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観測9日目|整えられすぎた空間では何も起きない

整備された空間は、分かりやすい。

動線が明確で、用途がはっきりしており、どこで何をすればよいか迷うことがない。駅前の再開発エリアや大型商業施設の内部は、その典型と言える。

しかし、その分かりやすさの中では、観測できるものが極端に少なくなる。

ある新しい商業施設の通路を歩いているとき、そのことに気づいた。床は均一に整えられ、照明は一定で、看板は視認性を優先して配置されている。そこでは、どこを見ても同じように理解できる。

違和感が発生する余地がほとんどない。

一方で、少し外れた古い商店街に入ると状況が変わる。店ごとに照明の色が異なり、通路には商品や私物がはみ出し、閉まった店と開いている店が混在している。

ここでは、視線が頻繁に引っかかる。

整っていないというよりも、複数の状態が同時に存在しているために、判断が遅れる。その遅れが、観測のきっかけになる。

つまり、整えられすぎた空間では、差異があらかじめ除去されている。

観測は差異に依存しているため、均質化された空間では成立しにくい。

何も起きていないのではなく、「起きていることがすでに処理されている」状態に近い。

観測が可能になるのは、処理しきれなかった部分が残っている場所である。

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