参列してほしいって思ったら普通載せるよな」
「でも、最近は葬儀自体も小規模になってきているから、敢えて載せないってのも増えてるみたいだよ」
片桐は野菜スムージーを一口飲みながら言った。佐野にはほぼ毎日「先輩って冒険しないですよね」と軽口を叩かれるが、食事をしているところは極力誰にも見せたくなかった。必ず誰かの目が自分に向けられている。なんだか疲れてしまう。

「今の時点で通常の死なのか、事件性のある死なのかは分からないってことだな」
神妙な面持ちで佐野が言う。
「県警ホームページの行方不明者情報も一応確認してみたけど、アンナの名前はなかったな」
丈太郎はスマホを操作して、県警ホームページを開いて見せた。最近の失踪者から五年以上前の失踪者まで顔写真付きで載っている。ほとんどが六十代以上だ。片桐は胸が痛くなって目をそらした。

「普通、肉親とか知り合いとか会社の同僚とかが捜索願い出すもんじゃないの?」
と佐野。
「若い人の場合、自分の意思で姿をくらますケースのほうが多いから、警察は受理しても積極的に捜索は行わないって聞いたことがあるよ。ホームページに載っている行方不明者は本当に緊急を要するケース」
片桐が言うと、後輩二人は感心したように頷いた。

「山本さんは絶対にアンナを見つけるって言ってたけど、これ、どうやって探せばいいんだ?」
頭の後ろで腕を組み大きく伸びをすると、佐野は疲れたように唸った。
「俺の考え言ってもいい?」
神妙な面持ちで丈太郎は顔を寄せてくる。片桐も自然と身体が内側に傾くが、佐野はそのまま仰け反っていた。

「今時点で、アンナの所在を分かっているのはアンナを連れ去った男だけ。死人を探すより、男を探すほうが絶対近道だと思う」
「でも、そいつ殺人犯かもしれないわけだろ。なんか怖くね?」
飛んで火にいる夏の虫にはなりたくないな、と佐野は怖気づく。
「怖くないって言ったら嘘になるけどな……」
丈太郎はクラブハウスサンドの最後の一口を口に放り込むと、
「同じ人間であることには変わりないわけだしさ。まあ、つねに警戒は怠らず、どうにか接触できるようにやってしくしかないだろ」
サスペンスドラマでは最後に追い詰められて命狙われるやつだけどな、と笑って付け足した。

 昼食を食べ終わると、片桐たちは市民公園に移動した。十五時に山本さんと待ち合わせをしている。H高の課外補習はS高より一時間長い。おまけに休みはお盆と週末くらいしかないらしく、四人で会える時間は限られていた。

 片桐はふと、窓辺で傷だらけのノエルを抱きしめて立ち尽くしていた山本さんを思い出す。あのとき、山本さんからは赤い色をした殺気のようなものが出ていた。丈太郎のように縦横無尽に四散するタイプのエネルギーではないが、そのきめの細かい鋭利さは、山本さんの芯の強さをそのまま形にしているようにも思えた。
「私、ノエルやベルのためにもアンナさんを見つけるわ」
抑揚のない声でそう言って、山本さんは真っ直ぐに男三人を見た。

「あなたたちはどうする?」と問いかけられているようだった。あの場にいたらノーという選択肢はなかった。煮え切らない感情をどうにか解消したい。その思いはみんな一緒だった。しかし、いざ動き出そうとすると、できることは限られていた。結局、自分たちは丈太郎の能力に頼らざるを得ない。

 山本さんと合流すると、ベルに会うためバスに乗って丈太郎の祖父冨次の家に向かう。市民公園前からは約四十分かかる。SNSでのやりとりはこまめにしていたが、山本さんと顔を合わせるのは六日ぶりのことだった。

 丈太郎は頬を桃色に染めていた。もしかしたら自分の頬もうっすら赤くなっていたかもしれない。やけに身体が火照っていた。佐野に余計な詮索をされないように俯き加減にしていたが、よく見ると普段無表情の佐野も、いつもより穏やかな顔をしていた。

 冨次の家に到着すると、玄関を開ける前から甘辛い煮物の香りが漂っていた。
「おじいさん、夕飯の支度中みたいね。忙しい時間帯にお邪魔しちゃったわね」
「言ってあるから大丈夫です。多分、俺たちに味見させたくて早めに作ってるんですよ」
言いながら、丈太郎は施錠されていない玄関戸を開けて、おじいちゃん来たよー! と声を上げた。

以前のように「おう、ジョウくん来たか」と言って冨次が出てきた。相変わらず眩しいほどの後光が差している。ふと山本さんを見て、「またえらい美人さんを連れてきたな」と目を見開いた。丈太郎はなぜか誇らしげに、
「山本星来さんだよ。動物病院の娘さん」
とニヤニヤする。

「山本? ……じゃあ、ジンが行ってるところかな」
「え?!」
思わず四人の目が冨次に集中する。
「ジンを拾ったばかりの頃、ノミが酷くてな。駆除剤もらいに一回行って、そのあとも元気がないから心配になって二回くらい行ったな」
「それはいつくらいの話ですか?」
山本さんが身を乗り出す。ちょっと待ってて、と言って冨次は居間のほうに行くと黒い表紙の手帳を持って戻ってきた。

「とりあえず、みんな上がって」
丈太郎に言われ、玄関で靴を揃える。
「ジンを拾ったのが……えっと。六月の六日だな。駆除剤もらいに行ったのがその次の日。で、元気がないからって診てもらったのが六月九日。別にどこも悪いところはなかったんだが、食欲がなくて胃液ばかり吐いてたから心配になってな……。その後は、七月の二十二日だから、ちょうど五日前だ。ジョウ君とそちらのお友達が来た日あっただろ。そのあとくらいに体調を崩してな。まったく食べようとしないから連れて行った」

「七月の二十二日……。私たちが会った二日後!」
山本さんの興奮した声に冨次は驚いた様子だったが、
「そのとき、受付のイスのところにキジトラの猫がいませんでしたか?」
と訊かれると思い出したように、
「ジンが急に興奮してキャンキャン騒いで大変だった。餌あげたらすぐに落ち着いたが、あちらの猫さんは微動だにもせず肝が据わったもんだったな」
と言った。

「すごい!」
山本さんの目にジワッと涙が溢れる。きょとんとしている祖父にどう説明するべきか悩んだのか、
「時間も遅いから友達にベルを見せたらすぐ帰るよ」
丈太郎は言うと、慌てて玄関脇の小部屋の引き戸を引いた。


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